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ラーン王国編ー沈黙の騎士ー 戦争
マジルとアルデリア王国リュシオーン領の手前までを往復し、今度は何組かに分けて街道沿いの森を探索して討伐しに出かけた。そのあとルーシ王国の兵達との合同訓練。他の同盟国からきた軍との合同演習などもあった。1ヶ月ほど、それをこなし、他の部隊と交代で戻った。第一の次は第二、第三というように主に平民の年若い者達が演習に交代で出かけていった。
そうして秋になり収穫が終わる頃、帝国との戦端が開かれたのだった。
全騎士団から北方同盟軍へ派遣される騎士の中に俺も選ばれた。演習に参加した騎士はほぼ参加だった。
帝国軍、1万3千、ルーシ王国筆頭に北方同盟軍、1万。他に1万が遠方から駆けつける予定だが、緒戦には間に合わない。
帝国との間に森があり、その森を帝国方面に向かうと草原になる。広い平原を帝国の領域に入ると荒れた平地になる。なぜか帝国は枯れた土地で、農作物がうまく育たないのだ。帝国が領土を広げるとその土地も枯れていく。呪われていると、噂になる程だ。
そのポレシ平原の真ん中で双方の軍が睨み合う。使者が帝国軍側からの宣戦布告を発し、戦争が始まった。
俺は後方で貴族の士官に率いられた第4分隊にいた。第一の同期も一緒だ。横に広がった陣形で、右翼の端の方にいた。まだ俺たちの元には敵がおらず、指揮官の指示のもと、移動していた。帝国軍はまず歩兵が一番前に並びその後ろに弓兵、重装兵、魔術師団がおり、その後ろに総大将がいる。
騎兵は指揮官だけだ。
こちらも騎兵は指揮官だけだった。俺たちも本来なら馬に乗るが今回は歩兵として参加している。
そして俺たち一人一人の下にそれぞれ10人ほどの徴兵された農民上がりの民兵がいた。
俺たちは民兵に指示を出し、この戦争を勝利に導かなければならない。1人でも多くの帝国兵を潰さないといけないという命令を受けている。
とにかく戦って生き残る。
俺たち下っ端の平民の騎士はそう振舞うしかなかった。
剣戟が近づいてくる。俺たちも衝突が近い。
「武器を構えて、とにかく振れ!」
指揮官から指示が飛ぶ。練度が低い民兵だから、がむしゃらに向かうしかないのだ。
「とにかく、生き残ることを考えて動け。」
俺はそう言って、剣を抜いた。後ろに民兵を率いて。
手が滑る。血だ。何人斬ったかわからない。味方も敵も入り混じって乱戦になっている。
俺の後ろにいた民兵ももういない。
生きていればいいが望みは半々というところだ。
俺は目立つのか、帝国兵によく狙われる。だが、力を乗せて剣を振れば、何人かは吹っ飛ばせる。
相手が練度の低い民兵だから、ということもある。帝国は指揮官は後方にいて安全圏でしか指示をしないという。
疲労が俺の頭を空っぽにする。何も考えなくとも体は動く。
時折魔法が飛び交って兵が味方も敵も吹っ飛ぶ。
あんな魔法の使い方、ーーーならしないのに。
ああ、ーーーなら、もう終わっているか。あの魔力を受けて、もっと動ければ、もっと……。
「金色の目!」
「な、なんだこいつ……」
周りは敵兵しかいない。ならば、斬撃で払おう。
ぶん、と振った剣から斬撃が繰り出し、それが周囲にいる敵兵を半円状になぎ倒していく。
それを走って飛び越えてまた振るう。
それを繰り返すと兵が途切れた。兵を探すともっと中央寄りに集まっている兵がいた。
口の端が上がった。
それから俺はひたすら斬って斬って斬って……途中で剣が折れて、相手の剣を奪って戦った。
そうして周りに敵兵がいなくなり、ふっと気づくと火炎が飛んできた。
俺は、間に合わないと思った。
だが、またあのペンダントが光って火炎を防いだ。
それはどこから飛んできたのか。あっちか?
ーーーの魔法に比べれば、どうってことない。
敵を殲滅しないと……。
「メルト!それ以上は前に出るな!」
リンド先輩の声が聞こえて、俺の耳に、音が戻ってきた。
「はっ……はっ……」
息が上がっていた。腕を見ると血だらけだった。
「撤退命令だ。戻るぞ。」
周りを見ると敵も味方も引いていた。
俺はリンド先輩に引きずられるようにして友軍の拠点に戻った。
そうして俺は倒れた。テントで1日起きなかったそうだ。
そんな兵は何人もいて、負傷者も、死亡した者もいた。第一の同期も5人欠け、15人が負傷した。
エメリ、ミラン、ポリカ、ロステ、リスク、スラフ、リンド先輩は無事だった。
目が覚めてみんなの顔を見たときはホッとした。血だらけだったが、ミランが浄化をしてくれたそうだ。
俺たちの隊はかなりの敵兵を倒したということで、指揮官が勲章を受けた。
平の騎士では特に貴族の子息ミハイル・オルロフが活躍したということだった。彼は俺の配属された部隊の後方で、指揮官の横にいた気がする。
あの混戦でどこにいたかは知らないが活躍したというのなら強い騎士なのだと感心していた。貴族の騎士は多くは参加していなかったから。
帝国兵8千人、北方同盟軍5千人の犠牲を出した、ポレシ平原の戦いは双方撤退のため、幕を閉じた。
しかし、このあと帝国は繰り返し、戦争を仕掛けてくることになる。
俺も何度かその戦争に出て、生き残った。生き残るたびにもっと強くならなければ、とそう思った。
帝国兵に「金の狂戦士 」と呼ばれていることは、俺は知らなかった。
ずっとずっと後にそのことは知ったのだがなぜ金の、なのかはわからなかった。髪の色かと思ったが、そうではないと言われたからだった。
「傷残っちゃったね?ごめん、メルト。」
ミランが謝ってきた。ミランと刃を潰した剣で模擬戦をした時に一瞬他に気を取られて、避けられるはずの剣を避けられず、左目の脇を斬られ、剣の傷が残ってしまったのだった。
普通は回復魔法で治ってしまうのだが俺は他人の魔法を受けられず、こんな傷にポーションを使うのはもったいないと断った。そのため、自然に治るのを待っていたら、傷が残ってしまったのだった。
ミランはそれを見るたびに悲しそうな顔をする。俺が悪いのに。
「問題ない。俺が油断したからだ。気にするな。」
俺は首を振って笑った。
「で、でも。僕のつけた傷のせいで、メルトが独り身だってことになったら……」
そこは少し、気にしてるところだが、このガタイはもう仕方ないし、力を増すためにつけた筋肉はどう見てもメイルに見える。それほどガチガチにはついてはいないがフィメルにしては背が高く体格がいい。
だから今では初見でフィメルと思うものはいない。
2メートル、105キロ。もう身長も体重もこれでキープしているがメイルでもこの身長はいない。騎士団一高くなってしまった。
だから色っぽい話はないし、告白されたこともない。もちろん俺もそういうことには興味がない。
まだ22歳で、行き遅れ、と言われ始めるくらいの歳だ。
今は剣のことしか考えられないから、別に恋人はいらない。
恋人……は。
時折、締め付けられるような気持ちも薄れてきて、心の奥が悲鳴を上げている。
でも俺はそれに気付けなかった。
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