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「明日世界が滅ぶなら、プリン食べたい」瀬野

明日世界が滅んでも後悔しないように、なんて言ってもそんなの無理だ。 もしも明日死んだら、きっと後悔する。幽霊になって化けて出てきてしまうかも。 だって、最近流行りの漫画の最終回は見てないし、休日に見ようと思って録り溜めしておいたドラマだったまだ消化しきれていない。 楽しみに明日の夜に食べようと思っていたプリンは同室者に食べられて悔しいし、長い春休み中には温泉に行こうって約束しているんだ。 それに、またアイツと喧嘩をしてしまった。 高校生の時に仲良くなったアイツと、大学三回生になった今でもルームシェアをするほど仲が良い、はずだった。 最近では、ちょっとしたすれ違いが多くてギスギスすることが増えた。 でもアイツが悪いんだぜ?帰りが遅いなら連絡寄越せって言ってるのに、いつも0時を過ぎた頃に無言で帰ってくる。しかも俺の知らない匂いとさせている状態だ。俺が夕飯を用意しても、文句は多いし、最近はバイトが忙しいのか昔は分担していた家事も俺がほとんどやっている。この前なんかちょっと風呂掃除してって言ったくらいで怒鳴られたんだぜ?意味わからんだろ。 あと、これが一番嫌なんだけど、かなりの頻度で「女とヤって帰ってきました~」っていうのが丸わかりなほど色気駄々洩れで帰ってきた日には必ず俺を犯す。 俺がレポートの最中でも、料理中でも、ソファで仮眠していてもお構いないなしだ。 絶倫すぎるだろ…女とヤって、帰ってきてから俺とセックスするなんて性欲オバケかもしれないな。 アイツの行動の意味がわからない。 しかもアイツ、俺を抱きつぶした後に俺がとっておいたプリンを食べやがった。コンビニのでかいプリン。俺が怒ったら「二個買っとけばよかっただろ」って言われてそりゃもうブチギレた。 堪忍袋の緒が切れたってやつ。仏の顔も三度まで。いや、俺は三度以上我慢した、絶対。 「空閑(くが)なんてもう知らん!俺は実家に帰らせていただきます!」 「はあ?」 「空閑なんて大っ嫌い!性病患ってチンコもげちゃえ!俺はセフレじゃねえ!」 我ながら酷い捨て台詞だが、勢いのまま家を出た。 俺はアイツの思い通りになるお人形じゃねえのに!自分で言っておいてなんだが、「セフレ」って本当に響きが悪い。そもそも高校生の頃は、というか大学入ってもしばらくはこんな関係じゃなかったのに。 どうして、こうなっちゃったんだろう。 「…さむ、」 さすがにこの時期にマフラーもせずに財布とスマホだけ持って家から出てきたのは失敗だった。ネカフェにでも探すしかないか…。 のんきに考える自分に、明日が来ないなんてわかるはずがない。 明日世界が滅ぶなら、俺は何をするんだろう。結局最後の最後までその答えはでなかった。 それは俺だけじゃなくて、みんなそんなもんだろう。 * 『今朝のニュースです。今月○○日○○区で起きた殺人事件の容疑者が逮捕されました。容疑者は容疑を否認しておりーー、』 つけっぱなしのテレビの音が部屋に響く。荒れたリビング、それでいて綺麗なシンク。 机に突っ伏したまま動かない空閑に声を掛けた。 「おーい、空閑ー?空閑ってばー」 ピクリとも動かない空閑に死んでしまったのではないか、と不安が過る。 口元に手を寄せれば、微かに息が掛かって死んではいないことに安堵した。 「もう…いい加減にしろよー、くーがー」 むくりと起き上がった空閑に後ろから飛びついた。それにも一切反応を示さない空閑に腹は立つはそれはまあいい。 「空閑、風呂入れよー、飯は?それとも、お・れ?なんちゃってなー!」 総スカンを食らい、ムスッとするがそれでもなんとか動き出した空閑に満足しそこから離れて、彼の様子を見つめる。 シャワーを浴びすっきりしたのか、ソファにどかりと座った空閑の横に俺も座る。 「空閑、あの時は酷い事いっちゃってごめんな、でもお前本当に酷いと思うぞ?俺が女だったら、絶対刺されてたぜー」 「…槙野(まきの)」 「ま、俺に頼ってばかりじゃなくてさ!