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極道とウサギの甘いその後3−6
錠剤の入った袋を目の前で振られ、背中を嫌な汗が流れた。
今ここで飲め、と言われるとは思わなかった……というのは、読みが甘かっただろうか。
いや、だが例えば『SILENT BLUE』のようにオーナーの厳しい振るいにかけられている客層ならともかく、基本的には誰でも利用できる場所でのドラッグの使用を、こんなに簡単に勧めていいものなのだろうか。
警察に踏み込まれたら、確実にお縄である。
推測だが、薬の存在を匂わせた手前、「やっぱり帰る」というのは通じないだろう。強引に飲まされる可能性がある。
そこで逃げた場合、薬の入手はできず、証拠としては少し弱くなる。
出来れば現物を持って帰りたい。どうするべきだろう。
『怖いから心の準備ができたら』……でも結果は同じか。
「お金は……」
「今日はいいよ。もし気に入った時は、サクラちゃんが彼女になってくれたらずっとタダであげる。どうかな?」
持ち合わせがあまりないと言外に匂わせてみたが、意に介した様子はない。
どちらにしろハマらせてしまえばいくらでも金を持ってくるようになるのだから当然といえば当然か。
「でも……彼が……」
「構ってくれないんでしょ?内緒にしとけばバレないって」
……『そんな奴とは別れて俺と付き合おう』とは言わないのだなと呆れてしまった。
きっとこんな風にして付き合っている『彼女』がたくさんいるのだろう。
「どうしたの?まだ心配?」
「ちょっと……心の準備が」
「じゃあ、俺か飲ませてあげる」
『ショー』は、あろうことか、錠剤を歯で軽く噛んだまま顔を近づけてくる。
「え……待っ……や、」
薬を飲まされるのも嫌だし、口移しなど耐えられそうもない。
でも暴力は……という逡巡の刹那、天啓のようなものが脳裏を過った。
『顎だ。野郎に迫られたら顎を狙え』
唐突に再生されたのは、副店長の言葉だ。
『腹は急所だが、だからこそ鍛えてる奴も多い。そんなところを殴っても効果はない。その点、顎は軽く当てただけでも脳震盪になりやすいし、身長差がありすぎない限りは頭突きやパンチを食らわせやすい。いいか湊、ピンチの時は顎だからな……』
脳が揺れてるところをフロントスープレックスだ!というシメの言葉は黙殺し、湊は上司に深く感謝をした。
「(副店長……ありがとうございます……!)」
ぐっと身を引いて、迫ってくるその顎めがけて頭突きをしようとしたまさにその時。
ガチャッ、と乱暴にドアノブが回された。
「誰だ?」
『ショー』の待ち人ではないらしい。
警戒したのか、とりあえず体が離れて、暴行を加えずに済んだことにほっとする。
もしかして、窮状を察した八重崎が助けに来てくれたのだろうか。
「おかしいな……人が来るはずはないんだけど」
怪訝そうな『ショー』の呟きにかぶせるようにして、ドアの外の声が聞こえてきた。
『何だよ、鍵かかってんじゃねえか』
『蹴破れば……いい……その無駄な筋肉で……』
『戸が中にいる奴に当たったら大変だろ。主に湊とか』
『たぶんこの会話で……遠ざかってる……下手な筋肉……休むに似たり……』
この何となく酷い感じの会話は、竜次郎と八重崎だ…!
『開けるぞ』
ガン!とものすごい音を立てて、立て付けの悪そうなドアが吹き飛んだ。
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