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帝国戦役ーヒューSIDEー もう一つの戦争
戦争が始まった。思ったよりも大規模なぶつかり合いになった。
なぜ、戦争が起こるんだろう。
争わず生きていくことはできないんだろうか。それとも、前世が日本人の平和ボケした頭だからだと笑われるのだろうか?
俺はこっそりと、北方同盟軍に力を貸していた。ほんの少しの間の防御壁。少しの支援魔法。そして帝国軍の背後からの撹乱。
もちろん俺は姿を隠す魔法を使って動いた。
帝国軍の歩兵は半分は奴隷だった。そして半分は徴兵された農民たち。一番安全な場所にいる将官達。
一番死ななくていいもの達が死に、そうでない者が生き残るそんな戦争。
その戦いは消耗戦だった。
戦力の半分を犠牲にしたところで双方引いた。
どちらも敗北宣言も勝利宣言もしなかった。
その戦いの最中、俺は焦燥感に駆られて周りを見回した。
北方同盟軍側の右翼は強い部隊がいたらしく、相当の被害を帝国軍にもたらしていた。
俺も途中で気がついた。あのラーン王国の騎士に似ていた兵装だった。体の大きな剣士で金色の目が光ったのが遠目でも見えた。
その剣士が蹴散らすと同じ兵装の騎士が追いかけてきて撃ち漏らしを屠る。おかげで民兵がその区域から逃げ出した。逃げる民兵を今度は帝国の指揮官クラスが斬った。
督戦隊なのかバカなことをする。
命が簡単に失われる場所にいるんだと、改めて思う。
ますます鼓動が早まる。
『ーーーが危険だ。』
『助けないと……』
胸の奥でざわめく不思議な感覚を持て余しながら、戦場を見回した。
ほぼ、決着はついた。双方、撤退の合図が出る。
だけど。
「この、死ね!!デカブツ狂戦士 !」
帝国の数少ない魔術師の放ったファイアーボールが飛んでいく。
あの勇猛な剣士へ。
危ない!
ダメだ、あの剣士を死なせては。
『ーーーが死ぬ!』
「盾!!」
俺は彼の前に守護壁を構築した。
それが二重になった。
彼の装備するアミュレットのようだ。俺の作るアミュレットにそっくりだった。
俺のアミュレットをたまたま持っていたのだろうか?
『俺のあげたのだ。よかった。持っていてくれた。』
「ーーーを、殺そうとしたな……」
ぎりっと奥歯を噛み締めた。
俺は何をこんなに憤っているのだろう。
戦場だから、敵を倒すのは当たり前だ。だが許せない。
「風の刃 !」
かの魔術師のいる一帯を薙ぎ払う。多分、何百という兵と、魔術師団が倒れた。
「敵の魔術師がいる!!隠れていた!!」
「あっちの方からだ!」
俺のいる方へと兵が向かってきた。隠蔽ももう限界だろう。
『お主、目が金色に……』
(もう撤退する。転移で一気に塒まで戻る)
あの剣士はさっき撤退していった。もう、大丈夫だ。
俺は転移魔法を使ってその場を逃れた。
龍の塒に戻ってきた。
(目が金色?あの、剣士も…)
『会えた。ーーーだ。元気でいてくれた。強くなった。』
ズキッと頭が痛む。それは抗えないほど強くて、俺は倒れた。
何かがおかしい。
何かが干渉している。
俺の一番大事なものに。
状態異常無効を超える、抗えない力。
それはもう、神の領域だ……。
目が覚めたら、記憶が抜けていた。戦場で起こった、俺の心の変化。
心に穴が空いている。俺は戦場で大事な何かを見つけたはずだ。
だけど、手からこぼれ落ちる砂のように、掴んだと思ったら零れていく。
これはおかしい。そもそも、あのダンジョンから戻ってきてからの俺はおかしい。
本当に何があった?あのダンジョンで。
こんなことが起こるのだろうか?
どんなチートをもってしても、抗えない。
神の領域なのか?
「くそ!」
こういう時は研究やものづくりをしたほうがいい。あの被害では帝国はすぐに動けない。
俺はテントの風呂に入ってから、また引きこもった。
何を作ろう。
守護の指輪でも作ろうか。魔石のいいのがあったかな?
