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ー閑話ー 第一騎士団長の多忙な日々2
私はケビン・ノヴァク。ラーン王国第一騎士団団長だ。
上の方になると実戦より、書類仕事が増えていくのが悩みの種だ。今日も書類に忙殺されている。総団長が私に多く仕事を回しているようで、いつもより書類が多い。
どうやらあの剣が使えないということが決定的になり始めたようで、イラついているようだ。
総団長なのだからもっと団員や国民のことを考えろと言いたい。有事の時にきちんと指揮はしてくれと願う。
その剣をもたらしたメルトが戻ってきてはや3ヶ月見習い期間の最後の年も半ばを過ぎていた。彼ら第30期の見習いたちは野営訓練に旅立っていった。馬車で一日、早馬では半日もかからない、王都近郊の森だ。
ダンジョン演習の時と同じ班分けで、今回二つに分けた。いざという時手助けできる状況にしておくためだ。
野営訓練は戦争時の予行演習だ。もちろん普段の作戦行動でも、野営は重要な行動だ。特に魔物討伐の時は必要不可欠といっていい。我が国は小さいが未開の土地もまだあるのだ。
彼らは二週間森の中で行動し、街とは違うルールを身につける。それが今回の主目的だ。
残りの見習いは通常の鍛錬に加え、正騎士に昇格するかどうかの力量を見るための最終試験、総当たりの模擬戦に向けて厳しい訓練に励んでいる。
私は対戦表を作らせたり、スケジュールの確認をさせたりしている。他は通常業務で息つく暇もない。特に事件もなく、野営訓練も順調だと連絡があったのだが。
ところが、総団長が留守中に事件が起こった。彼は視察で一週間は戻らない。連絡をしても戻ってくるには4日はかかるような隣国近くの砦だ。
野営訓練中の森から赤の狼煙が上がったという。
赤の狼煙は緊急事態。それも領軍か騎士団で当たらないといけないような危急の事態だ。
一番の早馬でついた伝令は魔物の氾濫だという。
ダンジョンもない比較的危険度の少ない森で、魔物の氾濫などあり得ない。
あり得ないが起こったことは仕方がない。
各班で魔物の殲滅をしているという。
だが、装備も心もとなく、いつまで続くかはわからない。
補給物資を運ぶように伝え、両軍と連携して、町や村に危険の及ぶことのないよう防衛に当たらせた。
最悪の事態を考えて、私は一つの策を取ることにした。
「ケビン団長、それはまずいです。処罰されますよ?それに誰にも抜けなかったと…」
総団長の補佐が慌てている。
私はメルトの持っていた赤い革で覆われた剣…総団長は火竜の革だと言っていたから火竜の剣と呼んでいた…を持ち出した。もしかしたら、誰かが抜けるかもしれないからだ。
「私が責任を取る。早馬で駆けつけるぞ。ついてこい!」
私は腕の立つ5人を引き連れて馬に乗って駆けた。4時間ほどで森の入り口に着く。辺りは血の匂いがした。そこかしこに魔物の死骸がある。
「討ち漏らしは?」
入り口で、討伐をしていた団員を呼んで状況を聞いた。
「出てくる魔物は少なかったので、ないのですがどうも、奥で3班が魔物の足止めをしているとか…伝令に回った4班、オレグの班ですが、リンドが全員で足止めをすると言っていたというんです。他の班も散らばって討伐はしていますが一番元凶に近いところにいるのは3班です。かなり時間が経っているので、まずい状況ではないかと…と言ってもみな手いっぱいで応援に行けなかったのですが…」
そういう団員もボロボロで血まみれだ。
「わかった。私たちが応援に行こう。身体強化していくぞ。」
そうして森の中に分け入ったがひどい惨状だった。死骸が方向を示している。切られて、致命傷を受けたが、止まらず途中で力尽きたようなものもあった。途中で中型の魔物に度々遭遇した。それらはついてきた者達に任せて進んで、いつの間にか私一人になった。
そうしてしばらく奥へと進むと悲鳴が聞こえた。
「メルトー!!」
急いで木々の間を抜けると巨大な魔物がメルトに襲いかかろうとしていたところだった。
死ぬな、と駆けつけながら思った。
ところが、彼の手前で魔物の足が止まる。
透明な壁に阻まれて攻撃の手は届かない。
胸元が光っている。
ああ、やっぱりと思った。
あれは、メルトのものなのだ。メルトを守る、アミュレット。
だから私は持ってきていた火竜の剣をメルトへ投げた。
「メルトこれを使え!!」
反射的に受け取ったメルトがすんなりそれを抜く。わかっていたことだったがあれほど苦労した総団長を笑ってやりたい。
ふとメルトの目を見ると、金色に輝いていた。それに表情が違う。
私はメルトを飛び越え、反対側で構える。左右にいる獲物に、魔物の目がきょときょとと移ろう。
私はそれではやられると思った。
流れるような軌跡を描いて振られた剣はあっさりと魔物の腕を落とした。
肩から落ちた前足に驚愕の目を向けた魔物は隙だらけだった。
そこを斬りかかった。胴、腹の部分は柔らかいはずだ。そこをめがけて下から剣を振り上げた。魔物の目が怒りに燃えて私を見る。怒ればいい。お前はここで終わりなんだ。
そして私は見た。魔物の胴に剣が入った瞬間。
メルトが首を落とすのを。
私の剣はそこそこの業物だが、この魔物を一気に切り裂くキレはなかった。
この魔物は飢餓の魔物だ。最悪、領軍と第一騎士団全員でかかっても、倒せない可能性があった。
それをこうも見事に仕留めるとは。
「メルト、よくやってくれた。」
私はメルトの肩に手を置きながら声をかけた。私には壁は出なかった。敵意や危険を感じて守護の壁が発生するのだろうか?
