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ダンジョン編ー見習い騎士メルト― 第5話
「とにかく中で休もう。先にお風呂でいいかな?これは俺がこだわって作ったお風呂でね…」
「作った!?」
思わずヒューの説明を遮ってしまった。
「ああ、このテントは俺の自慢の魔道具でね。一から作り上げた世界に一つしかないテントだよ。多分?」
買ったんじゃないんだ。自作なんだ。俺は何度驚けばいいんだ。冒険者じゃなくて魔道具職人なのか?ヒューは。
「なんで多分?」
思わず首を傾げて聞いた。いや、俺、そんなとこじゃないだろう、突っ込むところは。
「うーん、世界は広いから俺みたいなやつがいるかもしれないし。これ作ったのずいぶん前だから俺が知らないだけでどこかで流通してるかもしれないかなって。最近までずっと外に出てなかったからね。」
ま、まあ。これを作っちゃうような人間が二人いたら凄いことだと思うけど。
「ヒューが二つ作ってないなら世界に一つでいいと思う。」
俺が言うとヒューは少し目を瞠った顔してからまた笑った。
「うん。そういえばそうだ。じゃあ、お風呂行こうか。」
風呂ってなんだろう?と思いつつ、俺は頷いてヒューのあとをついていき、入口から左手にあるドアを潜った。
中に入ると鏡があって、手洗い場があった。籠が床に置いてあって、その奥には硝子戸があった。こんな大きい鏡とガラス戸は見たことがない。扉を入った所から一段床が高くなっていた。
「ここで靴を脱いで上がって」
ヒューは履いてたブーツを脱いで、奥へと進んだ。籠を指さして脱いだ服を入れて、という。服を脱ぐ?
なんで服を脱ぐんだ?と首を傾げていたら、奥にあるガラス戸を開いて促されて中を見た。
床はタイルで奥に魔石のはまった装置があり、その下になにやら一段低くなって窪みがあった。
壁にはシャワーがあった。ということはここはシャワールーム?と頭の中に疑問符がいっぱいになった頃、ヒューが説明してくれた。
「シャワーで身体を流してからそこにある液体せっけんで身体を洗って、そこの湯船にお湯を張ってゆっくりあったまるといいよ。俺はメルトの次に使うから。」
そう言って、部屋を出て行こうとするヒューのマントを掴んで引きとめた。
「俺、魔道具、使えないんだけど…」
「あ!」
入口の一件を思い出した様子で、ヒューはしばらく悩んだあと一緒に入ろうか、と言ってきた。仕方ないから頷くと、初めてのお風呂体験も、驚きの連続だった。
お湯が勝手に出てくるし、大量のお湯を湯船に入れて、それで身体をあっためるという。
岩山ダンジョンから、馬車で1日離れた山の近くに温泉というのがあるが、それに近いのかもしれない。
シャワーなら高級宿や貴族の屋敷にあるらしいと聞いたし、騎士団でも共同のシャワールームがある。でもそれはただの水で、冬場は使えなくなる。
宿なんかはお湯を沸かすらしいけれど。そもそも汚れを落とすだけなら浄化の生活魔法で事はすむ。なので、こんなふうにお湯で体の汚れを落とすということは聞いたことがない。
そもそも水がもったいない。
俺はヒューに身体や髪を洗ってもらってる間そう思っていた。
凄くいい匂いの石鹸で、洗ってもらうとさっぱりした。ヒューは自分で身体と髪を洗った。
それからお湯を張った湯船に入ろうといわれた。手を引かれて湯船の中に身体を沈める。お湯が温かく、気持ちいい。
「どう?初めて入った“お風呂”は。」
横に並んで座っているヒューが問いかけてくる。ヒューはやや細身であるけれど、しっかり筋肉のついた鍛えられた体で、そして、メイルの特徴である、大きくて長い、性器を持っていた。
