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第24話 いわゆる一つの決戦の金曜日

 そして金曜日がやってきた。  昨夜、勇気のニャインにメッセージの通知が入った。見ると「明日、私の部屋、21時」だけ書かれていたから、勇気は覚悟を決めた。恐らく、エリスがパパンとの話し合いの場を設けてくれたのだろう。何度も体を重ねているエリスのスイートルームでその話をするのは、なんとも複雑な気分だったが。  仕事を終えた勇気は敢えてスーツ姿のまま、決戦の舞台へと向かった。  ホテルの前にはエリスの姿が有った。いつも通り、ラフな姿でも俳優のように美人である彼は、勇気を見ると満面の笑顔を浮かべ、手を大きく広げた。だから勇気も、その腕の中に飛び込んで、ハグに答える。 「ユウキ! ユウキ、情熱的」 「えっ、エルがハグしたかったんだろ?!」 「ふふ、そう。ユウキ、ハグしてくれて、嬉しい。会いたかったよ、ユウキ」  ぎゅうっと抱きしめられて、勇気は潰されそうな思いをした。しかし勇気も今は思うところがある。週に一度しか会えないのは変わりないのに、ここ1週間で色々有ったものだから、いつも以上に愛おしく感じた。エリスを抱き返して、その存在を確かめる。彼からは、いつも上品ないい香りがした。 「……エル。俺、この話し合いが終わったら、エルと話したいことがある」 「わかった。ユウキと、お話、私、好き」  でも、パパンとお話、苦手。ユウキ、がんばろ?  エリスの言葉に、勇気は頷いた。頑張るしかない。何とかして、パパンには思い止まってもらわないと困る。 「それで、何とかするって、何とかなりそうなのか?」 「ウン、たぶん大丈夫。何とかなる」  私には、カード、有るからね。エリスがそう微笑んだが、勇気には何を言っているのかよくわからなかった。  いつものエリスの部屋に入ると、大きなソファにどっかりと外国人が腰掛けていた。まるまるとした体でヒゲを生やしているが、きっと痩せていたらエリスに良く似たイケメンなんだろうな、と勇気は思い、それから、エリスは絶対に太らせてはいけないと思った。  彼こそ、エリスのクレイジーパパン、牧野・ハロルド・ザカリー氏だろう。彼はエリスも顔負けの無表情でソファに埋まっている。その隣には、先日の牧野透夜が立っていて、こちらに頭を下げていた。そういえば、彼は異業種交流会に居たような気がした。 「あの人、トウヤ君。私の、イトコ。通訳する」 「うん、実は、前に会ったことが有るんだ」 「そうなの? 意外」  どういう経緯で知り合ったかについては、今はとりあえず伏せておく。透夜は勇気を冷たい眼で見ていたが、話し合いに参加する事には応じてくれたようだった。 「パパン、ユウキ、話し合い、する」  エリスはそう言ってから、何事か英語で父親に語り掛けた。この場で勇気はただ一人、英語がよくわからない。どうしたものかと思っていると、ザカリー氏が何かを言い始めた。全く何を言われているかわからないので勇気が焦っていると、透夜がおもむろに口を開いた。 「初めまして、勇気君。私はエルの父です。君の事を歓迎します。君は私達の新しいファミリーだと思っています。愛息子の、初めての友達になってくれてありがとう。君にはとても感謝しています」  どうやら、透夜はちゃんと通訳をしてくれているらしい。勇気は「あ、はあ、こちらこそ、どうも……」と頭を掻いて答えた。確かに友達にはなったが、そのプロセスはとてもじゃないが説明できない。 「君に心からの感謝を。そしてこれからのエルとの関係を円滑にするために、君の会社を我が社の傘下に置こうと思っている。その代表をエルに、君を副社長に置きたい。そうすれば2人の仲は深まるだろう。大丈夫、うまく出来なくても、その時は我々が何とかする。どうかな、エルと一緒にやってくれないか」  何をどう考えたらそれがいい案だと思うのか、勇気にはさっぱりわからない。エリスを見ると彼は小さく頷いた。勇気の意見を言う番だ、ということだろう。  勇気はそれこそ、「勇気」を出して、ザカリー氏に向かって口を開いた。 「あの、まずはこちらこそ、いつもお世話になっています。エリスさんとは、よいお付き合いをさせてもらって……私も充実した日々を過ごさせてもらっています。貴方にも、感謝します。ありがとうございます」  でも。勇気はちらりとエリスを見る。彼も不安げに、それでも、がんばろ、と言わんばかりにうんうん頷いているので、勇気も続ける。 