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極道とウサギの甘いその後4-24

 湊がにこにこしていると、南野はなにか思い付いた顔をした。 「『忠おじさん』って呼んでもいいんだぞ」 「え?えっと…」  素直に呼んだ方がいいのか、しかし失礼に当たらないだろうかと逡巡する湊の隣で、おい、と竜次郎が机を叩き立ち上がる。 「話が済んだんなら行くぞ湊!」 「えっ、りゅ、竜次郎?」  何故突然怒り出したのか、強引に手を引かれ、挨拶もそこそこに部屋から連れ出されてしまった。 「もう、ちゃんとご挨拶したかったのに…」 「いいんだよ。なんだあのジジイ。あっさり掌返しやがって」  憤慨した様子の竜次郎を少し不思議な気持ちで見上げる。  南野と親しく話をしていたのが気に入らなかったのだろうか。 「俺は嬉しかったよ」 「……何だよ、まさかあいつのこと気に入ったとか言うんじゃねえだろうな」 「俺が……っていうか、もし南野さんが俺がいるせいで松平組に来るのが嫌になっちゃったら、金さんも竜次郎も寂しいと思うから、とりあえず嫌われなかったみたいでよかったなって」  不満そうな顔をしていた竜次郎だが、話を聞くにつれ諦めたような顔になり、最後に大きくため息をついた。 「はあ……おまえはこう、いっつも人のことばっか考えてんなあ。そんなに気を遣う必要ねえんだぞ?そんな繊細な奴はうちにゃ一人もいねえんだからよ」 「でも、俺が気になるから」  金や南野に気を遣われていると思ったら、松平組に居づらくなってしまう。  その場合予想される結末が伝わったらしい。  それは…大事なことだな、と竜次郎は真面目な顔で頷いた。  そんな話をしながら、食事をするのに使っている部屋が近くなると、竜次郎は足を止めた。 「寝なおすような時間じゃねえな、飯食うか。お前、体は大丈夫か?」 「えっ……だ、大丈夫」  気遣われると、今更ながらに昨夜の痴態を思い出して赤面してしまう。  そういえば、汚してしまった布団はどうしたのだろう。  起きたときは、恐らく誰かが取り替えてくれた布団で寝ていた。  あれは…洗ってもう一度使えるものだろうか。  干してあるところを見てしまったらかなりのダメージを受けそうだ。  もちろん自分よりも、そんなものを干したりしなければならなかった人たちの方がかわいそうなのだが……。  せめて現在リフォーム中の家で起こったことならば、湊が自分で処理できたかもしれないのに。  あんなこと、飲みすぎたせいだ…と、自分に言い訳をしてみる。  アルコールではなく、水分的な意味で。  今後は気を付けよう。 「叔父貴もだが、お前もあんだけ飲んで全く二日酔いとかねえんだな。強すぎだろ」  飲みすぎダメ絶対。と戒めていたが、続いた言葉で、お酒の話をしていたらしいと気付く。  湊はますます顔を赤くした。 「……竜次郎のエッチ」 「あ…ああ?急になんだよ。………あっ、もしかして、昨日突っ込みすぎたか?どこか痛いとこあんなら……」  首を振る。 「ないけど、……恥ずかしかった……」  八つ当たりとわかってはいるものの、全く気にしていないどころか喜んでいた風な態度が解せない。  竜次郎は、赤い顔を隠すようにその肩口に額をぐりぐり押し付ける拗ねた態度で、ようやく湊が何を言っているか察したようだ。 「あー……………今日も飲んでからするか?」  何故そうなるのか。  意地悪く笑われ、唇を尖らせる。 「竜次郎は、少し変わったよね」 「そうか?」 「なんか……もっとクールな感じかと思ってた」 「……幻滅したとかそういう話か……?」 「ううん。竜次郎は竜次郎だから、好きなのは変わらないけど」  優しい人だということは知っていたが、あまりそれを表に出さなかったように思う。  思えば、学生の頃一緒にいた場所は、学校や湊の家など、竜次郎の(松平組の)テリトリーではなかったので、少し構えていたところがあったかもしれない。  今は……いつも素直な感情を見せてもらえている気がして、湊はとても嬉しいし、安心できる。 「………お前はなんか、すげえ殺し文句をさらっというな」  殺し文句?と首を傾げると、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられる。 「二度寝したくなっちまったじゃねえか」 「昨日遅くなっちゃったもんね」  竜次郎は宣言通り、行為の後湊を丸洗いしてくれた。  ほとんど意識のない人を洗うのは重労働だ。  竜次郎はあまり寝られていないのかもしれない。 「でも今寝ると…」  食事の時間がだいぶずれこまない?  そう言いかけたところで、すいと顎をすくわれ、唇を奪われた。 「りゅ、んっ…」  突然のことに驚いた隙を突き、舌が入り込んで、口付けは更に深くなる。  多くの組員が暮らす屋敷だ。うっかり目撃させてしまっては申し訳ない。  なんとかして厚い胸を押し返し、唇を離す。 「りゅ、竜次郎、こんなところで…っ」 「二度寝したくなったっつったろ?」 「え…二度寝って…」  あっさり言い返されて、目を瞬かせた。  眠いという意味ではなかったのか。 「やっぱり、今日も酒飲んでしようぜ」  一体自分は何を期待されているのか。  先ほど気をつけようと己を戒めたばかりだというのに。 「竜次郎のエッチ」  それでも求められるのは嬉しくて。  湊は笑ってしまいながら、腰に回る不埒な手をキュッと抓った。 極道とウサギの甘いその後4 終

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