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1 心残りのある少女の話

   俺の心地よい睡眠を邪魔するのは、いつだって同じ音。  大音量で響く、重低音とデスボイス。ああ…スマホのスヌーズ音が恋しい…あの子はいつだって、俺を優しく起こしてくれたんだ…。そんな現実逃避をしていても、音が止まる事は無い。  攻撃的な音と共に、がなり立てるボーカルが入り始めた辺りで限界になって、とうとう起き上がった俺は部屋を見回した。真ん中辺りに落ちているスマホの液晶が光り輝いて、そいつが指定された時間でなっているのが分かる。溜息をつきつつ立ち上がり、力いっぱいタップしてからこのスマホの持ち主である人物へ目を向ける。  そいつは吊られたハンモックの上で、いまだに安らかな寝息をたてていた。なんでこんな大音量で起きないんだよ。耳聞こえてないんじゃないか?睨み付けても寝ている相手には無意味なので、仕方なくバイトへ行く準備でも始めよう。  顔を洗って、歯磨いて、カロリーメイトに似た固形の栄養補助食を咥えながらタブレットの電源を入れた。特に腹が減らないから、物を食べる事は必要ないんだけど、どうも朝はちゃんとご飯を食べなきゃ気が済まない。これは生前の癖のようなもんだから仕方ない。  今日の担当は3人、少ない方だな。国境を守る兵士、街に住む老人、田舎村に住む少女…へえ、この田舎の村、皆殺しにあったのか。日付的にはもう2週間以上も経ってる。人が同じ場所、同じ時間にたくさん死ぬと処理が遅れるって聞いてたけど、こんだけの人数で2週間も遅れるのか。戦争でも起きたら遅延しまくりじゃん。とりあえず座標チェックを始めようとした所で、再びデスメタルが鳴り響く。スヌーズ切ったはずなのになんでまた鳴るんだよ!目覚まし2個目かよ!イライラしながらスマホを拾い上げて止めた所で、頭上で寝てた先輩がうめき声をあげた。 「カナトくん、今何時?」 「8時半です」 「え?!なに、8時半?!」  勢いよく起きたせいで、バランスを崩してハンモックから落下してくる先輩は、派手な音を立てて俺の足元で丸まった。痛さを堪える先輩の前へしゃがみ込んでスマホ画面を見せつけると、暗く空いた穴が更に大きくなったような気がする。実際骸骨だから変化してないけど。 「えぇ?!やばいやばい!やばいよ、カナトくん!ボク今日主任ミーティングあるんだよ!」  ああ、だからいつもより早い時間で目覚まし鳴ったのか。目の前で慌てふためく先輩は、着ていた黒のスエットを脱ぎながら洗面所へかけていく。洗濯機洗面所なんだから、ここで脱ぐなよ。栄養補助食を咥えながら脱ぎ散らかされたスエットを拾って後を追うと、そこにはトランクス一枚の骸骨が必死に洗顔フォーム泡立ててる姿があった。この人が顔洗ってる所初めて見たけど、骸骨なのになんで肌気にしてんだろ…っていうか、時間ないんじゃなかったのか。朝から突っ込みが追い付かない。 「カナトくん!歩いて食べちゃダメだよ、お行儀悪いぞっ」  自分のバイトのチェックでもしようと、部屋へ戻ろうとした俺の背中へかかる声。それ、脱ぎ散らかしながら走ってった先輩に言われたくないっす。これまた慌ただしく戻ってきた先輩は、黒いローブに着替えて、鎌とスマホを持ちフードを被る。紛うことなき死神になった所で、3本指を立ててポーズを決めた。 「それじゃあ、行ってくるね!今日もボクの仕事を少し振り分けといたから、よろしく!」 「もうチェック済みです。分かってるから、早く行ってください…」 「おおう!ミーティング始まってる時間だ!やばいやばい!いってきまーす!」  騒がしく出て行った先輩を見送り、やっと静かになった部屋にため息を吐く。あの人、なんであんなんで主任になれたんだろう。主任って簡単なれるものなのか?本当に謎。  自分の出の時間もあと少しと迫ってきてるし、さっさと準備を始めよう。クローゼットから出してきた黒スーツを着込み、白手袋をして、骸骨のフルフェイスマスクを被る。先輩は骸骨だけど、俺は生前のままの姿なので、見た目はしっかり人間だ。流石にこのまま現れるのはまずいらしく、バイトをする時はこれ被ってね☆と初日に渡された。被るとマジで骸骨頭になる上に、視界も変わらないし、息苦しくもないので快適だ。ちなみに、主任にならなきゃローブと鎌は持てないらしい。  