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極道とウサギの甘いその後4-8
ポツリポツリと差し障りのない会話を交わしていると、バックヤードに続くドアから誰かが入ってきた。
入ってきた男はカウンターに座る湊を見て、先程の鹿島と同じように目を丸くする。
「湊か。久しぶりだな」
「城咲さん、お久しぶりです」
城咲 一 は、『SILENT BLUE』がオープンした当初厨房に立っていた男で、鹿島の料理の師だ。
師とはいっても、恐らく二人の年齢は十も違わないだろう。
城咲はオーナー専属の料理人である。
その腕は、裏社会一とも言われており、またボディガードとしても土岐川に次ぐほどの強さだとか。
格闘か料理か選べなくてダークサイドへと足を踏み入れた、と過去に冗談めかして話していた。
鹿島のようにコックコートは着ておらず、黒のカットソーかコットンリネンのシャツにデニムという装いのことが多い。
背は高く、腰まである髪をひとつに束ね、切れ長の目はだいぶ鋭い。怖いという印象を受ける者も多いようだが、とても情に厚い面倒見のいい男だ。
城咲はつかつかと寄ってきて、湊をじっと見下ろした。
「なんだ、お前は相変わらずなまっちろい顔してるな。ちゃんと食ってるのか?」
「最近は、前よりちゃんと三食食べてます」
「問題は内容だろ。バランスのとれた食事なら二食でもいいんだよ。昼飯は?これからか?なら俺がなんか作ってやるから待ってろ」
出会ったときから、誰に対してもこの調子だ。
こういうのを『おかんキャラ』というのだと、以前他のスタッフが教えてくれた。
「師匠、桜峰は最近料理修行中なんですよ」
「ほう」
キラリと光った鋭すぎる眼光がこちらをとらえたので、湊は「散漫な取り組み方ですけど」と苦笑を返した。
「よし、なら俺が世界最強の肉じゃがを伝授してやろう」
「マジですか!師匠の肉じゃが!俺も食いたいです!」
「肉じゃがを制するものは全人類の胃袋を制す!」
「ただし女性のハートは掴めない」
「そう、女性の……………おい、一輝。今は俺に彼女がいないとかそういうのは関係ないだろ」
「いや、俺も別に師匠の彼女がいない歴歳の数だけとかそういう話はしてないですけど」
「だから俺は彼女がいないんじゃなくて作らないだけなんだよ!お前は月華に毒されすぎだ!」
城咲はいい人なのだが何故か女性との縁が薄いらしく、オーナーをはじめとする関係者各位にすぐにモテないネタでいじられている。
鹿島をはじめとして男性からはとてもモテているのだが。みんなの兄貴的な意味で。
二人のやりとりが面白くて、ついくすくすと笑ってしまうと、言い合いをしていた師弟は顔を見合わせ、妙にホッとした表情になった。
どうやら、気を使わせてしまっていたようだ。
気遣いが嬉しくて、もう少しだけ甘えてみることにした。
「城咲さん、教えてもらっていいですか?」
ちょっとしたコツなどを教わりながら、三人で肉じゃがを作った。
出来上がったものは本当に美味しかったのだが、湊に教えることがメインだったせいか少々作りすぎて、昼食に三人で食べたのにまだ大皿いっぱいに残っている。
城咲は用事があるとのことで、既にここにはいない。
「師匠……作りすぎなんですけど……。今日のお客様に食べてもらうか……ワンドリンクならぬワン肉じゃがとか……?」
振る舞うのではなく、基本料金にねじ込んでくるあたり鹿島はしっかりしている。
「もし夜まで残ってたら、俺持って帰ってもいいですか?食べてくれそうな人はたくさんいるので」
材料費はお支払いしますと申し出たが、そんなのはいいと断られてしまった。
「それより、夕方まで少し仮眠を取ってきたらどうだ?クマがあると店長に怒られるぞ」
「あ……でも、片付けとかやってから……」
「片付けは師匠がほとんどやってったから大丈夫だ」
確かに、厨房はすっかり綺麗になっている。
いつの間にやったのか。神がかった料理の腕を持つ男は、行動も二倍速だ。
二人のお陰で、随分と元気が出た。
今なら、穏やかな気持ちで仮眠がとれそうな気もする。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
遠慮をせずにそう言うと、鹿島は嬉しそうに目を細めて頷いた。
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