ミスリルの台座に龍の姿の意匠を掘って、水色の魔石を中央に据えた。
魔石に魔法陣を付与して、即死系の攻撃から守れるように。物理的な攻撃には守護の盾が発現するようにした。
そうして魔道具の開発に勤しみ、隠蔽効果のある腕輪を作った。
特に性別が隠蔽できるものだ。なぜだかわからないけれど、必要だと思って作った。
「まあ、夜道を歩くフィメルの性犯罪よけってところかな?」
ふむ、と独りごちて虚しさに息を吐く。
そろそろ収穫の秋が終わる。帝国が動くかもしれない。
「ヒサキ、久しぶりだね。」
マジルの白狼亭に久しぶりに顔を出した。ヤンカは元気そうだった。街は少し緊張しているようだった。
以前はのんびりした街だったが、今はピリピリとした空気を感じる。
「また一週間ほど厄介になるよ?」
ヤンカは少し複雑そうに笑って頷いた。
「わかった。いつもの部屋が空いてるよ?でもこの時期に来るのは良くなかったかもしれないね。また戦争が始まりそうなんだ。もしもの時が来たらすぐ逃げるんだよ?」
真剣な顔で俺のことを心配してくれた。俺は頷いた。
「わかった。ヤンカもね?」
そう言ってカウンターに宿賃を置くと代わりに鍵をくれた。
「もちろんさ。逃げ足は早いんだよ?」
俺は笑って、部屋に向かった。
『かなり以前より街が疲弊しておるの。』
(うん。最前線に近い街だからね。平原を突破されたらここは蹂躙される。だいぶ、避難したみたいだ。)
店がしまっていたり、空き家が多くなっていた。駅馬車の数も減っていた。
その代わり兵が多くなっていた。傭兵や、同盟の兵。北方同盟軍は帝国と違い行儀はいい。だが、街の柄が悪くなるのは仕方のないことだった。
そして俺が滞在している最中、マーキングした赤い点が平原方向に集まってきていた。
(前にマークした野盗、まだ生きて活動してるようだ。事あるごとに討伐されていたようだったけど……)
『情報を扱う特殊部隊なら、逃げ足は鍛えられておるんじゃないか。』
(まあ、そうだね。足が早くないことには重要な情報伝えられないからね。)
今度は帝国1万、北方同盟軍8千という兵力の差になった。
地力は同盟軍、数は帝国だ。
そして今回もポレシ平原で衝突した。俺はまた同盟軍の援護に回った。
帝国軍は不思議と足がもつれたり足に怪我をしたり、同盟軍と出会う前に負傷している不自然さに気がつくまでにかなりの時間を要した。
帝国は魔術師が少ない。なぜなら加護を失っていて魔素を十分に受けられない。口から魔素を充分に栄養に取り込めないから魔力は生命維持に回って外に出す魔力に回せなくなる。生活魔法は使えるだろうが、他の国と比べ、使える魔力が限られる。
そんな中、魔力を豊富に持つ魔術師に向いているものは裕福な家系か、貴族か、だ。
帝国の貴族は他の国に比べて贅沢をしている国だから平民が飢える中、太れるほど、食べている。
だから魔術師は貴族出身が多いのだが、戦場に出てくる魔術師は下級貴族の子息が多い。
そんな希少な魔術師が魔素の揺らぎを感知したようだ。
「敵の魔術師が紛れている!気をつけろ!」
(潮時、かな?)
またあの、焦燥感に囚われたが、今回危機は感じなかった。
帝国の兵の練度が下がっている。
そのうち捕虜も一般市民も引っ張り出してくるかもしれない。
そもそも農民階級の人口は少ないのだ。こうして使い潰して、人とその人がもたらすはずだった地の恵みをドブに捨てている。
なぜ不作が続くのか、気付けないのだろう。
俺はエルフのミハーラが精霊から聞いたという話を知っていて、教えてもらってのことだったが、土地が荒れていくのを普通は止めようとするだろうに。
そうして気づかれる前に転移して戦場を離脱して森に隠れた。龍が戦場を見ていて、戦が終わったのを確認して塒へと戻った。
そして3回目、俺は初めて帝国の少年帝王を見た。
その帝王は戦の最中、俺に気づいた。
狂気の紫の瞳が俺を見たとき愉悦の色を浮かべたのを見た。
いつか俺はこの帝王を倒す時が来るかもしれないと、うっすらと思った。
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