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ラーン王国編ー正騎士へー 最終試験の終わり

 最終試験は折り返しを過ぎて、俺の成績は10勝11敗で負け越している。  緒戦は勝ちが続いたがそこを警戒され、カウンター狙いに切り替えた相手方の戦法に負けが続いた。  やはり体格と力で押し負けてしまう場面が多い。つまりメイルには負けが多く、フィメルには勝てている。そこは性差なのかと悔しい思いもする。  それから周りが平民ばかりで気づかなかったが、下級貴族の3子、4子の見習いが混じっていた。貴族と平民の見習いはそもそもカリキュラムが違うからほとんどお目にかかることはないのだが実地訓練では一緒になっていたということだろう。  当然、彼らは幼い頃から専属の家庭教師に鍛えられているから平民とは一段レベルが違う。そういう貴族に負け続けている。貴族だからと言い訳にするつもりもない。一層、努力をすればいい。  それには体力だし、体をもっと大きくして、膂力をつけなければ。 「あんたはもー…」  ミランが俺の前の席でため息をついている。 「?」  口いっぱい夕飯を頬張りながら首を傾げた。 「ミラン、いいじゃない。背も伸びてきてるんだし、メルトは身体強化使えないんだから体を大きくするのはいい案だと思うよ。僕は。」  もぐもぐと口を動かしながらポメリが言う。ちなみに俺もこの間、肉を口に入れてガツガツ食べていた。 「食べすぎなんじゃないかと心配になったんだよ。もっとゆっくり食べた方が胃に優しいと思うけど。」  ミランが肩を竦める。そういうものか。でも、行軍とかだとゆっくり食べていたら行動が遅れるしなあ。 「まあまあ。まだお互い成長期なんだし、体ができきってないっていうのはあるんだから、好きなだけ食べればいいと思うよ。それにメルトはこんなに食べても太ってないからこの量が必要なんだよ。」  エメリの言葉にうんうんと頷く俺を見てミランがまた溜め息をつく。 「体が欲しているなら仕方ないけど…まあ、メルトの標準の食事量だって僕も覚えなきゃね。」  そう言ってミランも食事に戻った。…そんなに食べているかな。まだ足りないくらいだと思っているんだけど…。少しだけ不安になりつつも、平らげたのだった。  今日もまた最終試験だ。今日の相手は見知った顔だった。スラフ、重戦士系の槌で攻撃を得意とする。今回は剣だから俺の方が有利だ。だが、一撃が重く、受け止めると手が痺れる。これぐらいの力が俺にあったらもっと戦える。自然と口の端が上にあがる。もっともっと、鍛えるんだ。見習い39人と模擬戦ができるこの機会、もっと楽しめ。強い相手と戦えるこの機会を無駄にするな。経験は成長を促す。  型をなぞって素振りをすることも、森へ肉を狩りに行く時も。全部経験だ。  ガ、と音がして剣がぶつかる。刃を滑らせて、勢いを削ぐ。そうして相手の体勢を崩して、剣を相手の体に入れる。 「そこまで!勝者20番!」 「はあ。はあ。」  肩で息をしながら、スラフと握手を交わした。 「メルト、強くなったな。まあ、槌では負けないがな。」  にかっとスラフが笑って、お互い健闘を讃えながら試合場から降りた。すぐに次の組が試合のために上がってくる。  ミラン達が待っていて、そのあとはスラフも共に、残りの試合を観戦した。  なんとなく、ミランとスラフの距離が近いように感じた。 「でもあれだな。メルトって試合の間中笑ってんのな。ちょっと怖かったよ。」  スラフに言われた。俺笑ってたか?キョトンとして首を傾げると皆が笑った。 「ダメだよ。自覚ないよ。」 「ほんと、メルトって剣が好きだよね。」 「あれは楽しくて笑っちゃうんだろうなあ…」  ポリカ、エメリ、ミランにも言われてしまった。笑ってるのか、気をつけないと。真剣になってないって言われるかもしれないよな。 「わかった。気をつける。」  そういうとまたみんなが笑った。おかげで教官に怒られた。酷い。  もう、十一月の中頃から雪が積もり始めてきた。まずやるのは試合場の雪かきだ。雪は3月ごろまで降る。街中は常に住民などが雪かきをするから雪はないが街道は雪に閉ざされる時もある。ラーンは北方小国同盟群の中では比較的南に位置しているがそれでも雪は大量に降る。冬場は雪を解かして使ったりもしている。  吹雪くと屋外ではできないから室内の鍛錬場を使うことになるが狭い。吹雪くとまず試合は予備日に回され、座学や、装備の手入れなどに充てられる。天候の回復が見込めない時は見学者は交代で鍛錬場に入り、入りきれなかったものは別のカリキュラムを課せられる。  そのため、早めに試合を消化していたが、とうとう最後の方になって吹雪になり屋内の鍛錬場で行われることとなった。  残る試合はあと二つ。今日と、明後日だ。今日は順番が来ると呼ばれることになる。待機している部屋は隣の部屋で、素振りなどをしながら待っていた。  そしてその日、見学に中に入れなかった俺は不戦敗になった。午前の試合の予定だった。  呼ばれたのに試合に来なかった、ということだった。あまりに呼び出しが遅いので様子を見に行ったらロステになんで試合に来なかったのかと怒られた。なんで怒るのか。俺が怒りたい。  誰も呼びに来なかった。それは確かだ。でも今更言っても遅いのだろう。  呼びに来るのは前の前の試合をした者、と決まっていた。その者が不戦勝をした相手の側で笑ってこっちを見ていた。  嵌められた、と思った。  だがその不戦勝をした相手は貴族だった。平民の俺は何も言えない。  その貴族とは後にさらに俺と険悪な状況になるのだがそれは未来の話だ。  俺は教官に謝り、鍛錬場を後にした。  悔しい。  吹雪いてるのもかまわず、外に出て剣を振るった。俺に降る雪が俺の体の熱で解けるほど、俺は一心に剣を振るっていた。ミラン達に引きずられて部屋に戻されるまで半日以上外で剣を振っていたのだった。  ミラン達に盛大に怒られ次の日熱を出した。試合のない日でよかったと思った。  教官には体調管理も騎士の仕事だぞ、とお小言をもらった。  ああ、これが響いて正騎士になれなかったらどうしよう。  熱でうなされながら俺はそればかり思ってたのだった。  そしてその次の日、すっかり熱が引いて、さらに快晴になって、外の試合場で行われることになった。張り切って雪かきをした俺はその日の試合は圧勝した。一昨日の試合の鬱憤を晴らすかのように、俺から仕掛けて相手を吹き飛ばした。 「勝者、20番!」  俺の成績は25勝14敗で終わった。勝ち越したことに俺は安堵した。  そして冬季休暇がやってくる。吹雪いて鍛錬場が使えなくなることと、室内の鍛錬場は正騎士が使うためだった。正騎士も冬季休暇はあるが交代制になっているとのことだった。  そして俺は久しぶりに実家に戻ることにした。

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