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極道とウサギの甘いその後4-20
一件落着……ではあるが、潰してしまった南野をどうすればいいのだろうか。
「南野さん、車まで運べる……?」
三人がかりなら、いけるだろう。
そう思ったのだが。
「残念ながら俺たちのここまでの移動手段は徒歩だぞ」
「え……竜次郎はともかく、日守さんは車じゃなかったんですか?まさか、事務所から?」
「屋敷からですが、特に問題になるほどの距離ではありません」
店に入ってきたときの竜次郎との様子があまりにも違ったため、日守は後から車で追いかけてきたのかと思っていた。
竜次郎がとても嫌そうに横目で日守を見る。
「……こいつは忍者の末裔だから相手にすんな」
「えっ、日守さん、やっぱり忍者なんですか!?」
お庭番……と感じたのは間違いではなかったのか。
「やっぱりって。お前も思ってたのかよ」
呆れたような竜次郎の声。
続いてぶっと小さく吹き出すのが聞こえたのでそちらを見れば、ママが口元をおさえて笑っている。
「あなた……、面白いわね。その人のことなら、松平組の若様と親分さんの側近さんを使っちゃって悪いけど、上に運んでくれる?ベッドにでも転がしておいて」
その指示は、驚くようなことではなかったらしい。
わかっていたというように竜次郎は南野を担いだ。
意外と軽々で……運ぶのに三人も必要なかったようだ。
「重ッ!何で年寄りのくせにこんなデカいし重いんだよ。ジジィなんだから少しは縮めよ」
「鍛え方が足りないのでは」
「そういうことはせめて手伝おうとしてから言え!」
文句を言いながらも竜次郎は力持ちだ。
南野を運び出す逞しい背中を見送っていると、「愛されてるのね」と笑いをこらえきれていない、からかうような瞳にのぞきこまれた。
そうだと嬉しいです、と正直に言っていいのかわからず、笑顔で濁す。
「南野さんとは……長いお付き合いなんですか?」
「忠さんは母の代からのお得意様よ。今はもう二人ともおじいちゃんって感じだけど、松平の親分さんと忠さんと二人で立ってると、それはかっこよくてね。小さい頃は憧れたのよ。あの頃は、シマ内のイベントっていうと組の人達が出張ってきて盛り上げてね……いい時代だったわ」
前後の会話から、南野と彼女の関係を何となく察した。
隆盛を誇っていない方がいいご稼業ではあるが、そんな時代の松平組も少し見てみたかったと思う。
「今の若い人はみんな真面目よね。若様も夜遊びはさっぱりみたいだけど、良かったらまた、遊びに来て。綺麗な男の子は大歓迎よ」
「ありがとうございます。俺も、酔っ払いの対処方法とか、聞かせて欲しいです」
和んでいると、二人が戻ってきた。
「すげえ疲れた」
「竜次郎、お疲れ様」
「おう。もううちに帰ろうぜ。ナツキさん、叔父貴のことはよろしく頼む」
ひらひらと手を振られ、竜次郎に促されて店を出てからはっとした。
「あっ!お会計!」
「負けた方が払えばいいだろ」
「でも、俺から言い出したのに」
「迷惑料だ。叔父貴も払わせねえよ」
「うん……」
話をしながら商店街を出ると、日守が手配したであろうマサの運転する松平組の車が迎えに来ており、ありがたく二人で乗り込んだ。
日守はマサに湊達を託して、ダッシュで金のいる屋敷に帰っていったという。
色々と、さすがのお庭番である。
戻ったら、きちんと礼を言わなくては。
屋敷に戻り、長い廊下を歩きながら、竜次郎は湊の足取りを確認している。
「あれだけ飲んでほんとに何でもねえのか?お前」
「うん。お腹はいっぱいだけど、特に体に不調はないよ」
「はあ……お前にこんな特技があったとはなあ……。しかも叔父貴と直接対決とか、相変わらず突然ぶっ込んでくな、お前は」
「竜次郎、俺、出すぎてる?」
「てねえよ。ただまあ、余裕で勝っちまうとか男前すぎて、俺のいいとこのなさがちょっと痛いけどな」
そんなことないという否定の言葉を遮り、竜次郎は自嘲気味に笑った。
「説得に失敗した挙句泥酔してお前を襲いかかるわ、日守の口撃にはフルボッコにされてるし」
何か、とても落ち込んでいるようだ。
湊は肩を落とした男のスーツの袖をつんと引っ張り、翳った瞳を覗き込む。
「竜次郎、前に言ってくれたよね。迷惑かけるのはお互い様だって」
南野は松平組にとって大切な人だ。
湊に気を使って疎遠になったりして欲しくなかった。
南野と松平組が湊のせいでぎくしゃくするようなことがあれば、自分が「俺はいない方が」という方向に思考が傾いてしまうことはわかり貴っている。
だから『俺のことをきちんと見て、松平組にふさわしいか見定めてください』というのを勝ったときのお願いにした。
それなら南野も、湊を好きになれなくても松平組に足を運ぶ理由になるだろう。
「気兼ねなく竜次郎のそばにいるために、できることをしただけだし、それが今回はたまたま、俺の得意なことだったんだよ」
湊が頑張れるのは、竜次郎がいてくれるからだ。
そう胸の裡を明かし、落ち込む必要は一つもないのだと微笑みかけると、竜次郎は眩しげに目を細めた。
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