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ダンジョン編―大賢者ヒュー― 第5話
メルトが剣を重そうに持っているところで休憩をした。今回は通路の行き止まり、やや広くなっている場所だ。魔物が来ても対応しやすい見通しのいい場所。
「メルト、そこで少し休憩しよう。始めの部屋のように安全ではないから、注意は怠らないようにしよう。」
ここへ来るまでにも2体魔物を屠り、大分、魔物と対峙する事には慣れたようだ。アイテムボックスから水袋を出して渡した。浄化と、造水の魔法が付与してあって、魔石の魔力がなくならない限りずっと水が入っている魔道具だ。
何か腹に入れた方がいいかと、小麦とナッツなんかを固めた(カロリーなんとかみたいな)携帯食を渡して食べた。余裕があるなら軽食でもいいかな。今度からサンドイッチとか食べようか。
メルトの次に水袋に口を付けたら、メルトが赤くなった。
あ、間接キスか。
可愛いなあ、メルト。俺の事、意識してくれているのか?それは凄く嬉しい。
あれ?俺、俺の方こそ、メルトを意識している?
俺は前世や、勇者の事で色々拗らせていて、なんというか、この世界の人を恋愛的な意味で好きになったことはない。
メイルの本能はある。メルトがフィメルだっていう直感は本能だ。魔力の相性もこの世界の仕組みの根源にある。
前世の記憶が戻った時から、この世界の性別が不思議で、いろいろ調べた。それこそ遺伝子レベルで。CTやレントゲンやMRIに値する魔道具も作った。俺は魔道具なしで、魔法で診られる。その魔法も公開していて、適性があって勉強すれば身につけられるところまで落としこんである。
性別はメイルとフィメルのフェロモンを司る遺伝子がそれを決定する。
この世界で一般的には発情期が精通の前か後かによるが、実は、メイルは精子を、フィメルは卵子を発達させるフェロモンで、発情はフィメルのフェロモンが司る。そのメイル遺伝子に付随する遺伝子があってその遺伝子がメイルたらしめる要因だ。
この遺伝子がメイルが他人の精液を後孔の性器で得ると最初に受けた精液(いわゆる魔力波形)以外に拒絶反応を示す。それは甚大な拒否反応でアナフィラキシー反応といってもいい。
基本的に両性なのでどちらの性器も持っていてどちらの遺伝子も持っている。それが性差たりうるのはメイルに付随する遺伝子を持っているかどうかである。
MA遺伝子と名付けたそれは陰茎を発達させるため、フィメルに比べて大きくなる傾向にある。
このMA遺伝子がフィメルにはないのだ。そのため、最初に受けた別の人の精子を受けても拒否反応は出ない。
そしてその遺伝子がないと、卵室が先に発達し、メイルよりも発情回数が多くなり、精嚢の発達が遅れる。
つまり一般的に言われる性差の確定は事実を本能で知っているということだ。アーリウムではMA遺伝子に反応するリトマス試験紙のようなものを作っていて、生まれてすぐ性差がわかる。唾液を使うので簡単だ。
発情期を抑える薬はフィメルフェロモンを抑制することによって発情期を抑えるので未成熟な時期に使うとメイル寄りの身体に特徴になることがあるし、卵室の成熟が遅れる傾向にある。ただフィメルには陰茎を発達させるMA遺伝子はないので陰茎だけはフィメルサイズになるのは変わらない。
臨床実験は娼館にお願いした。ハイヒューマンは効果が出てるかわからないので一番近いヒューマンの街で実施した。要するに今、世の中にある発情期抑制薬は俺の発明品だ。それでもお互いが強く願えば発情期は始まってしまうことがあるので完全ではないのだが。
話が横道にそれたが、メイルの本能はMA遺伝子に根差す。MA遺伝子はフィメルのフェロモンに反応し、メイルのフェロモンを誘発する。魔力の相性がいいと、その効果は絶大だ。
つまり、好みで魔力の相性のいいフィメルに否応もなく惹かれると言うことだ。
ああ、自分でいろいろ理屈つけてるがつまりは。
俺はメルトに一目惚れしたということだ。
前世の幼馴染みの勇者と死に別れて660年。
俺はこの世界で初めて、この世界のフィメルに恋をした。
その後、5時間ほど探索したが、先が見えないので最初の部屋に転移で戻った。
メルトがビックリしてたので説明する。
「ちょっと転移魔法でね。次はさっきの場所に転移するから大丈夫。」
カッコつけてウィンクした。何とも言えない表情で見られて失敗したかなと思った。
「これは一度行った場所か、目で見える場所にしか行けないからね。それとダンジョンの階層を跨ぐことはできないんだ。失敗する。同じ階層なら大丈夫みたいだから使ってみた。補助のアンカーも打ってあるしね。」
そうしてテントを出して食事の支度を始めた。メルトが所在無げにしてたので休んでいてと伝えたら鍛錬を始めた。
あれか。
別腹というやつなのか?メルトは多分脳筋なんだな。
今夜は何にしよう。鍛練してるなら鶏がいいか。照り焼きチキンにして、鶏ガラのたまごスープ。パンは丸い白パンにしよう。皮も柔らかく焼いたものだ。ハンバーガーのバンズくらいのそれを半分にスライスした。添えものはレタスとキャベツの千切りだ。ドレッシングは和風。
作り終わってメルトを見ると、まだ鍛錬をしていた。とりあえず、気の済むまで放っておこうと料理はアイテムボックスに戻した。
剣技の型をなぞって、繰り返される素振り。
流れる汗も気にしないようで一心不乱に続けている。思わず見惚れてメルトが気付くまで見つめてしまった。
「終わったら、声をかけてくれれば…もしかしてずっと見てたのか?」
メルトが照れくさそうに言う。
俺は、メルトの剣技を見ていて師匠の剣を教えてもいいかと思った。ラーン王国の剣の流派は多分、ラーン騎士流とかつくだろう型だった。帝国流の流れを組んでいるかと思われる。
一応免許皆伝のはずなので教えてもいいだろう。ダメでも師匠はアーリウムなので問題はない。ないったらない。
俺は死蔵していた木剣を2本取り出す。一本をメルトへと投げて問いかけた。
「模擬戦する?」
メルトはこの問いに満面の笑顔で肯定した。
一瞬見惚れたのはいうまでもない。
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