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第33話 HUH?

 エリスからは、何度もたどたどしいローマ字つづりのメッセージが届いた。  さくねんはたいへんおせわになりました、とか、あけおめことよろ、とか。きんがしんねん、とか。ママンに教わったのだろうか、と微笑ましくなりながら、勇気も返事をした。  写真もよく届いた。家族で自撮りした仲の良さそうな写真や、その辺の公園で撮影したらしい鳥の姿、食べたご飯、透夜を隠し撮りしたような写真。最初の頃はそんなものが多くて、勇気も苦笑しながら、丁寧にコメントを返したものだ。  ややすると、知らない人物と自撮りをして送ってくることが増えた。エリスは有言実行しているらしい。それはエリスと二人の時もあったし、透夜も混ざっている時も、何か大きな集まりでもあったのか、集合写真のようなものも送られてきた。  そうして写っているエリスは、あの交流会で見たような蝋人形ではなくて。満面の笑顔を浮かべた姿は、まるで天使だ。そのそばで一緒に映る人々も、みんな幸せそうで、見ているこちらまで笑顔になってしまう。  頑張ってるんだな、と勇気は思う。勇気のほうは相変わらずだ。買収騒ぎが治まった会社はいつも通り。要は以前より多少仕事に責任感を持っているようだが、所詮はセックスの為かもしれない。勇気の仕事は雑用が主で、少しずつ新しい仕事も任されてはいるが、同じ日々を繰り返しているばかりに思える。  エリスからは数日に一枚、写真が送られてくる。少しずつ平仮名が打てるようになったらしいエリスは、何処かの会社の経営者や、何処かの大学の教授など、勇気にはよくわからないがとにかくすごい人たちと写真を撮っている。  エリスの周りには、エリートしかいない。それを思い知る。金持ちの周りには金持ちしかいないのだ。いつも満面の笑みで写真に映るエリスがあんまり幸せそうで、勇気は次第に、返事をしなくなっていった。  それはとある土曜日の昼間のことだった。  勇気はぼんやりとやる事もなく、自室で一人過ごしていた。エリスがいなくなって、すっかり休日の予定が無くなってしまった。用事が無いと出かけるのも億劫で、勇気は近頃ただゴロゴロして休日を過ごす。その怠惰さが、余計に勇気を惨めな気持ちにさせた。  寝間着を着たままぼんやりスマホをいじっていると、唐突にニャイン通話を着信した。エリスからだ。たまたまスマホをいじっていたものだから、うっかり光の速さで通話に応じてしまって、勇気は思わず「うわ」と漏らしてから慌ててスマホを耳に当てた。 「もしもし? エル、どうかした?」  急に通話してくるなんて珍しい。勇気がそう言うと、スマホの向こうからはいつものエリスの声が聴こえた。 『どうかした、コッチノセリフダゼ』  語尾まで覚えてしまったらしいフレーズを返しながら、エリスが続ける。 『ユウキ、メッセージ、無い、心配した。どしたの?』  最近写真に既読はつけても、返信をしなかった事に不満があったらしい。ごめんごめん、と謝りつつ、勇気は憂鬱な気持ちになっていた。  まるで親に何でも見てほしい子供だ。同じような写真を送られても、こっちも何回も同じリアクションを取らされるばかりで少し疲れていた。それが正直な気持ちでもある。もっと言えば、エリスが知らないエリート達と仲良く写真を撮っている姿を見ると、胸が苦しくなって辛かったのだ。 「ごめんな、エル、たくさん友達できて、よかったなって思ってたんだ」 『ン。ユウキに言われた、がんばる、した。そしたらね、トモダチ、増えた。ユウキ、すごい。ユウキ、ありがとう。私、寂しい、ないよ』  でも、私、ユウキに会いたい。  その言葉に胸がきゅうと締め付けられるような気がする。会いたい。それは、勇気も感じる事だ。けれど、勇気は他にもたくさん、感じる事が有った。 「……あのな、エル」 『ン』 「俺……やっぱり、エルに相応しくないと思うんだよ」 『……HUH?』  エリスは彼があまり出したことのない声を漏らした。英語に詳しくない勇気は、それが向こうの人間にとっても呆れや苛立ちを含んだ相槌だとまでは理解できなかった。 「俺、一人で考えてたんだけどさ。……やっぱり、エルは育ちもいいし、頭もいい、それに、経営とかの才能も有るだろ? 色んな人と友達になって、わかった筈だよ。俺なんて……俺なんてホントにつまんない奴だって……」  エリスは勇気の言葉がわかっているのか、いないのか、何も答えない。だから、勇気はそのなんとも言えない気持ちをごまかしたかった。取り止めのない思いついた言葉を、ただただ繋げていく。 「俺さ、エルはすごいって言ってくれるけど、ほんとにつまらない、子供のままなんだ。何にもすごくない、ダメなやつ。でも、エルにはさ、透夜さんみたいな、すごくエルと仲良くなりたかった人だって沢山いるはずだし。俺、そもそもエルのこと勘違いして付き合っちゃったわけだし。今ならもう、エルも新しい人と出会うの、怖くないだろ? これからエルはいっぱい人と付き合ったりして、幸せになれるんだよ、だから、俺はもうエルにはいらないと思うんだ」  なんだこれ。めちゃくちゃ女々しいこと言ってないか、俺。  勇気は自分で何を言っているのかよく分からなくなってきた。何故だか胸が苦しくて、泣きたくなってくる。どうして自分はこんな事を言っているんだろう。  勇気が混乱していると、スマホの向こうから、エリスが低い声で何か、ものすごい勢いで英語を喋ってきた。勇気にはそれがなんなのか全くわからない。 「え、エル、なに? もっとゆっくり……」  聞き取れればわかるだろうか、と、勇気が慌ててそう呟くと、エリスはひとこと。 『ばか!』  と、それだけ言って、通話を切ってしまった。  勇気は唖然としながらスマホを見つめるしかなかった。そして、がっくりと項垂れる。  これで、俺たちの関係は終わるんだ。エルは俺を卒業して、幸せになれる。もっとふさわしい人と出会って、人生を謳歌するんだ。  それは嬉しいことのはずなのに、何故だか涙がこみ上げた。  

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