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ふたりで

朔未と玲司の場合 仕事の送迎の時も、ヴァルトのみんなで出かける時も。そして2人で出かける時も玲司の車の助手席に座るのは朔未だった。 「今日は寒いので、手を温めてください」 「おお、ありがとな」 寒い日にはカイロを、暑い日には飲み物を。道が混んでいる時には暇つぶしの話題を。 玲司にとって朔未は、助手席に置き心地の良い相手だった。 「せっかくのお休みなのに俺の趣味に付き合ってもらって良いんですか?」 「ああ、朔と休み重なるのも珍しいしな…あー…新しく出来た本屋、いやカフェか?」 「ふふ、どちらも正解ブックカフェです、ナビ入れますね」 「にしても本とカフェなんて、お前の好きなもんのセットじゃねぇか」 「そうなんです、本屋さんのエリアで買った本をカフェエリアで読んでも良し、持ち込みでも良し、読書抜きのカフェだけでも良し、みたいなお店なんですよ!」 大きな目が眼鏡の奥で輝いている。 「ははっ、嬉しそうに…じゃあ行くか」 アクセスが公共交通手段だと少し高くつく場所に数ヶ月前にオープンしたブックカフェ。オープン当初から行きたいと言っていた朔未に、休みが合ったら行くかと話を振ったのは玲司の方だった。 しかし、それから2人の休みはなかなか合わず。合っても予定が入っていたりで過ぎる事数ヶ月。 やっとの実現だ。 大型高層ビルの中に出来たそのブックカフェは長居歓迎を謳い本屋とカフェのエリアが仕切られていて、中には勉強中の学生やパソコンを開いている会社員なんかも居る。 「はぁ、入ったばかりなのにもうずっと居たいです」 「…広いな」 豊富な品揃えの本や提供される本格珈琲、好みでタイプの選べるソファ席、その全てにうっとりする朔未と、ただ空間の広さに驚いている玲司。 「玲司くんは、本読みますか?」 「どのくらい居るつもりなんだ?」 「ふふ、心配しなくても何時間も籠もりませんよ、珈琲を飲みながらキリの良いところまでは読みたいです」 「なら適当に飲んで待つか」 「そこの本棚はフリーブックですよ、試しに読んでみては?」 「そうだな、せっかくだし今日は朔の真似でもしてみるか」 大型ビルの真ん前は都会の中に設けられた公園になっていて、広い芝生広場からサイクリングロード、アスレチックに博物館もある。 ブックカフェの高い窓からは少し冷えてきた風に吹かれた木の葉が枝からいくつか攫われる景色が見えた。 「「………」」 静かに文字を追っていた朔未の目は、珈琲のカップを手に取るタイミングで対面の玲司に向けられた。 「あ、れ…」 「…ん?なんだ、もうキリ着いたのか?」 「いえ、玲司くんが眼鏡かけてたのでビックリして」 「なんでだよ、運転中も掛けてただろ」 「運転中しか、掛けたところ見た事なかったので…ドキッとしました」 「ああ、似合うだろ」 「ええ、とても…ふふ、レアな姿が見れました」 必要に応じて眼鏡を使っている玲司。普段は運転時限定の姿のため、外で掛けている姿は珍しい。 「山育ちは目が良いイメージあるらしくてよ、掛けてると勝手に残念がられるんだぜ…」 「え?ふふっ…そんな事があったんですか…あ、逆に俺は外して見せましょうか」 いつも掛けている眼鏡を外して見せる朔未。目が合わないのは視力が弱いせいだろう。隠れるものが無くなった朔未の素顔は、可愛いが全面だ。 返却口に向かっていた男性がみな、視線を向けていく。 「見慣れてても目を奪うよな、お前は」 「俺と2人で出かけるとデートだと誤解されるので、俺のこと知らない彼女さんが居る時は気をつけてくださいね…学生の時、それで大喧嘩した先輩が居たので」 「余計な火種起こしてるじゃねぇか」 「ちゃんと誤解は解きました、声を聞いても半信半疑でしたけど」 朔未に目を奪われた男たちはチラッと玲司にも視線を投げて行く。 「そりゃあ見るよな、こっちも」 不快そうな呟き。 「透流くんは、いつも笑顔を返してますよ、そうすると相手が目を逸らしてくれるそうです」 「やりそうだな、あいつ」 何見てるの?と笑顔だけで威嚇できる透流が容易に思い浮かぶ。 「ふふっ、あいにく俺は本に夢中なので…視界に入れるのは…俺の目の前に居る人だけです」 視界に囚われて小声で囁くように言われると、朔未の特別な存在になった気分になる。天然なのか、計算なのか。どちらにせよ愛らしい外見にその台詞が合わされば煽りになる。 「お構いなく、本だけ見てろ」 ただ玲司には効果がなかったようだ。読書に少し飽きてきたのか持ち物がカップに変わっている。 「あと少し読んだらキリが良いので、出ましょ」 「ああ、声かけろよ」 時間はページが捲れる音と共に静かに穏やかに過ぎていった。 ブックカフェを出た後、窓から見えていた公園を少し歩いて。車を出したついでの買い物をして。 まるでデートな、しかし距離は人ひとり分空いた、そんなふたりの休日。
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