この部屋の片付けからしたらどうだ?掃除、何気に楽しいぞー」 「槙野」 「なんだよ、さっきから!俺の名前ばっかり呼びやがってー!寂しがりやかー?呼んだって、俺は手伝わないぞー」 「……なんでだよ」 「だって、死んじゃったからね」 俺の名前を呼んで、涙を流し始める空閑を抱きしめる。きっと、空閑を俺が側にいることに気付いていないだろう。それでも抱きしめずにはいられなかった。 * 自分が死んだ、というのに意識がある。いや、誰にも認識されないから自分が今本当に存在しているのかも怪しいけれど、自分の透けた身体や自分が発する声は、俺だけが認識している。まあ、ユーレイってやつだろう、と勝手に解釈して納得する。 気付いたことは、俺の行動できる範囲は空閑がいる場所ということと、空閑や他の人間に干渉はできない、ということ。 元々お喋りな俺と無口な空閑は会話が成立しているか微妙な部分もあったが、さすがノーリアクションっているのもキツい。 今は空閑がキッチンに立っている。 料理下手な空閑が、キッチンに向かっている姿に感動する。匂いからしてカレーだろう。美味しそうな匂いがして、腹が減った気がした。 実際俺はもう死んでいるのだし、腹が減っても、食べなくても死ぬことはない。 「だって死んでるからなー」 暇過ぎる、暇だあー!料理をする空閑の隣に立って、隣に立つ。 もう既に具材を鍋に入れてあとはルーを溶かして完成という段階だ。 「すげー空閑、作れるんだなー、まあ器用だもんな!お前!」 当然ながら聞こえていないだろうに、話しかけたくなってしまう。まあ、誰にも聞かれていないのだから、どれだけ喋ってもいいだろう。 すると、空閑が冷蔵庫からウスターソースを取り出して、ルーと共に鍋にぶち込んだ。 「空閑…お前、覚えてたんだな…」 大学一年の春、ふたりで荷物をこの部屋に運んできて疲れ切ったルームシェア初日。 腹に溜まって、簡単に作れるものということで俺がカレーを作った。 『え!?なに入れようとしてんの!?』 『ん?ウスターソース!これ入れるとコクがでるんだぞ~』 『それ本当かよー』 半信半疑の空閑の口に熱々のカレーを突っ込んだ。熱い、熱いと言いながら食べた空閑は、『ん!うめえ!』ととびきりの笑顔を俺に見せてくれたのだ。 ウスターソースを大さじ一杯をいれ、味見をしちょっと満足そうな顔をする空閑。と、思えば突然大きな涙を目に浮かべ、ボロボロと泣き始めた。 「どした?入れすぎた?」 「…ッ、ま、まきの…」 あぁ、好きだなあ。そんな馬鹿なことを死後も考えているのだ。 * 俺が死んでから空閑は俺のベッドで少しの時間横になるようになった。 自分の痕跡が残るのが嫌なようで、皺がつかないようにそっとベッドに横たわる。そういう気遣いができるなら、俺が生きてるときにやってほしかった…なんて言っても仕方のないことだが。 仰向けになって天井を見つめたままの空閑の目に俺の掌をかぶせる。 すると、瞼を閉じて深く眠り始めた空閑に安心した。最近は眠れていなかったようだから、心配だったんだ。俺が空閑に触れていることなんかきっと気付いていないだろうけど、なにかしらを感じ取ってほしいなあ、なんて願った。 「空閑ー、おやすみ。いい夢みるんだぞ」 空閑は夜に外にでることはなくなった。バイトも行かなくなったし、誰かと遊ぶ様子もない。俺は空閑の側にしかいれないから、彼の後をずっとひっついて行動するしかできない。外にでるのは、かろうじて買い物をする時か、ごみ出しをする時。 そんな空閑が心配だった。 「別に夜に遅く帰っても俺は怒んないのに…馬鹿なやつ」 俺よりも死人のように生きる空閑。寝ているというのに、泣き始めた空閑にぎょっとする。汗ってティッシュをとろうとするが、すり抜けてしまい彼の涙を拭うことはできなかった。 * 俺が死んでから二か月目に突入した。空閑がいつも通りをとり戻しつつあった。 夜に女の人と遊んだり、飲み会に行くことはなかったが、授業に出てバイトにも向かった。 休日には部屋を掃除して、洗濯機を回し、ちゃんとした飯を食う。 