「お気持ちは嬉しいのですが、私には、会社経営はできません。私は今まで通り、人の役に立つシステムの開発をしたいと思っています。その仕事だって、まだ下っ端でお手伝いしかできていません。半人前なんです。なのに、そういう成長を飛ばして経営者になるのは、無責任なことだと思うんです」  透夜は黙って勇気の言葉を聞いていて、ザカリー氏に何かを言う気配は無い。後でまとめて伝えるつもりなのだろうか。勇気は仕方なく、さらに続ける。 「エリスさんとの関係も、そうです。私達は知り合ったばかりですし、友人になったばかりです。これから、色んなことがあると思います。嫌なことも、悲しいことも、もちろん楽しいことも。そういうことを乗り越えて、本当の友人になっていくんだと思います。同じ場所で同じことをするだけが、仲を深める方法ではないと思うんです」  ザカリー氏は無表情でずっと勇気を見つめている。エリスはハラハラした様子で、二人を見ていた。 「だから、私達の友情を深めるために、会社を買収するのはやめて欲しいんです。私はあの会社がしている仕事に誇りを持っています。世の中の役に立つ仕事をしている、素晴らしい人達が沢山います、まあ、その、中には違う人もいるけど、でも、いい会社なんです。私はその会社と一緒に成長していきたい。だから、思い直してもらえませんか」 「ユウキ……」  エリスが勇気を見て頷いた後で、ザカリー氏を、そして透夜を見る。透夜は少しして、小さく口を開き、ザカリー氏に何事か英語で言い始めた。 「!」  すると、エリスが目を見開く。何事か、と勇気は思ったが、わかりようもない。透夜は英語 で何かを話し続けていて、それを聞いてエリスが、髪の毛も逆立つのではないかと思うような憤った様子で怒鳴った。 「トウヤ君!」  エリスの声に透夜が言葉を止めて、エリスを見る。冷たいような、悲しげなような、なんとも言い難い表情をしていた。だから、勇気には何が起こっているのかよくわからない。 「な、なに、どうしたの、エル」  戸惑いながら勇気が尋ねると、エリスが答えた。 「トウヤ君、パパンに、デタラメ、言ってる! 悪い子!」  その言葉に、勇気はカッと頭が熱くなるのを感じた。  そして気付くと、勇気は透夜の胸倉を引っ掴んでいた。 「ユウキ!」 「てめぇ、いい加減にしろよ、何処まで人をコケにしたら気が済むんだコラァ! いっぺん地獄見せたろか、あぁ?! このワカメ頭!」 「ユウキ、ラップバトル、やめて」  エリスが慌てて勇気を止めに入る。透夜の方は「本性を表しましたね、クズが」と余裕のある様子で吐き捨てていたものの、その瞳の奥に恐れが、怯えがあるのを勇気は本能で感じ取っていた。 「クズはどっちだ、ああ?! 人の人生、人の本音をなんだと思ってんだ! エルがこれまでどんだけ孤独を抱えて生きて来たと思ってんだ、そんなアイツに初めてできた友達をよ、テメェらはまた遠ざけようとしたんだぞ、エルの人生をなんだと思ってんだ、どいつもこいつも、アイツの本当の幸せをいっぺんでも考えた事があんのか?!」 「ゆ、ユウキ……」 「誰がアイツにラーメンを、ナポリタンを! 食わせてやれたんだ?! あんな……クソめんこい奴によぉ、蝋人形みたいな顔させやがって、お前ら今まで、21年間アイツの何をわかってきたってんだよ、それでまた、アイツを悩ませて……クズなのはテメェだ、この野郎、この野郎……っ」  なんだか言っていて泣けてきた。こんな事をしてもエリスは喜ばないだろう。どうしてこんな事になったんだ。何もかもが無茶苦茶だ。もう何をどうしていいかわからない。この胸倉を掴んだ手をどうしていいのかも。  何故だか、傷付いたような顔をした透夜を見ながら、更に何か言うべきか、しかし自分も泣き出しそうで言葉が出ないし、どうしたものかと考えていると。 「はーい! そこまでよ、貴方達!」  くぐもった女性の声が部屋に響き渡った。何事かと周りを見渡していると、備え付けのクローゼットから、小柄な女性が飛び出してきた。 「ケンカも、バカなわがままも、もう終わりよーっ!」  アメリカンカントリーな服を着た、時代錯誤な姿をした若々しい女性が、愛らしい声でそう叫ぶ。それを見て、エリスが目を輝かせた。 「ママン! そんなところに隠れてたの!」 「はっ?! えっ!? ママン?!」  その若々しい姿の女性に唖然として、勇気は思わず胸倉を掴んでいた手を離し、透夜を床に落とした。

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