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第19話 フードコートにて
週末まで勇気はエリスとの夜の事を考え、大変に興奮してどうにもこうにもならなかったが、かといって平日に彼を呼び出して抱くような事もしなかった。彼も少々予定ができたらしく、金曜の夜には会えないので、土曜は遊びに行こうと約束した。
何処がいい? と尋ねた結果が、現在である。
「ユウキ、ユウキ! このお店、私の国にも、あるよ!」
子供のようにはしゃいでいるエリスに、「そうなのか」と返事をしながら、勇気は歩いている。
ここはショッピングモールだ。エリスはとにかく、日本の庶民的な暮らしに興味が有るようで、もっと言えば庶民的な食べ物を体験したいらしく、フードコートに行きたがった。
何が食べたいというよりは、雰囲気を楽しみたいといった様子だったので、ついでにショッピングモールを見て回った。クリスマスが近いので、そこら中にツリーやサンタの置物が陳列されている。プレゼントを求める客に混ざって、エリスは色んな店に入っては、すごいすごいと言っていたが、何がすごいのかはよくわからない。
百円ショップがすごすぎるとか、食べ物が小さ過ぎるとか、こっちのクリスマスは随分賑やかにするんだねとか、そんなことを言いながら延々と感激しているのを、勇気は複雑な心境で見ている。
かわいい。子供みたいにかわいい。俺は今夜、このかわいい仔犬を気持ちよくする為に、前立腺マッサージをしてやるのか……。
そう考えると、罪悪感と共に何故だか興奮してくる。今日はエリスの部屋に行く予定だ。当然そういう空気にはなるだろう。そうなったら、いよいよ。
「ユウキ?」
「わっ、な、何?」
考えていたら、いつの間にか目の前にエリスが居て、顔を覗き込んでいる。勇気のほうが背が低いから、エリスは小首を傾げるようにしていて、金色の髪が流れていくのがまた美しい。今日はラフなデニムに薄手のセーターという姿なのに、どうにも彼が着るとなんでもオシャレで困る。中身が、美し過ぎるのだ。
「フードコート」
言われて見ると、いつの間にやら目的地に着いていた。フードコートは昼時だから親子連れで賑わっていて、空いている席を探すのに一苦労した。その間もエリスが嬉しそうだったのが救いだ。
ようやく隅っこの二人席が見つかったので、すぐに座る。小さなテーブルに向かい合って、エリスは「日本、みんな、小さい」と呟いてから、キョロキョロ周りを見渡した。
「何、食べる? 頼んでくるから、ここで待っててよ」
そう言ったものの、エリスはあまりに色んなものが有るから決めかねたらしい。しかし、あっ、という顔をして、「カレー!」と言った。
「カレー? いいよ、辛さは?」
「ン? んー、んー、ボチボチ」
「エル、時々変な単語覚えてるよな」
くすりと笑って、カレーを注文しに行った。自分はどうするか考えて、結局同じカレーの辛口を頼んで帰る。
エリスは落ち着かない様子でキョロキョロしながら待っていた。何か気になるのかな、と思ったが、何のことはない。周りの日本人がチラチラと自分を見ていることに気付いてしまったようだった。それもそうだろう、こんなごく普通のフードコートに、絶世の美人がいるんだから。
「大丈夫、みんなエルを怖がってるんじゃないよ。言ったろ? エルは、ベリーかわいいパピードッグだって」
エリスは「ン」となんとも言えない顔をしていたが、勇気の運んできたカレーを見ると目を輝かせていた。
「日本のカレー、不思議な食べ物。すごく美味しい、ママンが言ってた」
エリスは嬉しそうにカレーライスを頬張って、それからずっとニコニコしていた。お気に召したらしい。
二人でのんびりカレーを食べる。周りはガヤガヤと賑やかで、落ち着いているとは言いがたいが、エリスが嬉しそうにゆっくり食べるので、二人は長い間そこで過ごしていた。
「……ね、ユウキ」
先に食べ終わってしまった勇気が、暇を持て余していると思ったのか、エリスが声をかけた。
「ユウキの話、して」
「えっ、俺の話?」
急なお願いに勇気は困惑した。わざわざ語るほどの人生ではない。エリスのように天才だったわけでもないし、大きな成功も無い。
けれど、エリスが「ユウキのこと、知りたい」と言うものだから、困ってしまった。何を話せばいいんだろう、と考えていると、「ンー」とエリスも考えた、言った。
「どうして、ユウキ、あの会社に、いるの?」
「んん、あー、今の仕事に就いた理由? そうだな……」
勇気は腕を組んで、考えながら答える。
「恥ずかしい話だけど、そこまで強い理由が有ったわけでもなくて……。でも折角なら、人の役に立てる仕事がいいなあと思ってたら、ちょうど、医療系のシステム開発の仕事が有ってさ」
「んー、ンー……」
「あ、日本語難しいか? えーっと……」
「大丈夫、わかる。ユウキ、優しい、いい人」
「違うよ、だから、そんな強い意志とか、そういうの有ったわけじゃなくて……」
勇気が困った顔でそう言うのに、エリスはうっとりとした表情で微笑む。
「ユウキ、誰かのために、何かしたい、思う、とても大事、とても優しい。いい人」
「あーうー、だからぁ、そんな……エルみたいなすごい人にそんな、褒められるような奴じゃないんだよぉ……」
照れくさいやら、後ろめたいやら。頭を抱える勇気に、エリスは首を傾げている。
「私、すごい、ない」
「すごいよ、だって頭いいんだろ? それに会社も経営してるって……」
「パパに言われて、やってるだけ。すごいない。それに、私、ダチ、ユウキだけ」
「やれって言われてやれるんなら、すごいことなんだよ。エルはもっと自信持っていいよ、俺なんかが言うのもなんだけど、エルは美人だし、可愛いし、素直で頭良くて、なんでもできるすごい人だから、きっとすぐに友達だっていっぱいできるし……」
言っていて恥ずかしくなってきた。特大の惚気のような気がする。エリスのほうもポカンとした後で、顔を赤くしてカレーを口に運んだ。
「ユウキ、いい人……」
「うーん、だから違うんだけど……だって……」
ここしばらくお前のこと、尻で気持ち良くできるかどうかしか考えてなかったしな……。そう考えて、勇気も顔を赤くした。ついに、ついにその時がきてしまうのだ。
「……エル、あのさ、確認なんだけど、今夜……」
勇気がそう切り出そうとした時、エリスのスマホが鳴り始めた。エリスは何か小さな声で、恐らく「失礼」のようなことを言いながらスマホを取り出して、何事か通話を始めた。
エリスは全く聞き取れない速度の英語で相手と話し始めて、ああやっぱりこいつは外国人なんだなあ、と改めて感じる。通話中の相手を見ているのもなんなので、自分もスマホをいじっていたのだが。
「WHAT?!」
突然フードコートに響き渡るようなどでかい声で、「なんて?!」と叫んだものだから、その場の全員がエリスを見た。
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