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第34話 こども

「うえ、えっ、ええ、っえ、うぇええ、かなめさぁああん、うぇええぇえ」 「落ち、落ち着いて、勇気君、吐きそうなのか泣いてるのかわかんないからね!」  べろべろに酔っぱらって泣きじゃくっている勇気が、要に肩を貸されて運ばれた先は、要のアパートだった。  事の発端は、今日の昼間。金曜だというのにどんよりと食事をとっていた勇気は、要に「パァッと飲んで元気出そうよ!」と言われて、そうだ散々我慢したんだから今日は飲んでやる、と一緒に居酒屋に行ったのだ。その結果が、ご覧の有り様である。 「うううう、かなめさん、かなめさぁん、おれぇ、おれえ……うええぇぇえ」  吐きそうなのではなく子供のように泣いているが正解なのだが、要は冷や冷やしながらも、勇気を部屋に連れて行ってくれた。床に転がされ、顔を覆って泣いていると、水の入ったグラスまで持って来てくれる。 「ううう、かなめさん、かなめさんはなんて、いいおとこなんだぁ……」 「そりゃ、モテる男だからね。介抱を名目にセックスしたことも何度だってあるんだよ。ほら、飲んで」 「うぐ、んぐ……」  どさくさに紛れてとんでもないことも言われているが、勇気は泥酔していてよく理解できていない。水を飲まされて、タオルを押し付けられ、ボロボロ泣きながらまた床に転がる。 「まったく、なんでそんなに泣くかね」 「だって、だってぇ、俺、俺、やっぱり、エルに会いたいぃ……」 「それが勇気君の本音? 全く、お酒入らないと素直になれないんだから……」  ずるずるとスーツを脱がされながら、めそめそと泣き続ける。 「でもぉ、おれ、自分の、いたらなさを、人のせいにするような、クズだから……っ、エルみたいな、天使には、無理……だめ……よくない……うぇえええ」 「勇気君、ほら、布団敷いてあげるからちょっとずれててねー」 「うえぇええ、エルに会いたい……エル、俺、エルが好きだあぁ……」  でも俺みたいなクズなんてぇえ。延々と同じような事を繰り返して泣き続けている間に、床に布団が敷かれている。要は一通りの準備が終わってから、大きな溜息を吐いて、勇気の体を抱き起こした。 「はい、勇気君、ぎゅーしてね」 「うっうっ、ぎゅー……」 「そうそう、いいこだねー。お布団入ろうね〜」  素直に抱きつくと、要が抱き上げて布団に入れてくれる。流石、モテる男は違う。手慣れた仕草が大人の余力を感じさせて、勇気は布団に入れられても要を離さなかった。 「ううう、かなめさぁん……」 「勇気君〜? 俺、今は一人に決めてるからいいけど、あんまりそういうことしちゃダメだよ〜?」 「だって、おれ、おれどうしていいかわかんなくて……つらくて、くるしくて」 「そのまま伝えたらいいじゃないの」 「だって、こんな、まるで幼稚園児ですよ、こんな、エルのこと、すきだから一緒にいたいとか、おれ、おれこんななのに」  ぐすぐす泣きながら言うと、要は呆れたように苦笑してから、勇気の頬を撫でた。それは優しく、要の整った優しげな顔は柔らかく微笑んでいて、おそらく、その手で何人も落としたのだろうな、と勇気はぼんやり思った。 「あのねぇ、勇気君。人間はいくつになっても幼稚園児のままなんだよ。君だけじゃない。誰だって子供のまま、大人のようになっていくんだ。君はとても真面目で純な子だからそんな風に思い悩んでしまうんだろうけど、話はもっと簡単でいいんだよ。君はエルちゃんが好き。なら、それでいいじゃない」 「でも、おれ……」 「いいかい? 目の前の男は、セックスにしか興味が無くて、セックスの為だけに生きてるんだよ。それに比べたら、君が多少子供のまま大人になってたからってなんなんだい。自覚しただけ立派なもんだ」 「うう、う……」 「子供なら子供らしく、エルちゃんに伝えたらいいんだよ。色々悩んでることはある、だけど好きだって」 「むりぃ……」 「なんでさあ」 「ばか、って言われたからぁ……」  エリスに初めて怒られた。それが思いのほかショックで、あれっきりなんと声をかけていいのかもわからない。エリスのほうからも音沙汰が無い。だからもう、これで終わりなのだと思うと、悲しくて、つらくて、でもどうしていいのかわからなくて、涙が止まらなくなってしまうのだ。 「確かに勇気君はバカだなあ」 「かなめさんまでぇ……」 「なんならエルちゃんの前でまたお酒飲めばいいのに。今の勇気君の方が、素直に自分の気持ちを伝えられてるじゃないか」 「やだ、やだ、エルのこと、レイプしたくない……」  勇気が首を振っても、要は肩を竦める。 「そもそも、レイプだったのかわかんないよ、勇気君ったら酔うとこうなっちゃうんだから……力任せに犯すなんてできないでしょ」 「うう、わかんない……」 「なんにせよ、そんなに泣くぐらいならちゃんとケジメつけなって。そのほうが、お互い楽になれるだろ?」 「むりぃ……」  子供のように駄々をこねる勇気に、要が掛け布団をかぶせる。 「なら、子供はもうねんねの時間だよ。俺は君の本音が聞けたから、明日記憶を無くした君にアドバイスすることはできる。でもね、どっちにしろ実行するのは君でしかないんだからね」  おやすみ、勇気君。要の言葉に「うう」と呻きながらも、勇気は素直に目を閉じた。  エルに会いたい。エルのことが好きだ。エルに、会いたい。  そんな簡単な言葉が頭をぐるぐる回っているうちに、勇気は眠りに落ちていた。  不思議なことに、翌朝になっても勇気はその夜の事を覚えていた。意外なこともあるもんだね、と要も驚いていたが、「なら、俺がアドバイスできることはないね」と笑った。  勇気は「いつもすいません」と要に頭を下げて、ノロノロと家に帰った。

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