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ラーン王国編―終章―  貴族 ※

 その年の年末年始は宿舎にいた。雪が多くて帰り損なったものもいたので食堂もやっていた。  スラフは御前試合でいいとこまで行った。  準々決勝でミハイル・オルロフという第四騎士団の騎士に負けたのだった。 「メルト、あのミハイルという騎士、気を付けたほうがいい。」  スラフが難しい顔をしていった。 「そんなに強いのか?拮抗してるように見えたけれど。」  スラフは静かに横に首を振った。 「違う強さもあるってことさ。まあ、そうそうあたりはしないと思うが、な。」  奥歯に物の挟まったような言い方に、俺は訝しんだが、スラフの忠告は受けておこうと思う。  スラフとミランの結婚式は春を予定しているという。ミランには幸せになってもらいたい。  しばらくは子作りはしないで、共稼ぎになるらしい。  結婚したため、宿舎は出て部屋を借りるという。  俺はしばらく一人部屋になる。 「心配だよ。メルトのこと。」  確かに俺は生活のこまごましたことが苦手だが、できないわけではない。できないわけじゃないんだ。魔法が使えないだけで。 「ありがとう、ミラン。それまでいろいろと教えてくれ。」 「もちろん!ビシビシ行こうか?」  本当に厳しく教えられた。ボタンなど付けられなくても俺はいいと思う。  春にミランとスラフは教会で式を挙げた。白い晴れ着がまぶしくて、この時ばかりは恋人がほしいと思ってしまった。 『---……。待っているのに。もう、俺は行き遅れどころじゃなくなっちゃうよ?』 「おめでとう。すっごく綺麗だよ。俺も結婚したくなる。」  目元を泣き腫したミランは嬉しそうに笑った。結婚しても騎士はやめないから、いつでも会える。  子供ができたら見に行こう。ミランの子供ならきっとかわいい。 「スラフ、泣かしたら、決闘を申し込むぞ?」  スラフが両手を挙げた。 「勘弁してくれ。メルトと決闘したら殺される。」  周りのみんなは笑った。ああ、俺は幸せだ。こんないい仲間に囲まれて。  ミランが部屋を出て行っても、日常の見回り業務、騎馬の世話、日常訓練、時折行われる、王都の民へのデモンストレーション的な公開試合。そんな日常は続く。  俺は小さな公開試合は何度か優勝をした。御前試合は準々決勝までは常連になった。  剣の腕も上がり、さらに上を目指して、鍛えていた。  俺は本当に物を知らなかった。  剣のことだけ考えていればいいのでは騎士としては失格だった。  ノヴァク団長は貴族にしては平民への差別意識がないから、忘れていたように思う。  俺は貴族のプライドを傷つけたのだ。 「優勝は第一騎士団、メルト!」  その時、相手のミハイル・オルロフは、嘘だ嘘だと呟いていたように思う。  もっと強いのかと思ったらそうでもなかった。手抜きをされていたのかもしれない。  俺は初の平民での優勝を飾って、浮かれていた。  苦々しい表情をしている、貴族の騎士たちの不穏な空気に気付かなかった。  せっかくあの時スラフが忠告してくれたのに。俺はそれを思い出せなかった。勝ったと、その喜びで、何もかも頭から飛んでいた。  王からお言葉を賜り、メダルを頂いた。  それは名誉なことだった。貴族にとっては通過儀礼のようなもので、平民に負けるのは許されないと、後になって知ったのだった。  彼は第四騎士団の騎士だったが、出向ということで、第一騎士団の業務を一年間こなすように命じられていた。ミハイルは一応下士官になっていたので、彼の麾下、七人も来ていた。  なぜか出会うことが多く、足を引っかけられそうになったり、すれ違いざまに悪口を言われたり。  使うはずだった防具や剣を隠されたり。子供かと思うほどの嫌がらせを受けるようになった。  