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帝国戦役ーヒューSIDEー  そして俺はまた恋をする

「あー悪い悪い。渡してなかったか?」  青の結晶の報酬をもらいにやってきた。 「何にも?」  ガハハと笑って胸を張るボルドールがニヤニヤしながら言ってきた。 「色つけるから許せ、許せ。」  バンバンと肩を叩かれた。痛いっつーの。 「そうだ、あの剣、手入れするぞ。出せ。」  手を出されて首を傾げた。 「火竜剣だよ。」  頷いて出そうとするが、ない。 「ない。」 「は?」  なんで、ないんだ。あの剣……。 『……ありがとう……』  はにかむような微笑み。金と翠が嬉しそうに俺を見る。  そうだ。あげた。  ーーーに。  ああ。会いたい。  会いたい。ーーー!! 「どうした?ヒュー……」  ボルドールの顔が見えない。なんで……。  パタパタと涙が落ちた。  泣いているのに、気づいた。 「あれ?なんで……」  なんで、こんなに苦しい。 「ヒク……っ……」  ボルドールの前なのに、止まらなかった。  止まらなかったんだ。 「で、結局どこにやったかわからないと?」  ボルドールが顎に手を当てて首を傾げる。俺だって首を傾げたい。 「アイテムボックスから出すわけないんだけど。……誰かにあげた気も、しないでもない。」  ボルドールが目を見開いて口を開けたまま固まった。 「はあああ!?お前が!??」  あまりの大声に、状態異常無効が仕事をした。俺の鼓膜は守られた。 「ありえん。そもそもあげるほど親しい間柄の剣士なんていないだろう?」 「あーうん。そうだと思うんだけど、ないのは確かだし。あの剣の所有者登録、してなかったから魔力を辿るのも無理だしなあ。」 「ヒューが所有者登録させないであげるはずもないだろう?覚えてないのか?」 「あったとしたら、青の結晶を取ったときかも。実はその結晶取ってから出てくるまでの記憶が飛んでるんだ。多分、出会った誰かにあげたんじゃないのかな?」 「……それは本当か?」  ボルドールの眉が寄る。 「その時からちょっとおかしいんだ。俺。加護で状態異常にかかるはずはないんだけどね。実はアイテムボックスからなくなったの、それだけじゃないんだ。」  俺はおどけたように肩を竦めて見せた。 「作り置きした食料、二週間分。素材がいくつか。あと、なかったものが一つ。大きな魔石だ。火属性で魔力がかなり詰まっているから、多分、ボスを倒した後のドロップアイテムっぽい。それがあった。それを取った記憶はない。」 『…二人で倒した…』  ああ、ーーーが、俺に取っておけと言ったのだ。二人の討伐記念に。  頭がずきりと痛んだ。 「う……」  思わず頭を抱えた。 「どうしたヒュー?」  俺は頭を上げて首を振った。 「だ、大丈夫……」  ボルドールが驚いた顔をした。 「目が…金色?いや、消えた?」  目が金色?そういえば龍もそんなことを言っていたような? 「とりあえず、しばらく塒にこもってる。報酬忘れてた件は一度だけ俺の無理を聞いてくれるってどう?色はつけないでいいよ。例えば剣を打ってとか、防具作ってとか、ね?ボルドールの待ち客飛び越してでも作って欲しいって言ったら作ってくれよ?」 「大賢者の頼みごととあれば聞かないわけにはいかんなあ。その代わりまた採取依頼したら受けてくれるんだろう?」  ニヤッと笑ってヒゲを撫でたボルドールは俺に頼み返した。 「龍の鱗ならいくらでも?」  笑って手を振って、ボルドールの工房を出た。帝国の動向は定期的にミハーラが情報を掴んでくれるだろう。  俺はほとぼりが冷めるまで引きこもろう。きっとーーーは、もう危ない目には合わないはずだ。  ずきりとまた痛んだ。 「頭痛持ちじゃないはずだけどな……」  王都の市場で大量に食材を買い込んだ。