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極道とウサギの甘いその後3−12

 昨晩は結局あの後も、過去に勝手に女装したという名目でお仕置きをされてしまった。  お仕置きとは、気持ちがよくて、幸せで、しかし体力を使うもののようだ。  すっかり寝坊して、遅い時間に起きだし、朝食を終えて身支度が整った頃にはもう昼である。  車で送ってもらって事務所まで来ると、竜次郎は先に上がってろと言って車内に残った。  仕事の電話でもするのかなと推測しながら階段を上っていくと、何やら事務所内はにぎやかだ。  不用意に湊が入っていくと話の腰を折るかもしれないので、話題の切れ目を探ろうと、ドアノブに手をかける前に耳をそばだてた。 『そこで兄貴がドアを蹴破ると、美少女に扮した湊さんがあの野郎に……』  ヒロの声だ。  昨晩竜次郎が助けに来てくれたときの話をしているようだが、あの場にヒロはいただろうか。いなかったような気がする。 『あわやというところで湊さんに襲いかかる下郎の襟首を掴むと、後はもう血の惨劇よ。涙ながらに止める湊さんの声も届かず、何度も拳を振り上げ……』  ……そんな竜次郎が狂戦士化する一幕は……なかったような。想像のようだ。  怒っているようでも常にどこか冷静なところのある竜次郎がそんなにキレてしまうところはちょっと想像ができないが、室内の盛り上がりを聞くに、松平組の中ではそんな竜次郎像が武勇伝として受け入れられているようだ。  噂とはこういう風に広がっていくものかと感心していると、本人が追い付いてきた。  ……むしろ話の腰を折っておくべきだったかと思っても時すでに遅し。  服を破かれた湊にさっと上着を着せかけるエピソードのあたりで雷が落ち、竜次郎の『最恐伝説』的なものは無駄に浸透するのだった。 「あいつら……俺をどこに持っていきたいんだ……」  奥の部屋に移動して二人になっても、代貸様は大層ご立腹だ。  血の惨劇はともかく、話としては面白かったと思うのだが。八重崎が聞いたら喜んだかもしれない。  座って落ち着くより先に、後を追うようにしてノックの音がする。  「入れ」という短い許可で入ってきたのはマサだ。  予想していたのか、レザーチェアに座って聞く態勢になっている竜次郎は、既に代貸の表情である。 「スナック『ゆう』の件ですが……」  マサが一旦言葉を切り湊の方へと視線を走らせたので、いない方がいいだろうかと様子を窺ったが、竜次郎は首を振り話の続きを促した。 「あの建物と自宅にあった薬物に関するものは全て回収しました。父親にはもう一度入手ルートについて聞きましたが、昨晩代貸に話していたことと同じ、息子が白木組の柳から渡されたものだそうです」  折角同席の許可をいただけたので、湊も顛末をきちんと聞いておきたい。  マサの話によると、白木組の柳という男が、スナック『ゆう』の経営悪化につけこみ、店主の息子を唆してドラッグの密売をするように仕組んだらしい。  店主は、違法であり、松平組の顔を潰すことをしているのはわかっていたが、目の前の現金に目が眩んでしまったようだ。 「息子を引き渡した大内さんにも話を聞いてきましたが、まだ白木組の構成員にはなっていなかったようです。本人は何故自分だけが罪に問われるのかと文句を垂れているそうですが……」 「ドラ息子が、シャバにいるより安全ってことに何も気付いてねえな。まあいい。あのおっさんとの約束通り、柳の奴とは今度話をする。ご苦労だったな」  一礼したマサが出ていったタイミングで、湊も気になったことを聞いてみることにする。 「俺に話せることだけでいいけど……今のこと、少し聞いてもいい?」  竜次郎はまあそうくるよな、という苦笑で先を促す。 「白木組…っていうのは?」 「うちの……大雑把に言うと隣の隣くらいにシマを持ってるんだが、昔から、顔を合わせるとへりくだってくるくせに、裏でじわじわちょっかいかけてくる嫌な組だ。うちと同じ博徒系だが、今の主なシノギはドラッグだな。要するに、うちの固い顧客が欲しいんだろ。柳ってぇナンバーツーが粘着質っつーか、ちょっと危ない奴で、出来れば関わりたくねえんだが、忘れたころに絡んでくるんだよな」  お前も気を付けろよ、と言われたが、何をどう具体的に気を付ければいいのかはよくわからない。 「麻薬より竜次郎の方が好きだから大丈夫だと思う」  安心させようとして、キリっと宣言してみたが、竜次郎は脱力した。 「……いや、そういう……。まあ、なんでもいいか。俺も気を付けとく……」 「?」  何か、変なことを言ってしまったのだろうか。

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