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第1話

昨夜閉め忘れた窓の隙間から、濡れた金木犀の香りが忍び込んでくる。 また、朝か……。 俺はソファベッドに横たわったまま、雨の降る音を聞き続ける。 何も、したくない。 事務所を兼ねた部屋は散らかり放題で、まるで強盗でも入ったかのようだった。 だが、何かを盗られる心配などまったくもって、ない。 「何でも屋」を生業としているが、この半月ほど仕事がなく、金もないのだ。 30にもなってこんな暮らしと、よく呆れられるが、束縛を何より嫌う俺には性に合っている。 ああ、飯を食うのも面倒だ。 あいつに言わせれば、50キロ台前半を行き来する俺の体重は、175センチの身長には少なすぎるらしい。 けれど俺は元々、食べることに興味がない。 それどころか、生きることにも……。 そのとき、けたたましいベルの音が鳴った。 きっとあいつだ……。 俺は深いため息と共に渋々ベッドから這い出した。 「こんな朝から、何の用だ……」  扉を開けながら、眉間に皺を寄せる。 「おいおい、朝って、もう昼近いぞ」  案の定、俺を押し退けるようにして部屋の中に入ってきたのは、雨城(うじょう)だった。 俺と同じ三十歳。中学の頃からの腐れ縁。  両手に大きな買い物袋を提げた雨城の後ろを、腹を掻きながら付いていく。 「おまえ、仕事は? なんで昼日中からこんなとこ来るんだよ」 「はあ? 今日は日曜だぞ」 「へ? そうか……」  俺は曜日感覚など、とうに失っている。  今日が何曜日だろうと大して興味もなく、盛大なあくびをしながら、再びソファに寝ころんだ。 「おまえ、また何にも食ってねぇだろ?」  ジャケットを脱ぎながら、叱るような顔つきで雨城が見下ろしてくる。俺の色素の薄い伸び放題の髪とは違い、雨城の黒髪はいつも清潔に短く切り揃えられていた。俺より十センチも高い身長、中高の頃からモテまくっていた精悍な顔つき。しかも一流企業に勤めているくせに、仕事終わりや週末、毎週欠かさずこの事務所にやってくる。 ……暇なんだな。 「だって、面倒で……」  口を尖らせて言い訳すると、雨城は「ったく、おまえは……」と悪態を吐きながら、台所へと向かった。そして持参してきたエプロンを身に着けている。  そんなにイヤなら来なけりゃいいのに。  思わず出そうになる言葉を呑み込み、俺は目を瞑った。  雨城は何かと俺の世話を焼く。  中学の頃から、そうだった。 きっかけは……、他校の生徒に絡まれたことだっただろうか。 雨城が助けてくれたんだった。 でもあのとき、俺はなんで、絡まれたんだっけ? そんなことを思い出していると、美味しそうな匂いが鼻先をくすぐってくる。

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