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ダンジョン編ー見習い騎士メルト― 第6話
目が覚めたら食欲をそそるいい匂いがした。
「おはよう。脱衣所で顔洗ってこいよ。装備と服も置いてあるから着替えてくるといい。」
ヒューは視線で昨日の部屋を示して、言う。ちらっとヒューの手元を見るとテーブルの上に朝ご飯らしきものがのっていた。
急いで言われたとおりに脱衣所に行くと盥に水が用意してあった。隣にタオルが、籠に俺が着ていた服と装備が汚れのなくなった状態で、置いてあった。
ヒューって凄い。多分、俺が魔道具が使えないって言ったから水を用意してくれてたんだ。浄化魔法も使えないとわかって浄化を掛けてくれたんじゃないかと思う。
「あの、服とか食事とか、ありがとう…」
俺は部屋に戻って開口一番そう言った。
「いや、遭難者はお互い助け合わないとな。ご飯用意したから食べてから出発しよう。」
ヒューは何でもないというように笑って、椅子に座るよう促した。テーブルにはパン、サラダ、果実のジュース、オムレツにソーセージが添えられた皿が並んでいた。それと湯気の立つ紅茶。
「いただきます。」
ヒューはきいたことのない言葉を言ってから、食事を始めた。
俺も慌てて食べ始めると、パンもオムレツも凄く美味しい。ソーセージはパリっとした皮に溢れる肉汁が堪らなかった。
パンは四角い白い柔らかいパンで縁が茶色の見たことのないパンだった。
それにオムレツを挟んで、サラダを乗っけて食べた。美味い。あっという間に完食した。ジュースも味わったことのない果実で、甘さと酸味が絶妙な味だった。
「すっごい美味しかった!」
感動して思わず言ってしまった。ヒューがびっくりした顔をしてたがすぐに嬉しそうな顔になって、ありがとうと言った。
ヒューが食べ終わって食器などを片付け終わると、いきなり頬に触れてきた。
「浄化」
そうヒューが言うと、口の中が浄化されたようだった。さっぱりとして、食べ物のカスはなくなった。ヒューが手を離す。思わず見上げてしまった。そんな俺にヒューはにっこりと笑顔を返した。
俺は他人から魔法を掛けられると、気分が悪くなる。親に掛けられる分には大丈夫だった。しかし魔法が使えないということで、魔法で診断してもらった時に物凄く気分が悪くなって倒れかけた。
それで魔力に対しての耐性がないということになり、支援魔法や治癒魔法を受けるのは体に変調をきたす、ということになって他人からの魔力に触れることは禁止となっていたんだ。
でも、なんともない。ヒューからかけてもらった魔法は親より自分に馴染んだ気がした。
「じゃあ、行こうか?」
ヒューがテントを出るのに慌ててついていく。ヒューはテントをどこかにしまった。
俺はその間に落とした剣を拾う。よかった。ダンジョンに飲まれてなかった。
ダンジョンには死体が残らない。装備品もなにもかも。時間がたてばダンジョンに取り込まれてなくなってしまう。魔物の死体も解体すれば手元に残る。そうしない場合はドロップ品と呼ばれる魔石や装備品、あるいは身体の一部を残して無くなってしまう。そしてそれも放置していれば消えてしまう。
宝箱と呼ばれる何故かダンジョンにしか現れないそれに、そうして飲みこまれたものが入っているのではという話だが信憑性はわからない。ダンジョン自体なんで現れるかもわからないのだ。
ヒューはテントのあった所で何かをして俺のそばにやってきた。
「さて、冒険の始まりだな。」
何故だかカッコつけて言ってこの部屋にある唯一の出口らしき、空洞に向かって歩き出した。
「メルト、剣は構えなくていいが手に持っていった方がいい。不意打ちがあるからな。通路に出たら一応メルトが前、俺が後ろで歩く。じゃあ、支援魔法をかけるぞ。防御強化、身体強化。」
歩きながらヒューはそういうと俺に支援魔法をかけた。あったかい魔力が俺の身体に浸透する。
身体が軽くなったようで、気持ち悪くなることはない。むしろ、調子がよくなった。
なんだこれ?
俺は魔法に対して拒絶反応があるんじゃなかったのか?
それとも、このヒューという魔術師の魔法は特別製なんだろうか?
