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「猿と神帝の恋はウッキッキー」風巻ユウ

ぺらり、とめくるページの音。 ぱらり、と音を偶然にも重ねて、俺も一枚めくってしまった。 静謐な図書室の一角の、古い説話を集めた棚の前。 試読しようと開いた本を手に持ったまま、ゆっくりと右へと視線をスライドさせていく。 飴色の長い髪に青藍の瞳、口元の黒子が妙に婀娜っぽい男がいた。 ページをめくる音が重なったのは偶然だ。 その男を視界に入れたのも偶然だった。 たまたま重なったのだ。本を読もうとしただけで、何も意図などなかった。 視線が交わる。その男も、こちらを見ていた。手に開いた本を持ったまま、お互いが相手を見ていた。 「その本は…東方は神国フソクベツのお伽噺ですね。面白い話ばかりで、僕も子供の頃に何度も読みました」 「そうか。面白いなら借りていこう」 「はい是非。今日は司書さん不在なので、カードに記入して箱へ入れておけばいいみたいですよ」 「そうか。では、そうしよう」 我ながら、「そうか」としか言い返せなくて、この時にどれほど緊張していたのか…。 相手の男も、後から聞いた話、この時は緊張でおしゃべりになっていたのだそうだ。 おしゃべりどころか、親切で好印象しか抱かなかった俺は、なぜか高鳴る鼓動を持て余しながら、薦めてもらった本からカードを抜き取り、記入台へと向かった。 初めての出会いは、たったこれだけ。 次に会ったのもまた、無人の図書室だった。 ここの司書は仕事をいったい何だと心得ているのか。 おそらく、この宮殿内に数多く点在する図書室の、たった一つの図書室にずっとかかりっきりになることはない、ということなのだろうが。何人かいるはずの司書は、他の図書室とも兼任している。この図書室は司書が居ることすら稀な、寂れた図書室だっだ。 だからなのか。置いてある本は眉唾物なものが多かった。伝奇・怪奇・都市伝説など。説話と表示されたコーナーにひとまとめに置いてあるが、中身は信ぴょう性のない子供だましな代物ばかりだった。 そんな中での『東方異聞御伽草子』という変わった装丁の本。背表紙が紐で閉じてあるのが一等に奇妙だっだ。普通の本は糊で閉じてあるというのに。 この変わった本を、子供の頃に何度も読んだと、あの男は言っていた。 もしや東方出身なのだろうか。 男の出で立ちを思い浮かべる。 全体的に白く、袖や裾の長い、ゆったりとした服装。あれは法衣だと思われる。 この国の宗教者は黒い詰襟が多いのだが、白いローブを纏っているとなると、それなりに階位が上になってくる。 袖の刺繍、襟元の模様などで、その人物の所属など分かるらしいのだが、如何せん俺───マニエス・ボワレ・ブレトワンダは武官であり畑違いだ。神の御心に触れるような崇高な人物とは話をしたことすらなかった。 そうなってくると、あの男は何故こんな寂れた図書室にいたのだろうか? この図書室には宗教関係の本など置いてないはずだが…。 俺は首を傾げながら窓の外を見やる。 三階にある図書室からは、隣の訓練場が隅々までよく見渡せる。 訓練場はだだっ広い砂地で、本日はオフェーリア・ガーズ連隊が戦場を想定した訓練を行っている。 オフェーリア・ガーズ連隊は過去の名将オフェーリアが鍛え上げた軍組織であり、この国で最も栄誉ある連隊序列第一位の近衛騎兵連隊である。 山と積まれた土嚢に粗削りな塹壕。何のつもりなのか、でかい書割が大将の居場所に鎮座している。誰が作ったのだろうか。絵、うまいじゃないか。ベースは毛深そうなモンスターだけれどオフェーリア・ガーズ連隊の現大将に顔が似せてあるのは、わざとだろう。 