なんだ、俺がいなくたって生きていけるじゃねえか。 掃除をしていた空閑がどこから出してきたのか、アルバムを開いて眺めだした。 「うわー、懐かしいな。これ…」 高校生の頃の、俺達。ずっと二人一緒だった。 無口だけど、クラスの人気者。イケメンで運動神経の良い 空閑。 平凡だけど、お調子者の、俺。 異色のコンビだけど、三年間奇跡的に同じクラスだった俺達は、ずっと一緒にいた。 周囲は俺達が仲が良いことに首を傾げていたけれど、俺はそうは思わない。だって、あんなに楽しかったから。 ふざけて空閑に横抱きされている俺。体育祭の二人三脚で一緒に走る俺達。 文化祭で、女装した俺と空閑がチューしている写真もある。 卒業アルバムの中身を確認していなかったばかりに、こんな内容になっていると思わなかった。くっそ、アルバム係誰だよ…これ黒歴史じゃねえか…。 それでも、ちょっと泣きそうになりながらも少しだけ嬉しそうにアルバムを眺める空閑の手に俺の手を重ねる。 楽しかったな、あの時。覚えてるか?空閑。 卒業式の日に主役の俺達が式をサボって教室で初めてセックスしたこと。 でも、俺達は付き合っていなかった。恋人なんて、なんかこしょばいな。 今も、俺達の関係に名前をつけるとするならば、「友達」なのだろう。しかし、「友達」というには俺達は近い気がする。でも、恋人というには遠いのだ。 次の休日には、空閑は一人で出かけた。俺が隣にいるから正確には一人じゃないけど。 とうとう女とデートか?と内心腹を立てていたら、俺の心配をよそに空閑は一人で水族館に来た。都内の結構有名な水族館。チケット売り場まで迷うことなく足を運ぶ空閑の上空をプカプカと浮いたままついていく。 「ここって…」 俺の明晰な頭脳は覚えている。 「大人一名分」 空閑が受付でチケットを買っているのを横目に、俺は昔のことを思い出す。 あの時は、「高校生二枚お願いします!」って俺が張り切って言ったのを、「恥ずかしいから騒ぐな。子供の方が大人しいぞ」と呆れられたのだった。 昔との比較に、心臓の辺りが酷く痛い。俺の心臓はもう動いていないはずなのに、自分が生きているような錯覚に陥って、自分自身に嘲笑を送る。 「3900円です」 チケットを受け取り、颯爽と中に入っていく空閑を見た受付のお姉さんが、顔を赤らめている。 残念だったな、空閑はこれから俺とデートなんだよ。 今じゃせいぜい「あっかんべー」と受付のお姉さんに向けて、彼の後を追いかけることしかできないが、あの時は見せつけるように、後ろから駆け寄って手を繋ぐことができた。 一人でゆっくりと水族館の中を回る空閑。ここは、俺達が高校の時に二人で同じ大学に合格が決まってお祝いに二人でデートした場所だった。 男二人でデートなんて、とお互い笑っていたが俺は満更でも無かったことを思い出す。 マンボウの水槽で立ち止まった空閑が、俺の顔をみて一言。 「お前、マンボウみたいだな」 その場で肩パンしたのは言うまでもないだろう。痛そうに、それでも爆笑している空閑を見て俺は顔を真っ赤にしながらも釣られて笑った。 あの時のようにマンボウの水槽の前で立ち止まった空閑は、誰かに失礼な一言を言うことも無く、じっとマンボウを見つめている。 その横顔は何故か様になっていて、イケメンは得だな、なんて皮肉を一歩的に繋いだ手に込める。当たり前だが、空閑が俺の手に気付くことはない。 「…そのマンボウは俺じゃないよ」 あの時のように、空閑の隣にいるのにこの声は伝わらない。 そんなことはわかっているが、それでも言わずにはいられなかった。別に悪口を言われた訳でもないのに、自分の機嫌が急降下していくのがわかる。 離れることができるギリギリのところ、約5m。軽い身体を動かして、空閑から距離を取る。「空閑のばーか!」大きい声をだしても、空閑はこちらを見ない。 くそ、こっち見ろよ。馬鹿。お前の愛しの槙野はここにいるぞ! 「似てねえな」 離れていてちゃんと聞こえなかったが、きっとそう言ったのだろう。その一言が俺の空耳ではないことを祈るしかない。 * 俺達の高校は、都内から少し離れた田舎にある。