61 / 71
帝国戦役ーヒューSIDEー もう一つの戦争2
のちに、ポレシ戦役と呼ばれる帝国による三次に渡る侵略戦争は帝国にも北方小国同盟群にも、消耗しかもたらさない不毛な戦争だった。
帝国はこういった戦争を仕掛ける国だが、三次で収まったのは北方小国同盟群には僥倖だったと言える。以後俺が龍の塒を追い出されるまでの7年間は戦争はしていなかった。
双方、犠牲が多すぎた。
帝国はもっと戦争を仕掛けるだろうと思われていたが、大方の予想に反して以後の動きはなかった。
「で、何をしたんだい?」
俺は今、ミハーラに睨まれている。
何故だ。
「え、ええ?何をって何も?」
ジロリと睨まれて肩を竦める。ミハーラはため息を付いて手元の書類を読み上げる。
「第一次、帝国軍に不可解な被害あり。魔法使用形跡。魔物の当該地区からの移動あり。帝国魔術師の一団が自陣近くの何もない空間からの風属性攻撃により全滅。北方同盟軍の魔術師はその時全員がすでに撤退。」
そこで区切って俺をジロリとみた。
「第二次、同様の現象あり。」
また睨まれる。
「第三次、帝王が戦争の指揮をとる。何やら戦場で探している様子が伺えた。帝王と謎の魔術師が対峙。魔術師は龍に乗って飛び立つところを確認。身長は165から170。フードで顔は見えなかったが茶色の長髪。龍はアルデリアの守護龍に見えた。」
ここで盛大に睨まれた。
「はい、犯人は俺です。内緒だよ?」
さらに睨まれた。至近距離で。
「な・に・や・って・く・だ・さ・い・や・が・り・ま・し・た・か?」
俺の背中に冷や汗がダラダラと流れた。
「アルデリアと帝国を戦争させるつもりか?ヒュー……。龍に乗れる人物はお前しかいないだろうが。」
額を指で押さえて眉間にしわを寄せて唸るミハーラは怒鳴りたいのを我慢しているようだった。
「あー。なんだ、その。なんていうか、俺もイマイチ、わかってないんだけど。帝国を止めないといけなかったんだ。その、北方小国同盟軍の被害というか。やらないといけないって気持ちがすごくあって。そのせいで帝王が出てきたのはわかったよ。」
視線をそらして説明する。そうなんだ。これって説明できないことなんだ。
でも、ギルドにめっちゃバレてたけど。
「あの帝王、何やらかすか、わからない人物だから、気をつけないと…」
ミハーラが俺の両頬を引っ張った。
「どの口が言いやがりますか、どの口が。」
「いひゃい…」
やっと離されたが腫れた。回復魔法で治して向きなおる。
「ええと……」
そこで俺はつい先日終結した第三次ポレシ平原戦役について、ミハーラに説明をした。
俺が前回のように立ち回っていると、視線を感じた。
(なんか視線を感じる。バレてるかもしれない。)
『帝国もバカではないということだろう。何か対策をしてきたのではないか?』
(まあ、そうだろうね。じゃなきゃよっぽどボケてるってしか……)
俺は視線が飛んできた方に視線を向ける。隠蔽は発動したままだ。
戦いの方は今回も同盟軍の方が優勢だ。これは練度の差で、数を上回る帝国軍を押している。
でも、少し不可解な動きをしていた。魔術師の一群は動かない。それでいて、熱心に詠唱をしている。
これは、まずいかもしれない。
「見つけました!!!」
そう、指揮官のそばにいた魔術師が俺のいる場所をまっすぐさし、そして魔法が飛んできた。
盾を出してそれを防ぐと、隠蔽魔法が解けた。
もともと認識されたら意味のない魔法だ。
俺は、姿を暴かれた。
(しまった。転移魔法は使えない)
騎馬に乗った一軍がこちらに向かってきた。真ん中の一騎を守るよう周りを他の騎馬で囲んで、だ。
帝国人種の色濃いものばかりだ。
帝国の鎧は黒い。
帝国人は髪も目の色も紫がかったものが多い。紫の髪に紫の目は帝国の帝王の一族の特徴だ。この色が濃いほど、王の資格ありとされる。
俺の髪の色と目の色がアーリウムの王族の特徴であるというのと同じように。
「お前か。散々我が軍を弄んだ、という魔術師は。子供ではないか。」
見事な黒馬の上で黒い鎧に身を包んだ、17歳くらいの少年。