訓練が進むにつれて砂埃が舞い、ついには爆炎が上がった。大きな破裂音と真っ赤な炎が見える。毛深いモンスターの書割が粉々に吹っ飛んでいた。木っ端微塵になった木屑などは煤となり、爆風に煽られ空を舞う。煤などよりも更に軽い砂雑じりの煙が濛々と広がり、こちらに迫って来た。 開けっ放しの窓から砂煙が入り込んだ。 「けほけほ…っ」 誰かが咳き込む音を耳に入れた瞬間、俺は魔術を放っていた。 『----連動』 魔術呪文の最後に付け加えた古代魔神語に魔力が乗る。図書室中の窓という窓が閉まる。 「こほっ…あ、ありがとう存じます」 咳をしていたのは、あの男だった。二度目の邂逅。 「あ、いや、なに……そうか」 彼の顔を目に収めたら、どうしても「そうか」とだけしか言えなくなるこの口下手が憎い。 「すごい煙でしたね…けほっ…僕、気管支弱くて…こほん、ん…あぁ、涙まで…けほっっ、っ、弱りました…」 咳が止まらない上に涙目で、顔を手で覆う彼の傍へゆく。 背中を丸めて小刻みに震える男が、憐れに想えた。 背中を、ゆっくりと撫でる。武官の自分に比べれば、大して広くない背中だ。 「ふぁ…ぁ、ありがとござい、ます……っ、」 また咳き込んで顔を両手で覆ってしまったが、御礼を言うだけの為にこちらを見つめた相貌が、これまでに見たことがないくらい美しくて何ものにも喩えられない。 婀娜っぽいと思った第一印象の黒子は、やはり艶っぽく、色白の肌に嫌でも目立つ特徴。 それだけじゃない。シャープな顎のラインから耳にかけて、髭の一本も生えていない幼さや首の細さも儚げである。本当に男なのだろうか。中性的な美貌が彼の魅力だった。 「貴方の名前は……?」 「僕は……イェイリ・ソアラ」 二回目にして訊けた名前を、俺は大事に心の宝箱へ仕舞った。 * 「え? で、それで付き合ってないとかマジか? それでお前チンポコついてんのか? それとも猿だけにチンポコより尻の方を赤く腫らしてんのが常套か?」 下品な単語を交えて、でかい声でまくし立てる目の前の男は、オフェーリア・ガーズ連隊の大将ザリュだ。 あれからイェイリ・ソアラとは図書室で何度か会い、五度目に食事へと誘って、宮殿に併設している高級レストランでディナーをした。 土産に薔薇の花を一輪だけラッピングして渡したら、美しい顔を綻ばせ喜んでくれた。 あの笑顔だけで三杯飯が食えるな。 傍から見たら恋人同士だろう。 だけど俺たちは付き合っていない。付き合っていないのである。 「なんで付き合ってないんだよチンポコお猿。尻腫らしてる場合じゃねえぞ」 「だまれ」 下品な表現するな。そんなんだから部下にモンスター代わりのゴールスポットにされてしまうんだぞ。反省しろお下品大将。 ……理由など明白だ。 イェイリ・ソアラ───その名を聞いた時から気づいていた。 彼は東方における神秘の国、神国フソクベツのエンペラーだ。確か神帝という階位のはず。一般人どころか皇帝と神が混じって神帝だ。畏れ多い存在である。 どうして、そんな大層な人物が、この国に滞在していて尚且つ、あんな寂れた図書館にいたのかは知らぬが、出逢ってしまったものは出逢ってしまったのだ。これを運命と言わずしてなんと言おう。 「他国の雲上人だ。付き合うなど……手を触れることも、声を掛けることさえ、本来なら烏滸がましいことだろ」 「んえ。マジでそれいってんの? この宮殿におわす王族とも対等に喋れるお前が?」 王族と神帝を一緒にするなよ。この国の愛嬌ある王様に話しかけるのと、凛として美しいイェイリ様に話しかけるのでは全然緊張の度合いが違うんだよ。 