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第16話 オトマリ
「ほーん、それで結局その子とは付き合うことになったんだ」
昼食の時間、弁当をつつきながらそう言った要に、勇気は「あんまり大きな声で言わないで下さい」と慌てた。
「だってそうなんだろ?」
「まあ、そうですけど……」
小さな声で同意しながら、勇気も隣で弁当をつつく。
勘違いから始まった恋は、お互いを確かめ合う段階に入っている。それが愛に転じるかどうかはこれからの問題で、もしそうでなかったとしても後悔もしない。エリスの言い分はそうだった。
勇気としても、同じ気持ちだ。彼をお嫁さんにするには色々と長い道のりが必要になるだろうが、現在のところは互いの理解を深めていくより他に無い。
「あー、でもなんか、羨ましいなあ。俺はそういう純粋な気持ちって持ったことないからなあ〜」
勇気君が羨ましいよ〜。要は苦笑しながら、何かを考えている。恐らく自分の人間関係のことだろう、主に、性的な。
「……でも、要さんだって、……考えたら、へへぇってなるんでしょ?」
「うん、なっちゃう」
「なら……、可能性有るんじゃないですか? その人と……」
「んー、どうかな? 向こうは俺のことどう思ってるかわからないしなあ……」
要がチラリと食堂を見渡す。その仕草に勇気はもしかして、と思った。社内にお相手がいるんだろうか? 勇気も要の見た方向を確認したが、勇気の同僚やら、要の上司やら、いつもの見慣れた面々がいるばかりで、誰がそうなのか見当もつかなかった。
「……聞いてみたらいいじゃないですか」
「やだなあ、勇気君。俺は君ほど純じゃないから、そんな単刀直入なことはできないよ」
「そ、そうですか……」
「ま、やるとしたらドサクサに紛れて聞くぐらいかな」
やるんじゃないですか。勇気が呆れたように言うと、要は大いに笑った。
「それで? あちらさん、次のデートは何をご希望なんだい? また日本食を御所望なら俺も協力するけど」
「あー、……実は、それなんですけど……お願いが有って……」
勇気は苦笑して頭を掻いた。
「おじゃまします!」
エリスは嬉しそうに大きな声で言って、勇気の部屋の玄関に立った。
勇気のワンルームは入居して以来一番綺麗に片付いている。何日も要に手伝ってもらって掃除をし、インテリアを調整した甲斐が有った。どう足掻いてもスイートルームには及ばないが、それなりに小洒落た一人暮らしの部屋になっている。
「あ! ユウキ、ここで靴を脱ぐ?」
「そう、ここで脱ぐ……エル、人の家来るの初めて?」
「ウン、初めて! 嬉しい! ユウキの部屋に、オトマリ!」
エリスはいつも以上にはしゃぐ仔犬のようだ。キラキラ目を輝かせて革靴を脱ぎ、室内に上がり、それからハッと振り返って革靴を整えた。そういうことは知ってるんだ……と思いながら、勇気もスニーカーを脱いで部屋に上がる。
カーペットの上にテーブル、青い座布団が二つ、向かい合うように置いてある。部屋の隅にはテレビ台とテレビ。そしてその奥に整えられたシングルのベッド。
エリスはそんなワンルームでしかない部屋を、キラキラした眼で見て、「ここ?」と座布団を指差す。
「そうそう、そこに座って。お湯、沸かすからちょっと待ってて」
「オー、オカマイナク〜!」
エリスは嬉しそうに座布団に正座する。正座したままキラキラしている彼に苦笑しながら、勇気は買って帰ったビニール袋から、カップ焼きそばを取り出した。
そう、エリスの次なる食べたいものは、カップ焼きそばだ。こればかりは外食するわけにはいかなかった。スイートルームに買って行こうかと言うと、ユウキの家に行きたい! と言われて現在に至る。
電気ケトルに水を入れて、スイッチを入れる。後は湧くのを待つだけだ。ミネラルウォーターの大きなペットボトルと、グラスを二つ持ってテーブルまで行くと、エリスは何故か部屋をスマホで撮影していた。
「な、なんか、珍しい?」
「ウン、ウン」
「そ、そう……。お湯が沸いたら、焼きそば作れるよ」
「楽しみ!」
エリスが本当に嬉しそうに微笑むから、勇気も何故だか、ただカップ焼きそばを作るだけなのに嬉しくなってしまう。
「ね、ホントに、今日、オトマリ、OK?」
「うん、エルが良ければ」
「私、したい!」
日本語でこういうシチュエーションで「したい」だけ言うのは大変問題が有る。「う、うん、布団セット借りたから、ベッドで寝ていいよ」と言うと、エリスは首を傾げた。
「一緒に、寝ないの?」
「シングルベッドじゃ、狭いよ」
「ン、じゃあ、私、床で寝る!」
床で寝るというのは、布団で寝るということだろうか。お客さんは良い方で寝ないと、と言ったが、エリスは「日本の寝方」と嬉しそうだ。
「じゃあ、布団で……」
「ン。……ユウキ、一緒に、寝ない?」
「布団も狭いよ」
「ンー……」
エリスはしゅんとしている。子供のようにわかりやすい。美人がそんなことをするのは、ズルいと思う。勇気はドキドキしながら、「そろそろお湯が沸くよ」と話を逸らした。
「オー!」
エリスは座布団から立ち上がって、よろけた。正座なんて慣れていないだろうから、少し痺れたのかもしれない。
「友達の家にいる時は、別に正座しなくてもいいよ、エル」
勇気も立ち上がって、キッチンへ向かう。エリスは少々よたつきながらも、それについて来た。
ちょうど湯が沸いた。カップ焼きそばを片方手渡して、ビニールの破き、蓋を開け、中の袋を取り出す。それをエリスはまじまじと見つめて、真似をする。湯を注いで、蓋をする。キッチンタイマーを3分。
「楽しみだね、ユウキ」
エリスは嬉しそうにフタのしまった焼きそばを見つめている。3分、子供のようにワクワクとして見守っていたが、キッチンタイマーが鳴ると、勇気は早速見本を見せる。
「湯切りのとこを開けて、湯だけ捨てる」
「オー、やってみる!」
エリスはそうして、勇気の真似をしようとして。
「アーーーッ!」
盛大にシンクに麺ごと湯を捨てた。
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