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ラーン王国編ー見習い期間の終わりー 野営訓練 3
「森の様子がおかしい?」
リンド先輩が眉を寄せて俺達を見た。
「獣を見掛けない。森はもう少しざわざわするはずだけど、静かだ。」
スラフが言葉を選びつつ言った。
「…それはまた…何かの前兆か?」
顎を押さえて考え込むと、立ちあがって外を見る。
「よし、俺も様子を見に行く。今からは俺が指示する。テントを撤去し、武装をして事に当たる。」
拠点を撤去し、周囲を観察していく。虫の音も聞こえないのは少しおかしい。
大きな嵐が来るのだろうか。といっても、冬に吹雪くことはあるが、南の国と違って夏に嵐などない。せいぜい雨が降るくらいだ。雨は貴重だから歓迎される。
「確かに昨日まであれだけ獣を見かけたのに一匹も見かけない。やばいな。強い魔物でも現れて逃げたか、食われちまったのか…」
リンド先輩がブツブツと呟きながら、それでも周囲を警戒しつつ奥へと進んでいる。
すると、前方から葉擦れの音が聞こえて、何かが飛びだしてきた。
「うわっ…」
飛び出してきたのはなんとロステだった。
「い…いいところに!」
青い顔で俺達を見る。
「ま、魔物の群れ…魔物の群れが!今、他のメンツで伝令に!!」
息を切らせていうロステの様子はただ事じゃなかった。
「落ち付け。種類は何だ。規模は?」
リンド先輩は動揺するロステの肩を押さえて揺さぶって聞く。
「あ…。む、群れというか、あらゆる森の魔物がこっちに向かってる感じです。何かに追い立てられるように。」
「なんだって?魔物の氾濫みたいじゃないか?追い立てている存在でもいるのか?この森にダンジョンなんてないはずだが……だが、そんな群れを森から出していいわけはないな…」
リンド先輩はポーチから、何かを取り出して空に投げた。パンと音がして空に赤い煙が広がった。
緊急事態の狼煙だ。
「よし、これで領軍が動くだろう。それまで少しでも魔物を減らす。いいな。」
リンド先輩がそういうと、俺達はごくりと唾を飲み込んで頷いた。
俺達はやや開けた空地で、地中から突き出した腰ほどもある大岩がある場所を戦場として選んだ。ロステは自分の班の元へ向かった。集合場所を決めてあるそうだ。
俺達は岩を盾にして、魔物と対峙している。岩の上からはリスクとミランが石で魔物を打っている。大物は弓で打つ。ただ弓矢の数は有限で、剣も持つかどうかわからなかった。
幸いなのはそれほど強い魔物ではまだないということだ。ネズミやウサギ型の小さいものが多かった。ウルフやボアの中型がそろそろ来るだろう。
俺は何故か落ち着いている自分がいるのに驚いていた。
多勢対無勢の様相であるにもかかわらず高揚している。
リンド先輩は俊敏な動きと確かな剣術、的確な指示と時折繰り出すスキルの斬撃は十体以上の小型の魔物を巻き込む。森の木々のおかげと言えるのか、いっぺんには来ないせいもある。それでも木々の間から絶え間なく現れる魔物に皆の疲労がたまっていく。
俺は、ボーラのおかげか投擲のスキルを覚えたらしい。命中率と威力が増している。集めた石を投げて倒す。拾い集めた石はすぐになくなり、短剣で小型の魔物を倒していった。
一撃で沈め、死体が広場を埋めていく。魔物は逃げている途中とでもいうように、先を急ぎ、俺達に襲いかかることをしなかった。だから、戦えていた。
小型の魔物から中型の魔物に変わった。一発で、仕留められなくなってきた。狼の牙は鋭く、ボアの体当たりは力強い。蛇は足元を通って行くから退治しにくい。中型の魔物は、邪魔をするなと言わんばかりに向かってくるものもいる。
休みなく斬り続けて腕が重くなっている。ミランとリスクはすでに弓から剣に持ち替えている。俺たちはもう持たないかもしれない。
どうしてこんなに魔物が出てくるんだ?冒険者も間引きをしていたはずだ。そもそも、ダンジョンが存在しないこの森で、なぜ、魔物の氾濫が起きる?