「まあよぉ、なんつーか、友情以上の親しみを感じておいて、そのまま放置されてるなんて可哀相。お前すっげー鬼畜だな。鬼の所業」 「何言ってんだ。それだとお前、まるでイェイリ様が俺に惚れてくれてるみたいに聞こえるじゃないか」 「その通りだよ」 「はあ?」 ザリュが言うには、食事に誘って乗ってきた時点で気があるのだという。 「本気か?」 「本気も本気。マジだぜマジ。聞けば貞淑な神帝様だ。恋の噂も聞かねえ。伴侶もいないはず。ならよ、ドーンとアタックすべきだと思うぜえ」 うーむ。どこか愉快そうにハンズアップで主張するザリュの言うことだ。悪ノリなような気がして信用していいのかイマイチの判断がつかないが、幼馴染で俺のことを熟知しているこいつの言である。少しは信じれるものかもしれない。恐れ多くもイェイリ様が、俺に惚れているということを───。 もし、本当にそうなら、俺はとてつもなく幸せな男である。 * 神帝イェイリが治める神国フソクベツは神秘の国である。 神秘すぎて謎のベールに包まれまくりの、どういう国なのか詳しいことは誰も知らないという国である。 なぜ誰も知らないのかというと、フソクベツへ入国できるのは入国許可が下りた極限られた人物のみだからだ。 その極限られた人物たちが、うっかり口を滑らせた噂話によると、フソクベツは龍神の眷属たちの国だという。 龍神。これまた聞き慣れない人物…いや、神の名だ。 この世界には神を名乗る者たちがいる。 鬼神・魔神・花神・竜神・獣神の五神である。 龍神が入っていないではないかと思うかもしれない。実際そうなのだ。龍神は既に、この世の人ではないので、五神に入っていない。だが眷属たちがいる。龍神の血を引く者たちだ。 「貴方は龍神様の御子なのか?」 再度の図書室での逢瀬。 椅子に座って本を読む神帝──イェイリ様の手が止まる。 ほっそりとした色白の手だ。この手は剣など無骨な物を握ったことはないのだろう。 「ブレトワンダ殿は花神様の御子ですよね?」 下を向いたまま、ポツリと呟かれた言葉は質問返し。 目を合わせるどころか、こちらを向いてもくれない上で同じ質問を返されるとは……この質問は時期尚早だったのだろうか。 「マニエス・ボワレ・ブレトワンダ───貴殿の御名前を聞いた時から、まさかと思ってました。ブレトワンダは花神様の家系だ。…花神様は沢山の御子に恵まれ、共存の道を歩まれた王族たちのおかげで、この花神連合王国も栄えていらっしゃる。正直、羨ましいのです。常に華やかで、洗練されたこの花の都が…」 「それで、この国を探りに来たのか?」 「───っ。そう、ですね…」 しまった暴言だったか。下を向いていた顔が益々に下がり、まるで項垂れた蛇のようになってしまった。蛇のようにしなやかでほっそりとした白い首の、項がなんとも色っぽい。長い飴色の髪が数本、首筋を彩ってているのもいい。涎出そうになった。危ねえ危ねえ。 人知れず袖で口元を拭っていると、ギィと椅子を引く音。 イェイリ様が立ち上がる。その身長は決して高くない。もっとも、俺が大きすぎるというのもあるのかもしれないが。何せ俺は魔獣族は魔猿種と花神の合いの子だ。魔猿の身体能力は高い。花神は人智を越える能力を持っている。その二人の子である俺は、見た目は人間と一緒で猿耳や猿尻尾など生えていないけれど、普通の人間の成人男性より、あらゆる面で優っている。背の高さも、その一つだ。 そんな俺が、この国の一般男性より少し背の低いイェイリ様と視線を合わせようとすると自然、見下げた格好になってしまうから、今は立膝をついてイェイリ様を見上げている。まるで忠誠を誓う騎士のように。 そう、俺は騎士。