凛と響く、カリスマを伴う少し幼さを残す声色。細身で、しかし鍛えられている体躯。目は濃い紫で帝国の貴色。髪も鮮やかな紫色。身長は今の子供姿の俺と同じくらい。
「………………。」
そしてじりじりと俺を包囲してくる兵が見えた。かの騎馬との距離は10メートルほど。今は盾になっていた騎馬は左右に退いている。
「だんまりか?お前一人にだいぶ兵がやられたようだ。お前はたやすく死ぬなどできないと、心得よ。」
愉悦を含んだ目の色で俺をまっすぐ見る。
おもちゃを見つけた残酷な子供のような目。
「兵の命など、毛ほどにも感じていないくせに。」
声音を少し変えて声を出した。もっと高い声だ。
「くくっ確かに。だが余は余の許しを得ず、余のものを壊す者は許さぬ。お前は余が飽きるまで余の気晴らしに付き合ってもらおうぞ。」
周りの兵が震えた。その「気晴らし」はよほど残虐なんだろう。ピクリと俺の指が震えた。ぐっと拳を握る。散々、弄んで殺したんだろう。
ああ、ーーーが帝国に捕まらずにいてよかった。今はもう、後方にいる。
俺にかまっている間に帝国軍は敗走した。
「誰に向かって口を聞いている?ヒューマンごときが。」
俺は威圧を込めて低い声を出した。
「たかだか生まれて17年の小僧に、そんな口を聞かれるいわれはない。1000年は生きてから言え。僕と、僕の大事なものに手を出すというなら帝国は潰すぞ。」
魔力を解放する。普段は押さえている魔力を一気に、物理的に感じるほど。それでも十分の一程度だ。
俺から風が吹き付けているように感じるだろう。
魔法耐性が低いものは次々と倒れた。
さすが帝王。スキルに王のカリスマ、とかあるんじゃないのか。やや眉をひそめたが微動だにしない。馬の方が持つかどうか。
現に周りの騎馬は座り込んでしまった。
「ひ、ひいい……」
遠くにいた魔術師がガタガタ震えて蹲る。
「何者、だ?お前……」
絞るような声に変わった帝王は、いぶかしむように俺を見る。
(龍、乗っけてって)
『私にこの場面で出ろとか、いいのか?アルデリアが狙われることになるぞ?』
(大丈夫でしょ。そうなったら仕方ないからグレアムで出るから。)
『考えてるようで考えてないのはわかった。まあ、その時は私が出よう。』
「僕に応える義理はないね。」
俺のフードの陰から素早く上空に上がった龍は一瞬で元の姿に戻った。俺は飛行魔法で浮き上がってその背に乗る。
「いいか?これ以上手を出したら本気で潰す。覚悟しろヒューマン。」
ばさりと龍が羽ばたいて風圧で、兵が転がる。そのまま上空に飛び上がり、塒へと逃げた。
俺を見上げる帝王は楽しそうに笑っていた。
(あー、こりゃあ、ダメだ。脅しが脅しにならなかった。サイコパスなんだろうなあ)
戦況を見ると、双方退却、人的被害は同盟軍3千、帝国軍、5千。
そしてまた冬を迎える。ポレフ平原は戦が収まったら大規模な浄化が行われるということだ。
「…というわけなんだ。」
ミハーラがぶるぶると震えていた。
「ど阿呆!何宣戦布告してんだ!!」
襟を掴まれて揺さぶられた。あ、出る、出るから。
「なんで、そんな中途半端に手を出した?お前らしくもない。」
手をやっと離された。状態異常無効は仕事をしてくれた。
「本当にわからないんだよ。ダンジョンから帰ってから俺はわからない情動に突き動かされる。でもそれをしないと後々後悔すると思うから、従っている。今回はそれの最たるものなんだ。」
肩を竦めて苦笑した。
「まあ、いい。これはとてもギルドの情報に載せられない。謎のままにしておこう。ヒューの脅しを本気にすればもう帝国は仕掛けてこない、か企んでいるか、だな。それと、茶髪の長髪のフードを被った少年は帝国から指名手配されてるから、気をつけろ。帝王に反逆した大罪人ってことでな。まあ、これは牽制だろうな。」
じゃあ、もうマジルにはいけないか。テイマーも面白かったのに。
「わかった。しばらく引きこもる。何か動きがあったら、連絡をくれ。」
ミラーハは頷いて仕事に戻り、俺はその足で、ボルドールの元に向かった。
ともだちにシェアしよう!