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第3話③
***
「タイトル『初恋』? 美しく、そして儚いもの……。初恋は叶わないって言うよな? 志岐は自分では一生手に入らないものを美しいと感じたんだ?」
……デリカシーのない奴。
美術室に入ってくるなり、僕の絵を見てそう言った向井(むかい)に、内心悪態を吐いた。
「じゃあ向井は何描いたんだよ」
挑むように言うと、彼は自分のイーゼルを隣に置いた。
「……!」
思わず息を呑む。
「これって何かの羽? すっごい、きれい……」
画面いっぱいに広がる大きなふたつの羽。その色彩は豊かで、様々な感情を僕に訴えかけてくる。
向井は、口は悪いが、この前のコンクールでも最高賞である総理大臣賞を獲ったほどの実力者だ。
「これって羽を美しいと思って描いたの? それとも何かを抽象化させたもの?」
向井の絵に見入りながら訊ねる。
「…………」
「え?」
よく聞こえなかった。振り返ると、向井がまっすぐに僕を見ていた。
「志岐、おまえだよ」
「へ?」
「……言っとくが、俺のは初恋じゃねぇからな」
そう言ったあと、夕焼けよりもその頬を赤くした。僕の耳には自分の鼓動が速まっていく音だけが聞こえていた。
ふたつのイーゼルの影が、伸びていく――。
***終わり
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