王室侍衛隊に所属する騎士である。 この国、花神連合王国に身を捧げる騎士。 けれど俺は東国の神帝を知ってしまった。 イェイリ様は穏やかに微笑む方だ。その微笑みはまるで春の日差しのようで、飴色の髪に日光が映えた光景など目も眩むばかりの美しさである。 この笑顔を守って差し上げたいと思うのは、儚い願いだろうか───。 「悪いけれど、僕は龍神様の御子ではない。貴殿とは違う立場だ。僕の国も、この花の国のようになれたらいいけれど、いつまで経っても鎖国状態で改善は難しい。本当に、どうして……この国も、貴方も……とても眩しいのだ」 そう言って顔をくしゃりと歪めたイェイリ様。俺の心臓が驚く。こんな顔させたかったわけじゃない。 俺が傷つける言葉を使ってしまったばかりに、こんな顔させてしまったようだ。 守りたいと思った笑顔が早々に陰ってしまった。俺のアホ。お猿。口下手隠キャ野郎!と自分を罵っても始まらないので、俺は目の前で泣きそうになっているイェイリ様の手に、そっと触れた。 握り締めている指先が冷たい。 両手で包み込み、暖を取らせるように、そっと擦る。 「貴方が治めている国は、きっと平和で豊かなのだろう」 「…どうして、そう思うのです? 僕の国を見てもいないのに」 「憶測で済まない。けれど貴方を傍で見ていて思った。貴方の一挙手一投足を見守っている者たちがいる。彼らは慣れていないのか、拙いけれど懸命だ」 俺のその言葉で、図書室内の柱の影でギクッ、天井裏でギクッと誰かが動揺する気配がした。間近だとその辺だが、おそらく廊下や隣室など、各所に神帝を見守る人員が配置されているだろう。 俺が先に述べたように、見守り要員たちは神帝の随行員なだけで、こうやって監視をするという行為には慣れていないようだ。俺にもあっさり気づかれているし、今でも余計なお喋りが聞こえてくる。 「ちょっと、あんたがヘマしたんでしょ気づかれてんじゃん」 「オレじゃねえよ姉ちゃんだろどう見ても」 「バカ野郎共でかい声出すな。皆クソへただ。尾行なんてよ」 「尾行じゃなくてよ。若様見守り隊だってば」 「そのダッサイ名前なんとかしろや」 「昔っからそれだな。もう若様じゃねえっつーのに」 なんとも賑やかしい見守り隊である。 「愛されているようだな、若様は」 「うぅ…恥ずかしい」 イェイリ様の顔は真っ赤だ。美しくも凛とした顔立ちが、少しだけ幼く見えた。 「何を恥ずかしがる。良い仲間たちだ」 「貴殿に知られた。恥ずかしい。僕のこと、一人で行動させてもらえない可哀相なやつだと思ってるだろう」 「それこそ何を言う。貴方がこんなにも愛されていて、俺は嬉しい」 「……本当か?」 「ああ本当だ」 本当だとも。羨ましいくらいにな。俺もそこに加えて欲しい。出来る事なら、もっと御傍に…。 「貴殿にそう言ってもらえて、僕も嬉しい」 ブレトワンダ殿と呼びながら形作る俺の好きな表情。 そこに春風が乗る。飴色の長い髪が舞い、俺の鼻腔を擽った。 図書室の窓際。木漏れ日の温かさ。 俺の求めていた愛する人の微笑み。 胸を締め付ける郷愁にも似たこの感情が、どうか色褪せないよう。 彼が故郷へ帰るまでの残された時間を精一杯、共に過ごそうと想う──────。 * やがて神帝イェイリ・ソアラは東国へと帰路に就いた。 俺は誰も居なくなってしまった寂れた図書室で、『東方異聞御伽草子』を読んでいる。 ぺらり ぱらり めくって辿る、あの時の思い出。 ただ、めくるだけで内容など頭に入ってこない。 あの時もそうだった。 イェイリ様の口元にある黒子に見惚れて、妙に色気があるそこへ口付けたくてしょうがなかったのだ。 今だって、この想いは変わらない。 