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閑話 第一騎士団長の多忙な日々(団長視点)

 私はケビン・ノヴァク。法衣貴族の男爵位を持つ。王都の隣の小さな町を領土に持つ子爵のノヴァレスク家の第2子だ。  騎士学校(貴族のみが入学する)を出て、隊長を務めて騎士爵から始め、団長に就任した時男爵位を授かった。嫡子以外はたいてい下位貴族位を襲名する。準男爵(世襲ではない)までが貴族の爵位で、平民でも貴族位をもらえるが騎士爵どまりだ。当然名誉爵位で世襲できない。  ラーン王国は王政でラーンの姓を持つ王族が支配する。王でない王族は公爵となり、王族の直轄地を領土に持つ。もとは隣国ロリア公国の一部領主だった王族が独立してラーン王国を建国した。  今は王国歴195年で、栄枯盛衰が激しい、この北方同盟国群において(大国からは北方小国同盟国群などと呼ばれる)そこそこ国を保っている方だ。  東にはドワーフ領、エルフ領、南にはヴォルフス帝国、商国家連合、西には魔の森と守護龍を持つ強大国アルデリア王国に囲まれ、戦争が多い地域でもある。  ラーンは特には特産もない国(北に位置するため農産物の生育は悪い。鉱脈もなく、ダンジョンは一つで資源の見込めないダンジョンだ)で、強いていえば軍事力を輸出している国と言える。  北方同盟国は有事の際、兵を貸し出す。スタンピード(魔物の氾濫)や対帝国の防衛戦だ。その際同盟国から報奨金が支払われる。もちろんラーンも同盟費は納めているが貸し出しの報奨金が大きな財源となっている。  そのため、ラーンは兵を育てることに力を入れている。騎士団の見習い騎士制度も広く平民から兵を募る一環なのだ。  騎士団はいわゆる軍隊に近いが治安も治める治安部隊でもある。平民とはいえ、金をかけて育てるのだから、大事にされる。貴族領の農民兵とは、全く扱いは違う。長く勤めれば騎士爵ももらえて、貴族扱いされることになるので、平民の憧れの職業ではある。  しかし貴族の平民への意識は差別意識を伴っており、貴族に平民が反抗することは許されない。悲しいかな、騎士団にもその傾向は見られ、結果、今の会議が行われていることとなる。  発端は毎年行われている、見習い騎士のダンジョン演習だ。岩山ダンジョンと呼ばれる初級ダンジョンで、ほぼ攻略されつくしていたはずのダンジョンだ。  冒険者の死亡はそこそこあるが、騎士団の演習で、死亡事故は今までない。ところが今回、未発見の隠し通路に入ってしまったことと、未発見の転移罠があったため、一人の見習い騎士が行方不明となった。  冒険者ギルド側も初めての転移罠の発見で、今までの行方不明者の原因を考え直す状況にある。岩山ダンジョンに転移罠はない、という認識だったからだ。騎士団も転移罠に関しては油断していたと言える。  その見習い騎士は17歳のメルト。順調にいけば来年正騎士に昇格する。私も目にかけていた騎士で、真面目で努力家だ。自主訓練を多くしていて、魔法が使えないこと以外は期待の持てる少年だ。  そのメルトは罠にかかり発見されるまでの二週間、一切の痕跡が見つからなかった。本人は記憶を失っており、罠にかかってから、入口に飛ばされたという結論になるが、行方不明期間が長すぎるし、時を超えるような転移罠は聞いたことがない。  飛ばされた先で何らかの出来事があり、戻って来た時にその間の出来事を何らかの理由で忘れてしまったという方が正しい。  なにせ、彼は発見時、高性能の装備と剣、守護の魔法の付与されたペンダントを身につけていたし、団の貸与品のマジックバックからは壊れた貸与品の剣と、貸与品の団着、ドロップ品である、レアな火属性の短剣が見つかったからである。  転移先で魔物と戦って剣が壊れ、宝箱を見つけて短剣を発見したとしか思えない。その際誰かとともに行動し、装備や剣をもらったのではないかと思うが、その剣と防具を巡って扱いに関する会議が行われているのだ。  貴族の欲望というのは、全く手に負えない。短剣だけ団に納めてもらい、ダンジョンの成果として認め、装備や剣はメルトに戻せばいいのにもかかわらず、この会議だ。  私の主張は戻せと言っているが第5、第2の団長が欲しがっているし、団を統括する総団長は、剣を上納したいと言い出す始末だ。  装備はともかく剣は特級の銘剣だ。ドワーフの名工ボルドールの作成した剣ということは刻印でわかった。つまり、その工房に問い合わせれば持ち主がわかり、所有権もはっきりする。  メルトの物だと分かれば、もちろんメルトの物だ。しかしそれをしたくない。  あの装備は王族も持っていない、レアな魔物素材でできていて、ブーツは二つの特殊機能が付与されていた。しかしブーツには「龍の爪」の刻印があった。 「龍の爪」とは厳選された顧客にしか商品を売らない、アルデリアの王都に店を構える商会である。