当然のように剣を鞘に収めるメルトに、このメルトは一体誰だと、普段からの力量の差、今も感じる魔力の圧を感じて驚きしか湧き上がらなかった。そうだ、このメルトなら、あの装備もふさわしい。あの短剣もメルトが己の力で手に入れたものだと、腑に落ちた。
同時に危険も感じる。彼が貴族ならば英雄だった。しかしこの国では平民は英雄にはなれない。必ず潰される。守らなければ。
ふと、目を見るといつもの緑色に戻っていた。
「いえ、あれ?…俺、今まで…」
表情がいつものメルトに戻った。そうして、ふっと気を失った。
腕で支えて、驚きに固まっていた、3班を呼ぶ。
「いいな、メルトがこの魔物を倒したことは今いる者達だけの秘密だ。墓場まで持って行ってくれ。じゃないとメルトが危ない。私はできる限り、彼を守ろうと思うが、申し訳ないが限界がある。君たちはメルトと親しかったはずだ。ぜひ、お願いしたい。それと今回の魔物の足止め、苦労をかけた。帰ったら酒を奢ろう。」
3班のメンバーはそれぞれ真剣に頷いてくれた。3班の働きは大きかった。それは大いに評価されるべきことだ。引率のリンドもいい指揮をしたようだ。お調子者なところがあるが、それも慕われる一因だろう。
メルトは魔法治療は受け付けないので、静かに休めるよう手配をした。それから二日ほど寝込んでいたらしい。他にも負傷者はたくさんいて死亡したものがいないのが不思議なほどだった。
3班も疲労困憊で、一日寝込んだらしい。負傷者はいなかったので、やはり優秀な班だった。
全てが終わった頃、総団長が戻ってきた。火竜の剣はしれっと戻しておいた。
「本当に見習い達と、ノヴァク団長で倒したのかね。」
頭をさげて神妙な声を出す。
「はい、ほとんど私が攻撃しましたが、隙を作るために色々動いてくれました。トドメを刺せたのは僥倖でした。」
現場にいなかった以上、頷くしかない。他のものが見たあの現場は、首と前足を切断されて絶命した飢餓の魔物(しばらくすると溶けて消えたが、紫色の煙は毒素なのであの場にいた全員がキュアポーションを飲んだ)だけ。見習いの一人は倒れていたし、他のものは血まみれの傷だらけ。
元気なのは私だけだった。剣に魔物の体液の痕跡もあったから疑う余地はない。
「素晴らしい功績だ。王にお知らせせねば。」
なんだと?疑う以上のことをするのか、お前は!
まあ、知らせないといけないのはいけないのだが、知らせるのは事務官でもよくはないか?
そしてなぜか王から褒美をもらえることになった。もちろん総団長も、だ。
「この度の討伐、大義であったと、王はおっしゃっております。褒美を取らせたいが、希望はあるか、と…」
こういう時普通は特にと答えるが、いい機会だ。
「では、私に30期の正騎士叙任時の人事の優先権をもらえますか?何人かぜひ、部下にと思った者達がおりますもので…」
側近が王に伺いをたてる。こういう時、王は直接声はかけない。私はずっと頭を垂れたままだ。
「許すとおっしゃっております。正式な授与は後日改めて書面にて授与するとのことです。」
「はっありがたき幸せ。」
のちに総団長から、甚く忠義のものよ、と褒められたと言われた。上機嫌なら、問題はないなと私はほくそ笑んだ。
3班のメンバーは全て私の元に呼ぶ。
他の団長にもう手出しはできない。
私はほっと胸をなでおろした。
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