それに詠唱が短すぎる。魔法って長い詠唱が必要なんじゃなかったっけ?魔法に詳しくないから、わからないけど。
「うん。上手くかかってるな。相性がいいんだな。通路に出るぞ。出てしばらくは魔物の気配はないが、不意に湧くこともあるから慎重に。」
空洞の中に入って、まっすぐ伸びる通路に出た。
天井は身長の倍くらいで横幅は人が3人くらい並ぶと塞がってしまうほどだ。壁は岩でほんのり光っている。洞窟型の通路だ。
辺りを警戒してゆっくり進む。空気はひんやりとしていて肌寒い。ブーツが乾いた地面を踏む。ザリ、と砂を踏んだ音さえ響く。
そこでポンと肩が叩かれてびくりと身体が跳ねた。
「そんなに緊張してると返って身体が動かなくなるぞ。リラックス、リラックス。それにお待ちかねのお客さんもそこの角を曲がった所に現れるからな。」
ヒューはそう言って視線を通路の先に向ける。どうやらその先に脇道があるのを何らかの方法で、ヒューが感知したということだ。
「…うん…」
剣を持つ手が震えた。息を大きく吸って吐く。落ち付け。あれだけ訓練してたんだ。大丈夫。仕留められる。
「くるぞ。」
ヒューの言葉と同時に前方の通路の左から、何かが現れた。それは高速でこちらに向かってきた。
狼の魔物だった。それが3体。灰色の毛並みの体長3メートルはあるかという大きな魔物。牙を剥き、涎を垂らし、赤い眼を禍々しく光らせながら飛びかかってきた。
俺はその灰色狼の威圧に押されていた。このダンジョンで出会った、ビッグマウスやシャドウバットとは比べ物にならない殺気。
そう、俺は竦んでいた。
目の前に牙があって、やられる、そう思った。
「ギャウ!?」
しかしそうはならなかった。目の前に透明な壁があるようにそこにぶつかって弾かれた。そして目の前に紺の髪が舞った。
白刃がきらめいた。綺麗な軌跡を描いて狼を両断する。その左に返す剣で横から飛び出した狼の首を刎ねた。もう一体は風の魔法で首を斬ったようだ。
あっという間に3体の魔物を屠ってしまった。魔術師なのにうちの団長よりも剣技が上だと、そう思った。
「大丈夫か?」
手にした剣を浄化して俺の前に立って微笑んでるヒューはとても強いんだと、そう思った。
「あ、あの…ありがとう…」
柄にもなく体が震えてた。対人の訓練で、命のやり取りはなかった。
訓練で強くなってると思っていた。でも、訓練と実戦は違う。怖かった。
格上の魔物はとても怖いものだと、わかっていたようでわかってなかった。
そしてダンジョンという物も、わかってなかった。ここは、どこか違うダンジョンだ。
岩山ダンジョンじゃない。ラーン王国ですらないかもしれない。
岩山ダンジョンに狼の魔物は出現しないのだから。
「いや、俺が拘束魔法を使えばよかったんだ。少し戦法を変えよう。まず俺が魔法で先制、怯んだところをメルトが剣で止めを刺す。これでいこうか。」
ヒューは何でもない顔で言ってポンと頭に手を乗っけたあと、くしゃっと髪を乱して手を離した。
俺は、そんなヒューに緊張と恐怖がすっと引いていく気がした。
※灰色狼(グレイウルフ)
脅威度Bランク
Bランクの冒険者が5人で安全に倒せる魔物。ソロではAランク以上。群れると脅威度は1ランク上がる。
スキルは噛みつき、ひっかき、威圧。物理特化の魔物。
弱点は火魔法。物理では首と心臓。素材は毛皮と牙、爪が取引されている。
本来メルトのレベルでは相当な格上。メルトは冒険者ランクではCくらい。魔物対戦経験的にはまだGランク。
冒険者ランクはSSS(伝説の勇者パーティー)SS、S、A、B、C、D、E、F、G。登録時はGから始まる。SSSが最高で、今は3人いるがほぼ活動休止中。故に伝説になっている。一般的にはSランクで最高峰。中堅やベテランといわれるのはCランク。一人前がE。駆け出しがF。初心者がG。貢献度によっても上がるため、対魔物用の力量とは多少ずれがある。
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