この商会の魔道具はアーリウムの大賢者が作っているのではと、噂される高性能の貴族垂涎の魔道具だ。  冒険者ギルドのステータスカードシステムも、アルデリア王国の竜騎士団の騎乗具もこの商会の物だということだ。  この商会主はアルデリアの英雄大魔導士グレアムで、名工ボルドールとは700年も前に活躍した勇者パーティーの時のパーティーメンバーだ。ボルドールは今も王都にいるがグレアムは姿を見せないと聞く。  最もグレアムの種族はわかっていないが王都にある屋敷を今でもグレアムが所有しているとのことだから、生きているというのが定説だ。  700年以上前の英雄だ。勇者はヒューマンだったらしくこの世界にはもういない。諸説によると守護龍がアルデリアについたのは勇者の偉業だという。  その二つがそろっているなど、普通なら考えられない。その二つを揃えるのは白金貨が何百枚もいる。更に、つてがないと手にできない物で、特にブーツは皮に使われてる素材を持つワイバーンは特殊個体だろうというで、この素材を狩るにはそれこそSSSランクでないと無理だろうという話だ。  つまり少なくともこの二つはその二人の英雄に連なる物だ。あの岩山ダンジョンで活動する冒険者には到底手にできない物で、メルトが探索中、落ちている物を手にしたとは考えにくい。そんな簡単なことを何故議論しているのか。  メルトから取り上げたという事実をその人物に知られたらどうなる。SSSランクの装備を簡単に他人にあげるような人物だ。その人物が恐ろしくはないのだろうか。  あの装備は徹底的にメルトを守ることに主眼を置いた装備だった。つまり、その人物はメルトを守っていたと言える。  どうにも嫌な予感がする。だが、この団の中では私は最下位の貴族位。武勇によって第一の団長にはなったが、発言権は低い。  どうやら装備はブーツが第5、それ以外は第2と第3でわけ、剣は総団長の物となるようだ。レアな短剣は王宮に、ペンダントは第4の、という話になり、私は待ったをかけた。 「そのペンダントは昔からメルトが持っていました。彼所有の物です。それだけは、はっきりしています。団に入団出来た時に彼の身を心配した親だか誰かが贈ったものとか。それまでを取り上げるのは、短剣をもたらした彼に対して、騎士団としてはどうかと思うのですが。」  平民の持ち物ではない、と第4の団長の舌打ちが聞こえたが、それをすれば盗賊に等しくなるではないか。装備と剣を奪ったのですら等しいとなぜわからない。 「平民とはいえ、理由もなく、個人所有の装飾品を奪うのはいかがなものかと。それをすれば騎士団に所属する平民は、私物を取りあげられると噂になるでしょう。たとえば平民の騎士が、騎士団の給料を貯めて高価な物を買っても、貴族の目につき、それはふさわしくないからよこせと奪われる。それは国を、民を守る、騎士団の行いでしょうか。」  許してくれメルト。私にはこれくらいしか、できなかった。  その代わり正騎士となったら私のもとに来てもらおう。他の団に行けば、メルトは苦労する。特に第4だ。なんだかんだ難癖をつけて奪ってしまう未来が見える。  もともと平民を嫌う貴族が多い。私のもとには平民が集まっているから特別何かを言われることもないだろう。  彼は優秀だし、きっと騎士団の役に立ってくれるだろう。  そして彼が18歳になって正騎士となった時、第一所属に真っ先に引っ張った。  それは正しかったと言える。彼は街の人々に慕われる騎士になったからだ。  余談だが、剣は誰にも抜けず、無理をすると電流が流れて剣が持てなくなったらしい。  多分、メルトには抜けるはずだが、それを確かめもせずに、総団長の執務室に飾ってあるというのはお笑い草だ。  とにかく、ダンジョンでメルトと出会った人物が現れた時、怒りを買わないようにできるか不安で仕方がない。  いや、多分怒りをどうにか押さえてもらうよう交渉するしかないだろう。  その時が来ないことを祈るが、無理だろうという予感がする。  ※ケビンについて※    ケビンは面倒見がいい人で脳筋。騎士団の御前試合で何度か優勝をしました。  その実力と、戦争の遠征で手柄を立てたことによる武功で、王都を守る第一騎士団団長になりました。  酒好きで、かなりの酒豪です。  騎士団は何かというと飲みに行く体質で、もちろん北の国で冬が長く寒いせいもあります。  雪は物凄くふりますが平地が多いため、貯水力はなく水不足気味です。  隣国の境が山で、その地下を流れる水脈が水源です。そのため水質はよく、量が少ないと言えます。  水不足に関しては魔法も駆使して本格的に足りないということは少ないです。  足りなかったら酒という国。イメージ的にはロシア周辺です。

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