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第1話②
「ほら、できたぞ」
その声に目を開けると、応接用のソファセットに、次々と皿が並べられているところだった。
「……ん」
俺は目元を擦りながら起き上がり、渡された箸を握る。
雨城の作る飯は美味いから、抗えない。
そのとき、遠慮がちにベルが鳴った。
「なんだ? 新聞の勧誘か?」
雨城がエプロン姿のまま、扉へと向かう。
「新聞なら間に合っている。そもそも、こいつは読まな……」
扉を開けながら、雨城はすぐに口撃を始めたが、その声が呆れたものに変わった。
「また、おまえか」
「どうしたんだ?」
雨城の背後から、俺はのっそりと顔を出す。
「あ、あの、これ、母さんが」
そう言って、俯き加減でおずおずとタッパーを差し出してくる。
この事務所は雑居ビルの三階に入っている。一階にある喫茶店の息子・志岐(しき)だった。
近所にある芸術系の学校に通う高校二年生。雨城曰く、今日は日曜のはずだが、制服のブレザー姿だった。
「飯なら間に合っている」
無下に言う雨城を押し退け、俺はタッパーを受け取った。
「いつもありがと。お母さんによろしく伝えて?」
「……うん」
頷いた志岐だったが、なぜか玄関前から去ろうとしない。
「あ、よかったら、おまえも食ってく? 雨城が作ってくれた飯もあるから」
「え、いいのかっ?」
俺が誘うと、志岐はサラサラとした前髪を振って、勢いよく顔を上げた。
「おい! 俺はおまえのために……!」
「あ? いいだろ。どうせ食い切れねぇよ」
渋面で俺を睨む雨城を無視して、志岐を中に促した。
出汁巻きに味噌汁、筑前煮。雨城の作った純和風の定食メニューの中央に、タッパーから大皿に移された真っ赤なスパゲティナポリタンがどんと置かれた。喫茶店の看板メニューであり、俺はここのナポリタンが世界一美味いと思っている。
「いただきます」
三人の男たちで応接テーブルを囲む。俺の斜向かいには憤然とした雨城、正面には嬉々とした志岐が座っている。
「この卵焼き、めちゃくちゃおいしい!」
「言っとくが、おまえのために作ったんじゃないからな」
次々と頬張る志岐に雨城が釘を刺すように言う。
「雨城さんって、見た目と違って繊細な味が出せるんだね!」
「志岐、おまえ、それはどういう意味だっ」
「おまえらなぁ……」
俺はソファで膝を抱えて、深い溜息を吐く。
こいつら、もっと静かに食えないのか……。
にこにこと満面の笑みを崩さない志岐といきり立つ雨城。
このふたりはいつもこうだった。どこかウマが合わないらしい。
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