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ダンジョン編―大賢者ヒュー― 第2話
ダンジョンには転移陣が5階層ごとにある。
何故そういう仕組みなのかわからないが、ボス部屋の転移陣を一回通ると入口の転移陣に移動できる。また入口の転移陣から通ったことのある階層に転移できる。
このダンジョンは勇者パーティー時代に何度か潜ったことがあって、40層までは降りている。最大階層はまだ攻略者がいないのでわからないが100層はいくだろうという噂だ。
入口脇の転移陣で、40階層を思い浮かべると、40階層に転移した。
俺はマップスキルを起動させてダンジョンの中を探っていく。今は1km四方に絞っているが最大10kmは探ることができる。
地形、建物、動く物体など詳細な情報も浮かぶが、簡易的に表すこともできる。レーダーの受信機のように十字に方角を表して円で距離を描いている。点で近づく生物を表し、敵対するものは赤、中立は黄色、好意的な者、知り合いは青で記される。意識を集中すれば、その物体がわかるチートなスキルだ。
倒しまくってもいいが面倒なので避ける方向で動く。ダンジョンは下層に行くほど魔素が濃密になる。息苦しさを覚えるほどだ。その魔素から魔物が産まれているというのが一般的な考え方で、ダンジョンで魔物が発生するシステムではないかと研究されている。
そして魔素が濃いほど強い魔物が産まれ、侵入者を襲ってくる。
この幽玄迷宮はゴースト系の魔物が多い。それゆえに幽玄迷宮などと呼ばれている。実態を持たない魔物は物理では手に負えないことが多い。ただ、聖属性を付与した武器なら斬れる。聖属性の魔法もだ。
「浄化」
ゴーストをまとめて消し去る。逆に弱点がわかりやすくて退治しやすいと思う。まあ、深層に行くほど、倒す個体は多くなるので、魔力の少ないヒューマンには少し荷が重いけれど。ま、俺は魔力切れの心配はいらないから心配することはない。
ボルドールから依頼された素材はこのダンジョンの42階層にある青の結晶だ。めったに発見されないが青のバシリスクがどういうわけか結晶化したものだ。この結晶は剣の素材にすると石化の効果をもたらす。逆にいえば解除薬の素材にもなる。
ここまで潜れる冒険者があまりいないため、高価な依頼になるようだ。ボルドールは暇だろうと言って連絡してきたけどね。しかも価格はお友達価格だよ?
42階層についてマップで目的物がどこにあるかを探った。この階層の奥、43階層に向かう階段のそばの脇道の行き止まりにあった。
そこは隠し通路になっていて、一見すると壁に見えるのによく見ると切れ目があり、裏を見ると人一人通れる通路が奥に伸びていた。
その道をしばらく行くと天井の高い少し広い通路に出た。そこは10mほどで行き止まりとなっており、その壁のところどころの岩の出っ張りの上に結晶があるのが見えた。
俺は飛行魔法を使って浮き、結晶を採取していく。そして一番上にある結晶を取ろうと、手を伸ばすと目の前に転移の魔法陣が展開した。
やばいと思ってすぐ身を翻したが間に合わず、光に包まれて、俺はどこかに飛ばされてしまった。
投げ出されたみたいで、転移陣から抜けると地面に落ちた。
「いてて。油断した。まさかあんなところに罠があるとは…」
俺は転移させられた場所を見回し、丸い空洞のような空間にいるのがわかった。腰をさすりながら立ち上がり手でローブの埃を掃った。
ここはたまにダンジョンにある、安全地帯らしい。マップを立ちあげると、今いる場所から反対側の壁際にある通路の先に赤い光点が見えた。こっちには近づかずに戻ってうろうろとしている。しばらく探っていると、上空に反応が出た。
そこを見ると、転移陣から人が飛びだしてきた。マジか、落ちたら怪我するぞ。彼が手にしてたらしい、剣が地面に先に落ちた。
反射的に受け止めるように手を伸ばした。シャドウバットが、彼の背中から飛び出す。
「なんだ?俺のほかにも飛ばされた奴がいるのか。まったく、これだからダンジョンは油断ならねえ。…ファイヤーバレット…」
横抱きに抱えると、シャドウバットに火魔法を飛ばす。キイ、と小さく悲鳴をあげて燃え尽きた。
俺は腕の中の受け止めた人物を見た。綺麗な翠の目と視線が合う。驚いた様子で俺を見上げていた。
年の頃は17歳くらい、金髪で、翠の目。透けるような白い肌で、細身だ。顔は小さめで、整った顔だ。目は零れそうな大きな目でまだ幼さを感じる顔つきだ。顔の形は卵型で、彫りが深く、鼻が高い。
動きやすいが、少し防御力が低い皮の防具と、腰にはマジックバックらしいポーチ、厚めの生地で出来たシャツと、ズボン。そして足は膝下くらいまでのロングブーツ。彼にあまりあってない気がしたが、初級冒険者では妥当というより、少し上等くらいなものだろう。
多分上層で罠にかかったんだろう。俺のいた深層ではこの装備では物足りない。
体重は身長と筋肉量を考えると軽いくらいか。細身で筋肉はついてそうだが、もう少し太った方が健康的だ。
戸惑った表情が彼の顔に浮かんで、俺は怯えさせないよう笑顔を作った。
「安心しろ。ここはどうやら安全地帯だ。さっきの魔物はあんたにくっついてきた奴らしい。モンスターハウス仕様じゃなくてよかったな。」
そういうとなぜだか彼の顔が赤くなった。可愛い。
「あ、あの…降ろして…」
声も可愛かった!
