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極道とウサギの甘いその後3−7
「ったく、うちの事務所みたいな安普請だな」
文句を言いながら、竜次郎が戸をくぐり、入ってくる。
その明らかに堅気ではない姿に、『ショー』は非常事態だと気付いたようだ。
「お……お前がサクラちゃんの構ってくれない彼氏!?ヤクザだったのか!」
「は……?構っ……」
『ショー』の言葉で目を剥いた竜次郎がこちらを凝視する。
……これは「まさか囮捜査とか関係なく、俺が寂しい思いさせてるせいでお前はこんなところに……?」という顔だ。
誤解だと慌てて首を振ったが、信じてもらえたかどうか。
あとでフォローが必要だなと湊は内心で苦笑した。
「な、なんで、ここに、」
「とにかくお前は離れろ」
竜次郎は明らかに腰の引けている『ショー』の襟首をつかんで、ゴミか何かのように打ち捨てる。
「ほら、湊。早くこっち来い」
「あ、ありがとう、竜次郎」
差し出された手を取り、立ち上がった湊を見て竜次郎は目を見開いた。
「……ってなんだその格好」
湊が女装をしていることにようやく気付いたようだ。ウィッグを付けているので一目瞭然だと思うのだが、もう少し早めのツッコミでもよかったような気もする。
ともあれこの場所の来るのにこの装いが必ずしも必要だったかと聞かれると是と言い切れないので、改めて指摘されると、気まずい。
「な、成り行きで……」
「成り行きぃ?」
「こういうときは……『よく似合ってるよ』……って……言うのがマナー……」
にゅっと出てきた八重崎が、いらんことを言う。
「八重崎さん……褒められても微妙ですから……」
「謙遜しすぎは……日本人の悪いところ……」
そういうことではなく。
いつものような会話を交わしていると、ドアのなくなった戸口に、小太りの男性が現れた。
「翔!っ……松平の坊っちゃん……!」
「松平の……?親父、どういうことだよ、松平はうちを調べられないって…!」
「……………っ」
どうやら『ショー』の父親のようだ。恐らく、地上階にあるスナックのオーナーでもあるのだろう。
息子に黙っていろという顔を向けたが、時は巻き戻せない。
「俺は別に出回ってるドラッグの調査に来たわけじゃねえ。ただ、こいつを迎えに来ただけなんだが……現物を見つけちまうとな」
竜次郎が床に落ちていた錠剤の入った袋をつまみ上げると、『ショー』の父親が何度も頭を下げた。
「すみません!……すみません……!このことは、親分さんには……」
「耳には入ってるだろうな」
「金が、……店が上手くいっていなくて、生活が苦しかったんです……!」
閑散とした通りのことを思えば、確かにこのあたりで商売をしている人の生活が苦しいというのは頷ける。
ただ、だからといって……
「今はみかじめだ用心棒だって時代でもねえし、町興しをしようってんでもねえ俺たちが口を出せることじゃあねえかも知れねえが、それでも堅気のあんたらは堅気なりに、世間様に対して通すべき筋ってもんがあるんじゃねえのか」
そうだ。
いかなる事情があろうとも確実に誰かの人生を台無しにするものを売るようなことは、やはりしてはいけない。
ふと『ショー』に目をやると、何を言っているのかわからないという顔をしていた。
ずっと、そんな『筋』など考えずに生きてきたのだろう。
やったことは許せないが、薬などで絶対的優位に立つことでしか人と関わることができない彼を、少しだけかわいそうに思った。
「生きていくだけならどうやったって生きていける。お天道様の下を歩いていきてえと思うなら、この薬の出所を言え。一度だけ、仁義切ってやる」
竜次郎の言葉に、『ショー』の父親は涙を流しながら床に頽れる。
震える声だったが、それでもはっきりと言葉を紡いだ。
「白木の……」
「柳か」
「はい……」
「いいか、見逃すのは一度だけだ。そこの馬鹿はこれ以上おイタをしないように再教育しとけ」
「行くぞ」と肩を抱いた手に促され、地下のクラブを後にする。
八重崎が二人の父子を振り返って一言。
「地下にお立ち台を作ったら……盛り上がる……かも……」
「早く行きましょう八重崎さん!」
慌ててパーカーの裾を引っ張った。
何となくいい感じでまとまっていたのに、謎のコンサルティングはやめて欲しい。
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