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第11話

 司が東京に帰って半年が過ぎた。  帰るまでの数週間、ずっと二人でいた。休みも合わせて出掛けたりもした。なるべくスキンシップをとるようにしていたから、はたから見れば相当なバカップルに見えただろう。  体に触れて、安心して、そこから先は全く進めなかった。哲也が求めればおそらく司は受け入れただろうが、マシュマロの海に飛び込んで貪り食うようなセックスはもうしたくなかった。  司は考えがあったのか、冬タイヤをはずしにやってきたとき、「一緒に東京に来る気はないか」と尋ねられた。しかし哲也はもう怖じ気付いてしまっていた。司が東京で「東京の司」になってしまうのが怖かった。それをまた哲也は「化け物を見るような目」で見て司を傷つける。 「俺がいないと、兄ちゃん困るから」  とても大人とは思えないような言い訳だったが、司は苦笑いで受け止めてくれた。  哲也には自分の世界をひっくり返す度胸はなかったし、司は哲也に世界を捨てろと言うまで傲慢ではなかった。  恋の終わりなんて何度も体験しているのに今回ばかりは堪えた。原因は自分のヘタレさ加減であることがわかっているだけに情けない。毎日毎日、あの時ついて行っていたらどうなっていただろうと後悔のし通しで、食も進まず仕事も少し休んだ。見かねた太一が自分と家族の住む家に哲也を呼んだ。  甥っ子、姪っ子に囲まれて過ごすうち、だんだんと元気を取り戻した哲也は夏の盛りになってやっと出社できるまでになった。  秋が来て、毎日の仕事に心の傷は埋まっていった。司の名を思い出しても、軽い胸の痛みにほんのりとした甘さを感じるだけになってきていた。  SDの内部で何が起こったのかは興味はなかったが、傷が癒えるにしたがって聞くともなしに流れてきた噂によると、司は本社に復帰し支店長には松井が就いたそうだ。  常務と葛城がどうなったかまではわからないが、司が本社に復帰できたということはろくなことになっていないはずだ。そんな噂話でさえ、もうどうでもいい。  冷たい風は時の過ぎるのを助けてくれるようで心地いい。哲也は海に山に、冬の気配を探しに出かけるようになった。  また、冬がきた。  一週間もすれば寒波がやってくる。さて稼ぎ時がやってきたと太一がもみ手をしている。  姫野自動車の玄関が開いて、ひんやりした風がカウンターで哲也がきっていた伝票をとばしそうになった。 「タイヤ交換お願いします」  入ってきたのは紺色のジャケットにベージュのマフラーを合わせたこの辺では見かけないあか抜けた青年だった。 「……司」  司は名刺を取り出して、哲也に渡した。 「このたび地区統括本部長として赴任しました、瀬堂司と申します」  ビジネスライクな挨拶に一礼を重ねると、顔あげる途中からもう笑い出していた。 「びっくりした?」 「……うん、びっくりした」  名刺にある住所はこの地方最大の中核都市だった。ここからは百キロほど離れている。 「ここまで、タイヤ交換しに来なくても」 「この辺では車関係の店はここしか知らないんだ」  司の笑顔からはあの花の散るような儚さは薄れ、どことなく肚が座った感じがした。自分の感情に自信がついたように見える。おそらく、家族との折り合いもついたのだろう。きっとこれからは自分が楽しいと思うことを心の底から楽しめるようになるに違いない。  司は変わってしまったが、それはとてもいいことだと哲也は思った。 「彼氏、いるの?」  哲也は頬に熱を感じながら思い切り首を横に振った。 「じゃ、遠慮しなくていいか」  司はカウンター越しに哲也の体を引き寄せて、唇を奪った。 『自分からキスしてくれた!』  司は哲也の心に花を咲かせた。そう簡単に散ったりしない花を。  勝手口の扉が開いて、太一が「ああもう散々だ」と愚痴を言いながら事務所の扉を開けた。 「なんだよ、うまくやってるじゃねぇか」  太一はそっと扉を閉めて、店の周りを十分ほど散歩することにした。

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