都会に憧れて、二人で都内の大学に志望校を決めたのだった。 「今日はどこ行くの?電車?電車に乗るの?」 空閑からの返事はない。 切符を買うところを間近で眺めていたが、金額からしてどうやら大分遠いところまで行くらしい。俺は空閑の隣にずっといる。周りの人の迷惑にならないようにーーと言っても、迷惑になるわけがないのだがーーずっといる。 電車にゆられ、都内を抜け、見えてきたのは懐かしい景色。 俺達があの懐かしい制服を来て過ごした地だった。 「…空閑?なんで…」 なんで来たのか、なんて聞けっこないのに俺は空閑が知りたかった。何故かはわからないが、居心地の悪い地元に「早く帰ろ…?」なんて口から出してしまった。 俺一人では帰れないのはわかっているので、大人しく空閑の後についていく。 変わらない光景、変わってしまった景色。 途中で花屋に寄った空閑は、「では30分後に」なんて言ってまた歩きだす。花屋のスタッフさんが「お待ちしてます」と丁寧にお辞儀をした。 そこから時間を持て余したのだろう空閑は、新しくできたらしいチェーン店のカフェに入って本を読み始めた。 「オネーサン、俺にもコーヒーひとつ~なんちゃって」 姿も声も見えないのだ。ガン無視を決められるのも、当たり前なのだ。 あるわけがないのに、妄想する。これがただのドッキリで俺が透明人間になってしまったという設定で皆が俺を驚かせようとしているだけなんじゃないかって。そんな都合の良い話あるわけがないのだけれど。 こんなにも空閑の近くにいるのに、遠く感じるとは思わなかった。 コーヒーを飲み切って、席を立ち店を出た空閑はまた元の道へと戻っていく。きっと、先ほど寄った花屋に行くのだろう。 「あれ?空閑くん…?」 不意に声を掛けれられ空閑とともに後ろを振り返る。 「母さん…」 随分やつれた母さんが、買い物袋を持って立っている。 母さん、久しぶり…と声を掛けようとした瞬間、隣にいたはずの空閑がいない。振り返ると、空閑は走り出しておりそのまま俺も引きずられるようにして母さんから離れていく。 「く、空閑…!?どうしたんだよ!」 俺は、やつれた自分の母親よりも顔色を真っ青にして走り出した空閑の方が心配で堪らなかった。それでも、俺の声は届かない。 運動神経がいいはずの空閑は、嘔吐きながら息を切らしている。 「空閑…?どうした…?」 地面が濡れ、どんどん色が濃くなっていく。通り雨だろうか、先ほどまで雨が振る様子なんて一切なかったのに空閑の身体を冷やしていくのがわかる。それでも、雨宿りする様子なく、歩き始めた空閑の前に回って説得を試みる。 「雨、振ってるぞ!空閑、早く雨宿りしなきゃ、風邪引くぞ!お、おい!」 とりつかれたように歩き続けた先は、俺達が約束をした場所だった。 * 長い階段を昇りきり鳥居をくぐるとそこは、少し廃れた稲荷神社だった。 ここら一帯の栄えた氏神様ではなく、山の少し入ったところにある小さな神社。 「まきのっ、…まきの!」 急に呼ばれ、まさか俺のことが見えるのかと期待したが、多分見えていない。俺がいるところとはまた違う方を見ている。 「まきの…約束したじゃんか…」 雨のせいで、空閑が泣いているのかわからない。地面に膝をついて、空を見上げている。 俺達は、二人ずっと一緒だった。これからも、この先もずっと一緒にいると信じてやまなかった。だから俺達は、約束したのだ。 お互いが、お互いの『帰る場所』になるために。 「くが…」 約束一つ守れない自分が、不甲斐ない。空閑の震える肩を抱きしめることもできない。自然と視線が下を向いた。 「…ま、まきの…?」 「ごめんな、くが」 申し訳なさでいっぱいになり、空閑の方を見つめると空閑がこちらを見ている。 目線が合っている気がする。いや、気のせいか…?だって、俺は死んで… 「槙野ッ…!」 抱きしめられている。 …何がどうなっているんだ。どうして、今空閑に抱きしめられているのかわからないけど、空閑のぬくもりに包まれて、そんなことはどうでもよくなってしまった。 「空閑…ごめんな」 「謝んな…!俺が、ッ俺が悪いんだ。