見たことのないくらい大きかった。俺の2倍はあった。つい気になって、視線がヒューの股間に行く。慌てて逸らすが、ちらちらと見てしまうのは、アレだ。好奇心という奴だと思う。
「…気持ち、いい…」
そういうと、そうだろうそうだろうと、自慢げな顔をして縦に首を何度も振っていた。ヒューはアレかな。お人好し?こんなすごい魔道具、会ったばかりの他人に使わせるなんて。
「そろそろでようか。顔が真っ赤だ。色が白いから余計赤くなるんだろうなあ…」
ヒューの視線が俺の顔、お湯につかっている肌の境目に順に下りていくのがわかって顔が熱くなった。
そうだ。騎士団では裸を見慣れていたから何も思わなかったけど、この状況はちょっとフィメルとしては“はしたない”状況なのではないだろうか。
いや、多分ヒューはそう思ったから、先に入ってって言ったのだろうし。俺が魔力を流せないからこの状況になったわけだし。
そう考えて混乱してるとヒューは立ち上がって先に湯船を出た。伸ばされた手に首を傾げているとふっと優しそうにヒューは笑って俺の手を握って出るのを促した。
裸を晒したのはさっきまでなんともなかったのに、急に恥ずかしくなった。大人しく引かれるまま脱衣所に戻ると身体を風が撫でた。髪も身体もあっという間に乾いてしまった。まさか今のは魔法?
俺がぽかんとしてるとヒューがどこからかブラシを出して髪を梳かして整えてくれた。
ヒューは長い髪を後ろで縛っていつの間にやら用意した部屋着らしきものを俺に手渡した。
「パジャマと下着だ。新品だから、遠慮なく使ってくれ。」
上等な肌触りのいい布で作られた前開きでボタンのついた上着と何か伸び縮みするものが腰回りの部分に入っていた。紐ではなくそれがずり落ちないための抑えになっているようだ。色は黒で白の縁取りがあった。下着も柔らかな布で上等な物に思えた。
ヒューが着る様子(ちなみにヒューは紺色のパジャマだ)を真似てパジャマと言われた部屋着を着た。スリッパという物を渡された。靴の前半分から後ろを切ったものだった。それをブーツの代わりに履いて移動するということだった。着替え終わるのを待っていてくれたヒューはまた俺の手を引いて、入口から入った正面の扉を開けて入っていった。
俺も入ると、ヒューが扉を閉めた。入った部屋はテントの中とは思えないほど広く、入った左手に俺は横に寝ても十分余りそうなほどに大きいベッド、その脇に小さなチェスト。正面に丸テーブルに椅子が二つ。右手壁には大きな木製のクローゼットがあった。
「なんでこんなに広いんだ?なんでベッドが…」
呆然と呟いている俺の手を引っ張ってヒューはベッドに向かう。
「空間魔法で広くしてるんだ。まあ、謎空間だな。マジックバックと似たようなもんだ。もう寝ちまおう。明日から、ここから出るために頑張らないといけないからな。」
そう言ってヒューはスリッパを脱いでベッドに上がると俺も引っ張り上げる。え、まさか一緒に寝るとか?
うろたえてる間にヒューはベッドに横になると俺を腕の中に抱き込んで、上掛けを引っ張り上げてお互いに被せた。驚きすぎて疲れた俺は考えるのをやめた。寝よう。
「おやすみ、メルト。」
「お、おやすみ、ヒュー…」
俺は目を閉じると、ヒューからいい匂いがすることに気付いた。森で嗅ぐ、木の匂いのような、葉の香りのようなさわやかで落ち着く匂い。
同じ石鹸を使ったから俺からもこういう匂いがするのだろうか。
埒もないことを考えつつ、親以外の初めての体温を感じて寝るという状況に、これは眠れないかもと思っていたが、結局すぐに眠くなって寝てしまった。
ダンジョンという危険な場所にいるのにもかかわらず俺は熟睡してしまったのだった。
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