あっと抱き抱えたままだった。ハッとして彼を降ろす。足を付かせて立たせた。俺が離れるとほっとした様子に、残念な気がした。彼は周りを見回して呆然とした顔をした。
「ここ、どこ…」
つい出てしまったという問い。それは俺も感じている。マップはこの階層の上下が出てこない。一度通ったところや探索した範囲は必ず3Dで示されるから、未知の階層ということになる。しかも他の階層と繋がりがない、俺の知らない階層に飛ばされている。
「わからないな…俺のマップでも、位置が特定できない。深層のどこか、かな?」
彼は俺の存在を忘れてたような顔で振り向く。
「どうやらお互い転移罠で飛ばされたみたいだな。…俺はヒュー。冒険者をしている。ええと、君は?」
とりあえず自己紹介だ。反目しても利益はない。出来るなら、仲良くしたい。
彼は戸惑った顔をして、少し考えて自己紹介をした。
「…メルト。見習い騎士だ。」
見習い騎士?思わず上から下まで見た。
なるほど、その騎士団のお仕着せとやらか。納得した。でもどこだ?
「…アルデリア王国?にしては装備が違うな。紋章もないし…」
あのダンジョンはアルデリア王国にあるから、通常はアルデリアの冒険者かリュシオーン領軍か竜騎士団が鍛錬に使っているが下限がAランクなので、見習い程度では入れない。
「…ラーン王国だけど…」
彼は眉を寄せて考え込むように答えた。ラーン王国?
「ラーン王国?たしか魔の森を越えた、北方にある王国か。その綺麗な金髪と翠の目は北だからか。」
この世界でもメラニン色素は仕事をしている。太陽光線の強いところでは色素が濃く、弱いところでは色素が薄い。
まあ、この世界には魔法があるので突拍子もない髪の色や目の色もある。ピンクとか、水色の髪とか。金色の目とか赤い目とかだな。そもそも俺は紺の髪に水色の目だしな。これはアーリウムの王族の直系の特徴だから仕方がない。
あ、赤くなった。可愛い。
ヤバいなあ…この子、好みだ。というか、魔力の相性がよさそうな気がする。
魔力の相性のいい者同士は惹かれ合う。一目ぼれとかはこの類いなのだと、言われているのだ。この世界では。
メルトは赤くなったあと眉を寄せた。どうしたんだろう?どこか痛めてるのだろうか?思わず近寄って、顔を覗き込んだ。
「どうした?どこか痛めたか?」
「痛くは、ない。大丈夫…」
あ、警戒された。一歩下がられて俺は内心落ち込む。まあ、今はそれより生存戦略を優先しないとな。ここは安全地帯だけど、いつまでもここにはいられない。ここを出ないといけない。
「メルト、提案があるんだが。飛ばされた者同士、協力してダンジョンを脱出しないか?一人より、二人の方が安全だと思う。」
この子一人なら、あの通路にいる魔物には勝てない。多分経験が足りてない。死なせたくない。
「…わかった。こちらからも、お願いします…」
メルトは少し考えて了承の返事をした。よし、腹が減っては戦は出来ぬ。この子はもう少し、太った方がいい。
「そうときまったら腹ごしらえ、だな!」
メルトは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
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