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ダンジョン編―大賢者ヒュー― 第13話

 朝、メルトを抱き締めて寝ていた。メルトは睫毛も金色なんだと今さら気付く。  俺は大人の姿になった。起きようとするとメルトの目が開いた。まだ少し眠そうな瞼へキスをした。くすぐったそうに笑うメルトは朝から可愛かった。 「おはよう、ヒュー…」 「おはよう。俺も今目が覚めたばかりだ。一緒に顔を洗おうか?」  一緒に洗面所に行く。そういえば朝、一緒に並んで顔を洗うのは初めてな気がする。  朝食を食べて、身支度を整える。俺は防御陣と魔法耐性の魔法陣を組み込んだローブ、メルトは俺があげた装備一式。二人で確かめあって、昨日の場所に飛ぶ。  門番がいなければ突っ込むと、そう決めていた。  魔物を倒しながら進み、開けた場所に出る。ボス部屋の扉があって、門番はいなかった。  大きな扉の前で、メルトに告げる。 「門番はいない。ダンジョンの最終階層というわけじゃないようだ。メルト、このまま突っ込むぞ。」  メルトが緊張した顔で頷いた。握った拳が震えていた。そっと手をとってその拳に口付けた。メルトは目を白黒させて真っ赤になった。緊張は解けたようだ。メルトに防御とステータスアップの魔法をかけた。盾は、中に入ってからだ。それとアミュレットだ。 「これも、かけておいて。万が一の保険だから…」  ミスリルの鎖に紺に近い魔石。特殊個体のシ―サーペントの魔石だ。魔力が豊富で大きい。  守護の魔法を刻んで裏の台座には俺の刻印とメルトの名前を刻んだ。メルトが魔力を通すと浮きあがるようにした。メルトの首にかけて抱きしめてキスを落とす。離れがたくて少し長めにキスをした。 「行こう。」  扉を開けた先にはキマイラがいた。ドラゴンではなかったけれど、その次くらいには災厄に近い魔物だ。ブレスもあるし、蛇の尻尾には毒もある。扉はしまって逃げ出せない。  床と天井に魔法陣があって、召喚陣と転移陣のようにも思える。全貌が見えないから判断はつかなかった。  蛇の尻尾は俺が始末をつける。メルトは正面からぶつかって気を引いてもらった。もちろん盾の魔法は発動してある。  メルトが身体の下に入って四肢を傷つける。その隙に俺は背後に回って死角から魔法で尻尾を落とした。  メルトは動きまわって気を引くようにしている。尻尾を失って激怒しているキマイラは炎のブレスを吐いた。危ない。  炎耐性がある武器と装備でよかった。えらいぞ俺。更に防御魔法をメルトに重ねがけする。  右足をメルトが斬り飛ばして、キマイラが倒れ込んだ。その隙に闇魔法の拘束をかけた。 「今だメルト、首を落とせ!」  俺はメルトに指示を飛ばす。魔法耐性の高いキマイラはそう長くは封じておけない。メルトはジャンプし、斬撃を繰り出して見事に首を落とした。  肩で息をしているメルトに駆け寄って(ついでにキマイラはしまって)浄化をかけた。 「浄化。お疲れ様。」  メルトが周囲を見回す。俺も視線を追って階段を探すが隠し扉もなかった。床に宝箱が出現した。罠を探ったがなかった。開けると大きな魔石と火属性の短剣が入っていた。  短剣は赤い魔石が埋め込まれていて、うすらと赤みを帯びた金属でつくられていた。ヒヒイロカネだ。鑑定で確かめたから間違いはない。魔石も火属性だった。  俺はメルトに全部渡そうとした。止め刺したのメルトだし。 「メルト、持っているといいよ。これはメルトが倒したんだから。」  メルトは短剣だけ受け取って首を横に振った。 「…二人で倒した…」  じっと見つめられてドキッとした。可愛い。思わず赤くなった。魔石は俺がもらうことになった。 「わかった。行き止まりだから、階段が現れるか、転移陣があるはずなんだが…」  二人で探した。どこにも階段はなくて、中央に戻ってきた。そうすると床の魔法陣が光った。 「この床が転移陣か?入口に飛ぶんだろうな?」  思わずメルトの手を握った。離れたら、いやだからだ。 「…出られるかな…」  メルトが見上げてくると、安心させるように口付けを落とした。 「出られるよ。」  微笑んでメルトを見た。メルトも笑った。光で埋め尽くされて、いつの間にか手は離れていた。  魔の森の幽玄迷宮。その入口の転移陣の上にいた。思わず横を見た。 「出られたぞ。…―――…」  呼ぼうとした名が出て来なかった。伸ばした手の先には誰もいない。  俺は一人でこのダンジョンに来た。  採取をしている間にどこかへ飛ばされた。  どこへ?  何かが抜け落ちている。  心に穴が開いたみたいだ。勇者を失った当時のように。  そのまま、龍の住処に転移した。 『なんだ?突然転移してくるのはやめろと言っただろうに。採取は終わったのか?…ん??なんだ。番を見つけたのか?』  龍が文句を言ってくる。なにも話したくなくて、テントを出して引きこもった。  番?何を言ってるんだ。  俺は誰にも、恋をしていない。  ずきりと胸が痛んだ。  してないはずだ。だって、そんな記憶はない。  でも心に開いた穴は癒されたはずの喪失の痛みを訴える。  俺は、泣いた。  何に泣いてるかわからないが、悲しくて仕方なかった。泣き疲れて、俺は2日ほど寝ていたらしい。  それから日常が戻った。  ボルドールに青の結晶を納めて。ミハーラに依頼を受けろと文句を言われ。龍には小言を言われ。  そんな中、俺は魔道具を何個か作りあげた。  認識阻害の腕輪。  通信機のイヤーカフ。  守護の魔法を水色の魔石に刻んだ指輪。  指輪はまるで、エンゲージリングのようだった。  イヤーカフは翠の魔石と水色の魔石で作った。  必要だと思った。でもどうして必要なのかわからないまま、アイテムボックスにしまい込んだ。  俺は必要最低限しかテントから出なかった。そんな態度に龍が声をかけてきた。  散歩に行こうという。狩りもするとのことだった。  珍しいこともあるなあと思っていると野営道具も持って来いと言われた。遠出するのか?と思ったがここは逆らわずにいようと思ってテントをアイテムボックスにしまった。  龍の背に乗って、魔の森の上を飛ぶ。  龍が何かに気付いたように視線を下に向けた。俺は首を傾げたが、魔の森の端、北方小国同盟群に近いところまで来てしまった。下手すると帝国領だ。 「どこまで行くんだ?ここまでくると、もうアルデリアを出てしまうんじゃ…」 『もういい加減引きこもるのはやめて、新たな番を見つけた方がいいぞ。』 「はい?」 『冒険者でも何でもして、自分で宿をとるんだな。しばらく私の塒(ねぐら)は使用禁止だ。』  そうして魔の森に落っことされた。  幽玄迷宮から帰還して12年。  俺はまた、運命と出会う。この、魔の森で。 -------------------------------------------------------------------------------------------  ※これでヒューの章は完結です。   次話閑話 “守護龍の憂鬱” でダンジョン編は完結になります。

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