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極道とウサギの甘いその後4-17

 しばらく見つめ合った後。  南野は太い人差し指で、とん、と隣のスツールを叩く。 「俺は、お前さんのご機嫌を取ってくれる『お客様』とは違うぜ」 「………?」 「ルールは?」  何をしている、と視線を送られ、ようやく南野が乗ってくれたのだということに気付いた。  示された隣のスツールに腰掛けながら、ママにオーダーを入れる。 「テキーラを。交互に飲んで、先に飲めなくなった方の負けで」  南野は定番だなと鼻を鳴らすが、口元は面白いという内心を隠し切れずに微かに歪んでいる。  博徒の男だ。勝負ごとを持ち掛けられて、血が騒がないわけがない。  まずは乗ってもらえたので、次は負けないことだ。  テキーラなら、一本はいけると久世との勝負でわかっている。  久世が飲めなくなったので終わりにしたが、あの時湊にはまだ余裕があった。  腹は膨れていたものの酔っているという感覚はほぼなく、そのあと普通に接客をしたくらいである。  あの時のことを鑑みるに、注意すべきは血中のアルコール濃度ではなく、物理的に「お腹いっぱい」になってしまうことだ。  酔わなくても、満腹になってしまったら飲めなくなってしまうかもしれない。  それに時間をかけてしまうと、竜次郎にバレてしまい勝負が中断してしまう可能性もあるので、あまりいい飲み方ではないかもしれないがとにかく短期決戦が望ましかった。  カウンターにショットグラスが置かれ、一杯目を呷る。  喉が灼けつくような感覚があるが、通りすぎてしまえばあとはなんともない。熱いものを食べた時と同じだ。 「これは、南野さんが先に飲んでいた分なので、カウントしません」  にっこりと。  挑発的な物言いは、ペースを煽るためのものだ。  相手は湊を舐めているだろう。  格の違いを思い知らせてやろうと、少しムキになってくれた方が勝負は有利になる。  無論、相手は博徒であり、駆け引きのプロなので、簡単にこちらのペースに巻き込めると思ってはいないが、しかし人間の心はそう単純ではない。  恐らく、湊は南野からしたら底辺の人種だ。  そんな相手から、ハンデをくれてやる、というような態度をとられて面白く思うはずもない。  こうした思考は、『SILENT BLUE』で自然と身についた。  店長の桃悟も副店長の望月も、穏やかな微笑みを絶やさないチーフの伊達でさえも、お客様との交流は駆け引きだという。  陥れるとかそういうことではなく、互いにそれが楽しいというのだ。  湊もそういう接客をするように……とは言われなかったこともあって、今まであまり意識したことはなかったが、どうすればいいのかはわかる。  演技はあまり得意ではなくて、とにかくそれっぽく見えていてくれればと祈るばかりだ。  湊の挑発的な態度に相手の表情が変わることはなかったが、一瞬「若造が」という目をしたのを見逃さない。  南野も一杯目を一気に呷った。 「お前さんの言い出したことだからな。最初の一杯を負けの理由にするなよ」  カン、とグラスを置いて、不敵に笑う。  熱い戦いの幕が上がった。  ……とはいえ、ただ飲み続けるだけというのも味気ない。  飲み干した後、相手が飲む番の時に、会話を挟む。 「金さんもたくさんお酒を飲まれますよね」 「言っておくが、俺は金ちゃんより強いぞ」  南野は、グラスをぐっと呷った。 「俺も負けませんよ」  すかさず湊も、注がれた液体を飲み干す。  交わす視線に火花が散った、ような気がした。

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