「くそ、数が多すぎる。一体どういうわけだ!」
リンド先輩が叫びとともに斬撃を飛ばす。小型の魔物のようには行かない。撃ち漏らしを倒していくが数が多すぎる。何体かすり抜けられてしまった。
「撤退したほうがいいか?いや…どうする?」
リンド先輩の呟きが聞こえた。俺たちのことを考えている。ああ、俺がもっともっと強かったら。せめて身体強化が使えていたら?斬撃が使えていたら?最初の高揚は嘘だったのだろうか。俺はもっと戦えるはずじゃ、ないのか?
魔物にも隙はある。弱点もある。そこを探して一撃で屠れ。できないはずはない。
俺はーーーとあのダンジョンをくぐり抜けたのだから。
こんなところで死ぬわけには行かない。
ーーーに、迎えにきてもらうまでは。
乱戦の時のコツは?
教えてもらったはずだ。
隙なく躱して剣を叩き込む。
動きの先を見る。
できるはずだ。俺は。
「はああぁあぁーーーっ…」
斬撃のスキルを使う。まとめて10体ほど吹き飛ばす。数打ちの剣が悲鳴をあげる。
構うものか。折れるなら折れろ。石でも短剣でもなんでも使って生き延びる。
「メル、ト?」
「ぼうっとするな!残りを叩け!」
なんだか、ミランの声もリンド先輩の声も、何もかもが遠い気がする。
ただただ、斬って斬って、ひたすらに斬る。
どのくらい時が経っただろう。俺は魔物の血に塗れていた。手に血がついて剣が滑る。
ああ。ーーーがいてくれたなら浄化をかけてくれたのに。
「はあ…はあ…」
魔物が途切れた。
不意に空気が変わる。
「メルト、後ろへさがれ!…そいつは、飢餓の魔物だ!!」
リンド先輩の必死な声が聞こえた。
目の前にいるのは黒い体表に覆われた、巨大な獣。
元はマンティコアなのだろうか。人面に四つ足、トゲのついた尻尾。
顔の表面は紫にただれ、死臭のような匂いがする。
飢餓の魔物は飢餓によって死ぬ寸前に変化する厄災に近い魔物。
食べても食べても満腹にならずに周囲の魔物や獣を食い尽くす。
これを恐れて魔物は逃げていたのか。
この森で魔物にあまり遭遇しなかったのはそういうわけなんだろうか。
振り下ろされる鋭い爪のある前足をなぜだかゆっくりした時間で見ながら俺はそう考えていた。
「メルトー!!」
バン!と何かを叩く音が響いた。目の前に透明な壁があった。
「…え?」
俺に届かない前足に魔物が苛立ったのを呆然と見ていた。胸元が光っていた。その光は懐かしい温かい魔力の光だった。
出発直前に持ってきた、ペンダント。
なぜだか必要な気がして首にかけていた。
守ってくれた。
ありがとう。ーーー。
「メルトこれを使え!!」
目の前に落ちてきた剣。赤い革の剣。馴染むその持ち手を持って、鞘から引き抜いた。
縦に振るうと透明の壁を突き抜けて魔物の前足を斬り落とした。
聞こえたのは団長の声だった。俺を飛び越えて剣を振るっている。
俺が落とした魔物の前足の切断面からシュウシュウと紫色の煙が出ている。この剣は火属性だったはずだ。そのあとに聖属性も付与していた気がする。
飢餓の魔物は火と聖属性に弱いはずだ。ではこの剣はあの魔物に有効ということだ。
団長が斬りかかるのに俺から視線がそれる。
(今だ!)
地面を蹴って奴の肩を踏み台にし、首を落とす。
団長は、胴に剣を入れていた。半分ほどで止まって引き抜いて後ろに下がった。
「メルト、よくやってくれた。」
俺は、剣を鞘に仕舞って息をつく。なんだか、クラクラする。
「いえ、あれ?…俺、今まで…」
さっきまでの、視界が開けた感じが消えた。
ーーーって誰だ?
俺はこの剣のこと、なんで知って…。
「メルト?おい、しっかりしろ」
そうして俺は意識を失ったのだった。
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