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ダンジョン編ー見習い騎士メルト― 第2話

 休みをほぼ演習の前準備で過ごした翌日、見習い騎士のダンジョン演習が始まった。  移動に4日、ダンジョン潜行に7日、予備日3日の二週間の行程だ。第一訓練場に参加する見習い騎士総勢40名、正騎士10名が集合した。  第一騎士団団長ケビン・ノヴァクが挨拶をした後、見習い騎士4名、引率の正騎士1名の班に別れ、馬車に乗り込んだ。行き先は王都から馬車で2日の距離にある低ランクダンジョン“岩山ダンジョン”だ。  騎士団の重要な仕事の一つに魔物の対処がある。常時対応する第5騎士団に加え、時折発生する大量の魔物津波や脅威度Aランク以上の魔物が出現した場合は全騎士団が対処することになる。そのための魔物への実践演習が、このダンジョン演習だ。ちなみに俺はこれが初めてのダンジョンとなる。魔物に対しても初めての戦闘ということになる。  今までは騎士としての立ち居振る舞いや知っておくべき事柄、体力、身体づくり、戦闘に関する知識や実践。それぞれが得意とする得物を選んで習熟していくことなど、人相手の技術が主だったが、これから行う訓練は対魔物相手の戦闘が主だ。  馬車に揺られながら、俺達見習い騎士組は引率の正騎士、リンド先輩から今回の演習の注意点を聞いていた。  リンド先輩は2年前に正騎士になった、5歳年上の先輩だ。お調子者だが面倒見がよい人だと評判だ。ただ一つ残念なところがあって、よく娼館に通っているらしい。同期の子たちが噂していたのを聞いている。俺は別に個人の自由だと思うのだけど、伴侶としては遠慮したいと皆が言っていた。 「今回潜入するダンジョンは、難易度が低く、冒険者の間では初心者ダンジョンと呼ばれている。階層は10層で、深度が深くなっていくに従ってフロアが広くなっていくタイプだ。  中は洞窟型で、脅威度G~Eランクまでの魔物が現れる。罠は少ないが、全くないわけじゃない。罠発見のスキルのある者はこの班にはいないので慎重に行動するように。  隊列は前にメルト、スラフ、後列にミラン、リスクだ。俺は殿でどうしても危ない時に手を出すが基本はお前たち4人で対応しろ。マッピングは後列のどちらかがすること。」  基本的に強い魔物は出てこないダンジョンで、下に行くほど一度に現れる個体数が増えていくとのこと。魔法を使ってくる魔物は少なく、物理がきかない魔物もいないそうだ。  途中野営をし、2日目の夕方、ダンジョンにつく。  初級ダンジョンといえども“魔物の氾濫”があるので、この国に所属する数少ない冒険者(魔物は騎士団の活躍によって討伐されているので他国と比べると依頼が少なくダンジョンも少ないため)が、このダンジョンに潜っている。そのため、ダンジョンの周りに街が形成されていて、冒険者ギルドがある。  もちろん騎士団の出張所もあるが、魔物対策部隊である第5の出張所だった。  その出張所のそばにテントを張って一晩休み、ダンジョンへ潜ることとなる。班ごとに同じテントに寝ることになっていてミランが機嫌を悪くしていた。 「わかっているけど気分は良くないね。着替えの時とかもそうだけど。メイルが楽しみたくてこんな規則にしたんじゃないのか疑うよ。」  と自分にだけこそっと耳打ちした。  普通はフィメルとメイルが一緒に着替えたりはしないのだが、騎士団の伝統とやらでどちらも平等にということになっているらしい。  メイルもフィメルも同じ団、同じ配属なら、一緒に着替えるし、一緒のテントに寝ることになっている。  宿舎はさすがにフィメルとメイルは別の館だけれども。  作戦行動中に、メイルだからフィメルだからと揉めるのはまずいと俺も思う。だから普段から慣れさせようとしてるのではないかと思っている。  俺も最初恥ずかしかったけど、もう慣れたので、今はあまり気にしてない。