口付けなど、恋人らしいことなど一度もしなかった。 恋人ではないのだから、するはずもない。 ならば友情で済ませれる感情だったか? いや、無理だな。口付けより先のことをしたくて、うずうずしてくる体を持て余していたのだから。 神帝がこの国に滞在中、友達以上で恋人未満だった俺たちの関係。 清くも正しく、政治的しがらみも排除した爽やかな付き合いだった。表面上は。内面はもうイェイリ様を想像上だけでもあーだこーだしてやりたくて、吹き荒れる嵐の如く激しい想いを抱えていた。 俺は所詮、猿でウッキッキーなのだ。 本を勢いよく閉じて、書棚へと勝手に返却した。 相も変わらずこの図書室の司書は仕事をしていない。 階段を降りて足早に訓練場を横切る。 「よお。急いでどこ行くんだ猿公」 「だまっとけゴリゾー」 毛深い大将ザリュが声を掛けてくる。 ゴリゾーというのは毛むくじゃらでウホウホしたモンスターのことである。それに似てるザリュは密かにゴリゾーと部下に親しみを込めて呼ばれているのを俺は知っている。 ゴリゾーことザリュを無視しようかとも思ったが、今後はもう会えなくなるかもしれないやつだから、挨拶でもしておこうと足を止めた。 「世話んなった。またな」 「ああん? ……おお、わかった。またな」 これだけで本当に分かったらしいザリュは、破顔して手を振った。 幼馴染の下品で困ったゴリゾーだったけれど、この国には必要なやつだ。訓練場の設備や武器防具の増強案を内政政務官に提出しておいてやろう。これまでの礼だ。 俺は花神連合王国を飛び出した。 目指すは東国。神帝おわす神国フソクベツ。 入国許可のある者しか入れないという、この世界で唯一の、幻の秘境国である。 * なんやかんやウッキッキーして、俺は 《竜の頭蓋》 と呼称される東大陸へと到着した。 さらにウッキッキーして神国フソクベツの『大龍神宮』を訪れる。 「ブレトワンダ殿!?」 驚いた顔で見つめるイェイリ様。青藍の瞳が真ん丸に見開かれて、それから「まさか…」と呟く。 「どうして…いや、どうやって? ここには限られた者しか…」 「伝手を頼った。なんとかなった。貴方に逢う為に」 「僕に…?」 見開かれた青藍が一瞬にして綺麗な水を湛えた。 その水は雫となり、ほろほろとこぼれ落ちる。 「そんな、僕に…僕に会う為だけに…国を、騎士を、捨てて来たと言うのですか…?」 「代わりに、貴方の傍に居られる。それだけで俺は満足だ」 「───う、ふ、ふえぇ…っ」 イェイリ様は嗚咽を漏らしながら膝を崩した。周りの従者たちは一様に驚き「イリ様?!」「若ぁぁ」「ひえー!」なんて悲鳴まで飛び交っている。 震えて泣いてばかりで立てそうにないイェイリ様。傍まで行って肩に手を置く。華奢な背だ。肉付きも薄い。きちんと三食を食べているのだろうか。心配になるほどだが、この国は二食制で痩せ身の者が多いから、これが標準なのかもしれない。 堪らずそのまま抱き締めた。 「ふぁーーーー?!」 「どうした? そんな愛らしい声ばかり上げていると、その口を塞ぐぞ」 「はーーうぅぅ…ブレトワンダ殿……」 「マニエスと呼んでくれ。もう貴方だけの騎士だ。イェイリ様」 「あ…僕のこともソアラと…」 この国では苗字が先で、名前が後なのだそうだ。知らなかった。ずっとイェイリ様と名前で呼んでいるつもりで、苗字で呼んでいたのだった。 イェイリ…変わった苗字だ。発音が少し違うのと、このフソクベツだけで通じる母国語だと文字の形も違うという。後々に字形を見せてもらったのだが、とても複雑な文字だった。猿な俺には十年練習しても書けそうにない。 「ソアラは初めてか?」 「マニエス…すみません。