お前が死んで、生きた心地がしなかった…」 空閑のこんなに必死な顔を初めて見たかもしれない。長いまつげが揺れ、頬に雨が伝っている。 「フッ、お前には反省してもらわなきゃいけないことはたくさんあるな! 俺が嫌だって言ってもセックスするし、靴は揃えろって何回言っても揃えないし、家事は手伝ってくれないし。本当に酷いぜ?お前」 「ごめ…」 あるはずないが、耳と尻尾が垂れているように見えて、かわいいな、なんて思ってしまう。 雨に濡れた背中に手を回し、強く強く抱きしめ返す。ここが俺の『帰ってくる場所』だ。 ザアアアアア ザアアアアア 風で揺れる木々が雨に打たれ、呼応し合い泣いている。 「槙野、俺さ…お前のことが好きなんだ」 俺を抱きしめる力が強くなる。いつもは無口で誰からも好かれる空閑。俺の前では途端に俺様と化すそれは、俺に甘えているのだとわかっていた。 唯一、この完璧な空閑が甘えることができる俺。だからこそ、俺はこいつの側にいたし、俺もこいつに甘えていたのかもしれない。 「お前、俺のプリン食いやがったくせに」 「それも、ごめん。また買ってくるから」 「じゃあ、ーーーー」 無音。 雨が止んで、その小さな神社に光が射した。 木々は泣き止み、代わりに葉の上の雫が太陽の光に反射して眩しいほどに笑っている。 まるでテレビをリモコンで消した時のように、さっきまであったものがもう無い。 「消えるなら、ちゃんと『好き』って言ってから消えやがれ…」 * 槙野家の墓の前には、竜胆の花束が置かれていた。 * 「も、ッもうむッ…ンあだって…」 レポートが終わらないから集中したいと言った槙野を床に押し倒して、そのまま犯している。側にある机が揺れているが気にならない。 今日もダメだった。女をホテルに連れ込んだはいいものの、やはり勃起せず女を置いて帰ってきたのだ。 卒業式に、槙野を抱いてから、俺は女では勃たない身体になっていた。 試したことはないが、男もダメだ。多分、槙野じゃないと。 ぶかぶかのトレーナーから覗く細い腹が余計に情欲を掻き立てられる。無理だと言って、逃げようとする槙野の腰を捕まえて、さらに腰を打ち付けた。閉じた肉襞をこじ開けるようにして、鋭い突きをするたびに槙野は絶頂を迎えているようだ。 薄く割れた腹筋が、ヒクヒクと動いている。この薄い腹の中に全て自分のモノが挿入っているのだと思うと興奮する。 正常位はやはり良い。全てを見下ろすことができる。 槙野の絶頂しっぱなしのペニスは、勢いなく射精をしつづけ痙攣している。 俺はやはり、槙野から離れることはできなさそうだ。 槙野への気持ちを自覚したのは、ルームシェアを初めてしばらく経ったころ。我ながらクズだとは思うが、初めてセックスした卒業式の日はまだ自覚していなかったのだ。 閉じ込めてしまいたい、そんな欲求と自覚してからの実際の己の行動のギャップに俺の精神はやられそうになった。 槙野が好きーー、そう自覚した瞬間、槙野に優しく接することができなくなった。 靴を揃えろ、ちょっとくらい手伝え、そう言う槙野に俺は、「わかった、手伝うよ。ごめん」ではなく、「うるせえ、お前は俺の母ちゃんかよ」と返すのだ。 アイツが楽しみにしていたプリンも、わかっているのに困らせたくて食べてしまう。 こんな自分では、槙野を幸せにできない。 俺は、彼女でも作れば少しはマシになるのではと考え、遊び回った。 しかし、どんなに可愛い子でも俺の息子はうんともすんとも言わない。 この目の前で乱れる男の槙野には、馬鹿みたいに勃起するというのに。 今日もダメだ、諦められなかった。 諦める気なんて更々ないのだから、こうして槙野を犯しているということに馬鹿な俺は気付くことができなかった。槙野が傷ついている、ということも。 俺は、大馬鹿野郎だ。 これから俺に天罰が下るということも知らずに俺は、あの日、あの夜。 「実家に帰らせていただきます!」 と、どっかで聞き覚えのある台詞を吐いて出ていった槙野を追いかけることすらしなかった。

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