だからあいまいに頷くと、ミランは他の3人から俺をへだてるように背を向けてマントを身体に巻いて眠った。そんなミランに寄り添うように俺も眠った。  ダンジョンに時間差で班ごとに潜っていく。冒険者がまだ来ない時間帯に速やかに行われた。  俺達の班は最後から3番目くらいだった。入口は洞窟そのままだがあきらかに違和感がある。入ってすぐの空間に転移空間があるらしいが、初めて入った者にはそこに入れないらしい。  そもそも低階層なので5階層めにある転移陣に登録するしかないのだそうだ。  大体ダンジョンは5階層ごとに強い魔物がいる部屋があるらしく、そこを抜けると転移陣があって、そこに登録すると、最初からそこに行けるらしい。深い階層に潜る時は有用だそうだ。  このダンジョンの最下層までの攻略にかかる平均時間は約4日。  転移陣を使わなくても予定期間で戻ってこれそうだが、5階層まで行って1階地上に戻って体を休めてから再度挑戦する、というのが今回の演習の方針だそうだ。  暗い洞窟を警戒しながら進む。地図はあるらしいが1からマッピングするそうだ。  今、後衛のリスクが書き込んでいる。先行している班が倒したのかなかなか魔物に出会わない。せっかく腕を試せるチャンスなのに。  第一階層を大方マッピング出来たところで初めて魔物に遭遇した。Gランクのビッグマウス、ネズミの魔物だ。  小型の魔物の中ではすばしっこく爪には微毒の効果がある。弓で射るには的が小さい、と判断した俺は駆け寄って片手剣で横なぎに吹き飛ばした。洞窟の壁に当たって地面に落ちたそれはもう死んでいた。それを拾い上げて皆の場所に戻る。 「メルト、突出するのはよくないが、よくやった。周囲に警戒しつつ第二階層へ下るぞ。それは爪と魔石を取り出して、捨てた方がいいな。」  リンドは今の戦闘の評価をし注意するべきところを指摘し、魔物の素材の必要な物、必要でないものを教えてくれた。 「わかりました。」  頷いて片手剣を布で拭いて鞘にしまって、ナイフで小さな魔石を取り出し、爪を切って、布でくるんで貸与品の腰のマジックポーチ(空間拡張されたポーチ)にしまった。  隊列を元に戻して第2階層に続く階段を下りていく。不思議と、他の班とは会わなかった。  もう少し、剣戟等聞こえそうなものだが、ダンジョンの空気はひんやりとして、不思議と静かだ。  光がないから暗いはずなのにぼんやりと壁が光っていて、うっすらと見える。  皆が警戒をしていて緊張が漂う。そこらの陰から魔物が出てきそうな気がして緊張に手に汗がにじむ。意外と天井は低く背が高い人間が剣を振りまわせば剣先が天井に引っかかりそうだ。  第2階層に下りてしばらく進むとドーム型の広場のようなところに出た。魔物はいない様子なのにたくさんの気配がするのはどういうことだろう。 「気を付けろ。何かいるはずだ。」  リンド先輩が警告をする。しかし、開けたこの場所に魔物の影がない。周囲を警戒しつつ進む俺達は広場の中ほどまで進むと、何かに気付いたミランが天井を見て顔色を変えた。 「赤い光!無数に…アレは…」  天井を指さす方向を見ると天井にびっしり、赤い目が無数にあった。  とたんに静かだった洞窟が、Eランクの魔物シャドウバットのキィキィという高い鳴き声に満ちた。 ※シャドウバット:小型の蝙蝠型魔物。本体は小鳥程度の大きさ。羽は薄い膜状で広げると両翼で40~60センチほど。体表の色は黒。物影に潜むことが多いのでシャドウの名がつけられている。ダンジョンでは天井にぶら下がっていることが多い。噛みつき攻撃とスキルの超音波攻撃(行動麻痺)、体当たりがある。群れてない個体は弱く、最低脅威度だが群れると魔術師の範囲攻撃か、剣の広域攻撃スキル等で対処できないとあっという間に食いつくされる意外と怖い魔物。平均で脅威度Eランクという評価。※

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