閨のことはとんと嗜んでおりません」 感動の再会を果たし、抱擁し、お互いの本名を口遊んでしまえば、あとはもう同じ床へ入りたくなるだけだ。 その夜には同衾した。 神帝が床入りとは初の事態だと、大龍神宮中が大騒ぎになった。 あれやこれやの準備をせねばいけないらしく、神帝周りに仕える者たちはソアラを磨き上げた。 俺はその間、大竜神宮の見学だ。若様見守り隊が案内してくれた。 夜に再会したソアラは煌めきが倍増していた。 昼間の姿もエンペラーらしく白い法衣に宝飾品がゴテゴテ付いていたけれど、今は宝石で飾り立てたというより肌を磨き上げたという煌びやかさで、俺の目は眩むばかりだ。美しいソアラ。図書室で会っていた頃も口元の黒子の色っぽさにクラッとなっていたのに、ここにきてお色気も倍増しになったようで輝く素肌が宝石以上に眩しい。 ソアラを磨き上げた侍女の言によると、「準備万端なので直ぐに出来ます」とのこと。 瞬間、ソアラの顔面がカアァと朱に染まる。猿の尻くらい赤くなったな。 何をされたんだソアラ? 具体的に訊いた。 生活魔術の基本で清掃浄化というのがあるのだが、それの応用。つまり使う箇所をキレイキレイしたと。ふむふむ。そして入口をモミモミされたと。ほうほう。 ……それ、俺がやりたかった。 「今度、やり方を教えてくれ」 真剣に侍女へ訴えといた。 ソアラが後ろからポカポカ叩いてくる。腰から背中まで叩いてくれるなんて優しいなソアラは。そして可愛いな。 徐にソアラを抱っこし、担ぎ上げ、寝所へと急いだ。 * ソアラの柔らかい太腿を撫でる。内側の、たふたふしてるところがいい。何度も素肌を撫で、その柔らかきを堪能する。 ソアラの寝衣は、前袷のところ一カ所だけが紐で結んである簡素なものだ。 裾の方を、はらりと捲ってしまうと直ぐに股の付根が露わになる。 「あ…あ、の…恥ずかしい…です」 つい、股間にぶら下がるシンボルを凝視していた俺。 それはまるで春に咲く花のような明るくも淡い薄紅色。 美しいソアラはこんな陰部まで美しいのか。破廉恥な。 「そんなに見ないでください…」 消え入ってしまうほど小さくか細いソアラの声が耳を掠める。 その言葉を聞いてやりたいが、今は聞こえないふりをしておこう。聞かざるだ。猿だけにな。ただ、ソアラの声は天上より降り注ぐ神聖なる調べだから、声質の美しさには耳を澄ましておかなければならない。ぜひ喘ぎ声を聴かせて欲しい。 「ひゃぅ…っ、ふ、んぁ」 そうそうこれこれこの声。 準備万端だというソアラの蕾の中を、人差し指で掻き回したら聞こえた声。 もちろん俺の指爪先は整えてある。短く切ってから角を磨いたのだ。ソアラの柔らかい蜜壺を傷つけるわけにはいかないからな。その辺のエチケットは若様見守り隊の面々に教えてもらい万全を期してある。 蕾の中を弄りながらも、じっと見つめ続けていたソアラの股間部分が、どんどん色を濃くしていく。 「ナカを弄られて勃起するなんて、淫らだなあ」 「───やだぁ、そんなこといわないで…っ」 感想をポロリしただけのつもりだったが、ソアラは頬を真っ赤に染めて恥じらった。 おお、何だこの可憐で奥ゆかしくも淑やかな花が綻ぶような反応は。下半身にドクンとキタ。具体的に述べると俺の小猿がウキッと聳え立った。 「ソアラ、口付けたい」 「え…っン、んン」 返事も待たずに口付けた。ずっと吸いつきたかった。この唇に。 「ふぇあ…」 一旦口を放すと、トロンとした表情を魅せるソアラ。下半身が疼いてしょうがない。 性急な気はするが、こんな美味しそうな御馳走を前にして理性を残す方がおかしい。 