俺は黙ってそ知らぬふりをしていたが、一向に堪えない俺の態度に業を煮やしたのだろう。嫌がらせがエスカレートした。  さすがに宿舎には忍び込まれなかったが、ロッカーに置いた私物が壊されていたり、泥をかけられたりした。浄化ができないから、洗うまでそのままだった。  また直接説教された。平民が、と貶めてくるのだ。黙って受け流そうにも返事をしないと拳が飛んでくる。避ければまた怒り出す。だから俺は逃げた。  しかし、全員が貴族だったから、見かけた者も、誰も何も言えず、俺も上には報告はしていなかった。  そして忘れられない、その日が来る。  日が落ちてからの呼び出しに危機感を覚えた俺はノヴァク団長に呼び出しがあったことを告げた。ミランにも誰にも告げなかった。告げたのはたまたま一人でいた団長にだけ。  もし誰かがいたら告げなかった。でもそれが幸いした。  人気のない兵舎の裏の広場。  そこに呼び出された。ミハイルと、麾下の貴族たち。 「平民が。……やれ。」  多勢に無勢だった。  けがをさせないように立ち回ると、次第に押されて、引き倒された。何人かにうつ伏せに抑え込まれた。それを確認したミハイルは腰に刺していた剣を首元に突きつけるようにして、地面に刺した。 「動くと斬れるぞ。まったく、手古摺らせてくれる。忌々しい。」  俺はいつでも動けるように力を抜いてはいなかったが、背後から覆いかぶさるように影が落ちるのに、不安が胸に広がった。誰かの手が俺のズボンにかかる。引きずり降ろされて、外気に素肌が触れた。 「な、何を……」  暴力なら耐えられる。だが、これは……。 「ほう、さすがに怯えるか。いいざまだな。尻が丸出しだぞ、平民。私が使ってやるからありがたく思え。」  押さえつけられて、月明かりに影が地面に落ちる。尻を固定されて、何かねちょりとしたモノが、俺の後孔にあてられた。 「分相応に隅っこにいればいいものを。上に立てるとでも驕ったか。だからこんな目に会う。馬鹿め。」  いやだ。いやだ、いや、だ! 『ヒュー助けて!』  いいようにさせてたまるか、とそう思った。  俺は、---以外に許したく、ない!  抵抗を続けたが、それでも、そいつの象徴が、中にはいってきた。拒もうとする動きが相手を締め付ける。 「お前、メイルだと思っていたが、フィメルか。」  何かが切れた気がした。  それからはあまり覚えていない。  団長の声が聞こえて。  それで。  俺は投獄された。  騎士団で処分が決まるまで入る、謹慎部屋という名のベッドがある、きれいな牢獄だった。  俺は一人部屋で、ノヴァク団長のおかげか、丁寧な扱いを受けた。  俺は強姦されたのだ。  入ってきたばかりではねのけたけど、でも穢された。  結婚とか、とうに諦めたけど、でも。  こんなことされる謂れはないのに。 「……う……く……」  俺は悔しくて怖くて泣いた。  そうして泣き疲れて寝てしまった。 『ヒュー!!助けて!!』  ヒューがいる! 『どうしたんだ!?メルト!』  慌てた顔で尋ねてくる。ああ。ヒュー、大好き。俺のこと気遣ってくれる。 『俺、俺、死刑になるかもしれない。』  貴族を傷つけた平民はいかなる理由があろうとも死刑だ。俺はミハイルを傷つけた。殺す気はなかったが、殺してもいいと思っていた。 『なんだって!?』  驚いているヒューの顔が涙で滲む。 『貴族を斬った。無理やり、無理やり……』  それ以上は言えなかった。知られたくなかった。  ヒューは抱きしめてくれた。  でも、俺はあの貴族に……。いやだ。怖い。 『助けてっヒュー』  何かが切れてしまった気がした。 「……はあ……はあ……」  寝ている間も、泣いてたみたいだ。  何かが途切れてしまった。俺が切った気がした。  俺は膝を抱えてうずくまるしか、なかった。

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