龍の塒に戻って、料理を始めた。  龍の好物のクッキーと、消えた食料の補填。食料はあって困らないからな。  それから……。  マリッジリングとか、エンゲージリングとか、作ってみようか。この世界はあまりそういうことはしないのだけど、将来のために考えておこうか。 『ヒュー、俺、浮気した。』  え、どういうこと? 『ヒューだと思って、勘違いした。』  え?勘違い? 『ヒューが迎えに来てくれたって思った……だけど違った。許してヒュー……』  メルト!ごめん。俺が思い出せないばっかりに。許しを乞うのは俺の方だよ? 『俺も、思い出せないんだ。こうしてると思い出せるのに。』  メルトをぎゅっと抱きしめる。そのメルトは随分、思い出よりは成長していて。 『俺、フィメルらしくないって言われてる。ヒューはこんな俺でもいい?』  ん??どこからどう見ても、フィメルだけどなあ?そいつらは目が節穴なんだよ。  今のメルト?……やべえ、俺の理想の筋肉が目の前に……。  メルトは随分綺麗になったよ?この胸も、腕のしなやかな筋肉も、この引き締まった尻も。 『ヒューは時々変なこと言う。』  赤くなって口を尖らすメルトは可愛くて……。ついキスをしてしまう。 『……ん……』  甘い、メルトの魔力。夢の中だけ、繋がってるのかもしれない。  いや、細く細く、俺が感じ取れないほどだけど。ずっとずっと、繋がっているんだ。  愛してるよ、メルト。 『俺も好き。愛してる。ヒュー。』  でも、起きると忘れてしまう。  そういう時は必ず頭が重かった。 『ヒュー!!助けて!!』  どうしたんだ!?メルト! 『俺、俺、死刑になるかもしれない。』  なんだって!? 『貴族を斬った。無理やり、無理やり……』  泣きじゃくるメルトを抱きしめる。  俺は、こんなことしていていいのか?  一人にしてしまって、メルトが傷つかなくていいことに傷つくような目に合わせてるんじゃないのか? 『助けてっヒュー』  混乱したメルトの姿はかき消えて、繋がりが切れてしまったように感じた。 「ーーー!!!」  起きたらすごい汗だった。居ても立っても居られない気分なのに、どうしていいか、わからない。 「くそっ」  焦燥感に襲われて、でもどうしようもなくて。  結局何もできずにいる自分を嫌悪した。  帝国は大人しくしている。ミハーラによると突如、内政に力を入れ始めたらしい。軍の再編成、人材の育成、国力の充実。しかし、帝王の残虐さは依然として変わっていないと聞く。  俺は、テントの中を改造し、過ごしやすくした。特にベッドはこだわって、横幅2メートル50センチ、縦2メートル20センチ。高反発のマットに羽毛の上掛け。敷布はダンジョン産の超高級リネン。手触り抜群、吸湿性に優れていて汚れにも強い。お風呂も少し広くした。シャンプーとコンディショナー、ボディーソープは柑橘系にした。快適なテントだ。みんなに無駄に高級すぎると言われそうだけど。  なんだか龍がそわそわしている。発情期だろうか?いや、龍は性別はないはずだし。  そんな龍に誘われて出かけた先、落とされた魔の森の中。  出会ったのは、金の髪と翠の瞳を持った鍛え上げた体躯の長身の青年。左目の端にある傷あとが精悍さを演出している。でも、彼はフィメルだ。  俺は彼を見た瞬間恋に落ちた。 「ああ、俺はメルトだ。よろしく。好き嫌いはないが……」 『メルトだ!やっと会えた。』  心の奥底から歓喜が沸き起こる。ああ、そうだ。記憶を失っても、出会ったら俺はメルトに恋をする。  何度だって。邪魔をするものが神でも俺は負けない。  そんな心の奥底の気持ちに浮かれたのか、俺は鼻歌交じりで料理を始めた。  この、魔の森で。

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