「あう、あーーっくぅぅ…」 ほぐれきったソアラの花壺から指を引き抜き、代わりに押し入ったのは俺の分身子猿である。正常位で繋がった。ソアラは眉を顰めて、辛そうだ。 ナカがキツイ。ギュウゥゥッと締め上げられてる俺の小猿ちん。噛み千切られそうだ。ソアラになら千切られてもいい。が、ソアラを可愛がってやれなくなるのは意味ないな。そこは耐える。 「力まないで、力を抜いてくれソアラ…」 「んッ、んふ、ぁっふ…はぁ…ふぅ…」 ソアラが懸命に呼吸を整えようとしているのが分かる。俺もタイミングを合わせて、息を吐いたところで狭くもしっとりとしたナカを突き進む。険しい隘路。俺の先っぽ暗夜行路。明かりも見えない暗闇を、しっとり柔らか粘膜にもみくちゃにされながら進む。 「あぁ、ぁ、あっ、ん…やぁ、んんんっ、腰、がぁ」 ソアラの腰が勝手に跳ねている。特にソアラの腹側に向かって衝くと、その艶声が聴ける。すげえ昂る。 俺も腰を振った。どんどん振った。猿の本能全開でウッキッキーだ。 「熱い…んっ、ふぁふ…熱いです…マニエス、マニエス、僕、こんな…っあ、ああ…!」 愛らしい声を上げてソアラは絶頂した。特に触ってもいなかったソアラの反り返りも美しいバナナ型陰茎から、ピュピュッと中身が出る。 「初めてのはずなのに…凄いなソアラは…」 それだけ感じてくれてるということか。中イきしたソアラに絞られて、俺もイけそうだ。 「マニエス…好き……」 しかも衝撃の言葉を残して果てたぞ。おいおいおいおい。急いで、ぐってりしたソアラの腰に腕を回して抱え上げる。と同時に深い所まで突き刺してしまった。ナニをとはいわないが。 「っふやぁぁ…!」 ひと際でかい嬌声が響く。ソアラの感じてる声。やばい。イケル。猿イきまーす。 「あふあふっ、あ、あああーーーっっ」 猿本能全開な腰振りに重なって、ソアラの色っぽい唇は濡れた悲鳴を上げ続けた。 口の端からは甘露が零れ、バナナの先端からも甘そうな蜜が零れまくっている。 俺のだらしない小猿ちゃんから発射された猿汁は、ソアラの中に一滴も零さず注ぎ入れた。 ぴったり、ぎゅううぅと抱き締めて放さない。 もう二度と、手放したりしない。 ソアラの潤んだ青藍の瞳が閉じようとしている。眦からは幾筋も雫が垂れ下がり、美しいかんばせが濡れてしまった。瑞々しさを湛えた俺の好きなソアラの唇。はむはむ食んで舌を絡める。 「ふみゅ…ん、んー、んむぅ…」 疲れただろうソアラを寝かせまいと舌を回す俺に、健気にも応えてくれる貴方が愛おしくてしょうがない。 「俺も愛してる。生涯、貴方を放さない」 大切なことだからソアラの耳にとくと吹き込んだ。 ぶるっとソアラは身を震わせ、それから「嬉しい」と、鼻を鳴らして歔欷く神帝がいじらしい。鳴らした形の良い鼻から液体が出てようと舐めとってやるから問題もない。 それからまた、猿のように盛ってしまったのは許して欲しい。 愛してる。俺の神帝。 * 体を繋げるのが先で、付き合いは彼方に。 恋人らしくデートもしていないが、ずっと傍に居る。 矢張り友人以上であり恋人未満な関係は変わらず。 生涯を共に過ごす約束はしたから、それでよしとしておいて欲しい。 そんな内容の手紙を、ここに来る時も助けてもらった転送屋に預け、俺は今日も神帝を見守る。 手紙を受け取ったザリュは、その毛深い手でウホッと便箋を広げ、「元気ならいいやな。いつか鎖国が解かれたら、帰郷ぐらいしろや」と返事を寄越した。 神国フソクベツが、五神と島エルフの助けを借りて開国するのは、もう少し先の話である──────。 (終)

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