準備が終わり、何も無い目の前の空間に鍵を差し込めば、ドアが現れる。ドアノブ上に埋め込まれてる液晶へ、指定通りの座標を入力。  さて、時間だ。本日も、命を終えた者達を迎えに行く、死神バイトを始めよう。  ◆  村は壊滅。炎が放たれたのか、焼け落ちた木や家々、小川の上に掛けられている石の橋は崩れ落ち、辺りには赤黒い染みがたくさん残っている。幸いな事に、事切れた人たちの姿はどこにもない。誰かが埋めてくれたのか、処理してくれたのか…。夕焼けに照らされる村は、不気味なほどに静まり返っていた。 「おかしいな…」  座標を間違えたか?片手に持っているタブレットを開きGPSで確認するが、間違ってはいない。誰もいないって言うのはおかしい。このバイトも慣れるぐらいにはやってきたけど、いつでもドアを開けば、そこに対象者が立っていた。死体の位置が移動している可能性があるので、それが影響してるのか?先輩に聞いてみたいけど、このタブレットは生憎通信専用機だから連絡手段はない。 「探すか…」  仕方がないので、村を一周することにした。俺たち死神は、基本的に生者の居る世界では歩けない。いや、感覚的には歩いてるんだけど、常に人の頭の上を浮いている状態で歩いてる。  ふわふわ浮きながら辺りを見回すと、沢山の石が置いてある所があった。辺りの土が盛りかえっていて、花もあるって事は、粗末ながらも墓のつもりなんだろう。  そこにもいないとなると、もうこの村にはいない可能性も出てくる。時間が経てば彷徨い始めてその場にいなくなり、回収しきれないまま放置とか、最悪魔落ちする場合もあるって聞いてるから早くしなきゃマズイ。早足で歩き始めてしばらく、焼け落ちた小さな家の前で呆然と立ち尽くしている少女を見つけた。居た、今回の対象者だ。 「こんばんは、ミアさん」  俺の声に驚いて振り返った少女は、俺の顔を見て小さい悲鳴を上げた。まあ、それが普通の反応だろうな、骸骨男に声掛けられたらビビる。俺も最初はかなりビビった。でも、それをされた側は結構ショックなのも身をもって知った。 「し、死神、ですか…?」 「そうです。お迎えに上がりました」  察しの良い少女の言葉に頷くと、顔を真っ青にして首を振った。 「ま、待ってください…!まだ、まだ私は…!」 「貴女は既に死んでいます。自身の死体もご覧になったのでは?」 「それは…!でも、まだお兄ちゃんを…!」 「…ご一緒だったのですか?」 「いいえ…お兄ちゃんは、薬草を採りに森に出ていて、留守の時に襲われて…」  最期の時に一緒じゃなかったから、どうなってるのか気になるのか…。分からなくもないけど、俺にそれを言われてもどうしようもない。今までもそう言う話はたくさん出てきたが、無理やり連行してったわけだし、今回もそうするだけだ。 「悪いですが、俺にはどうしようも」 「お兄ちゃんが村に帰ってきた時はまだ魔族の残党がいて、危ない!ってところで、勇者様が加勢してくれたんです」 「いや、だから、俺にはどうしようも」 「一緒に戦って、私たちを弔ってくれた後、勇者様たちとご一緒してました。近くの大きな街へ行くと言っていたので、絶対にそこに居ます!」 「え、あの、話を」 「場所は分かります!お兄ちゃんを見てからじゃ逝けません!さあ、行きましょう、死神さん!」  迷いなく腕を掴まれ、少女は歩き出す。この子さっきまで沈んでたじゃん、なんでこんな切り替え早いんだ…?!勢いに押されて、流されてしまった俺は、仕方なく歩き始める。まあ、これが最後の仕事だし、待機室まで送り届けられたらそれでいいか。  なんて、考えていた時期が俺にもありました。 「あの…いつまで歩くんですか?」  もうとっくに日は暮れ、あたりは真っ暗の中森を歩いている。正しい道を歩いてるのか、迷ってんのかさえ分らない。流石にもう疲れたんだけど…体は疲労感じないんだけど、こう…気分の問題で。  俺の問いかけに、少女は困り顔でこちらを振り返る。嫌な予感は的中して、迷ったことを告げてきた。あんだけ威勢よく出てきた手前言いにくかったのはわかるけど、もうちょっと早くに言って欲しかったよ。  ここまできたら、乗り掛かった船だ。一目ぐらいは兄の姿を見せてやろうと思い、タブレットを起動する。街の名前は分かるので、検索をかければ直ぐに詳細情報と座標が表示された。ポケットから鍵を取り出しドアを出現させて、今さっき調べた座標を入れる。ドアノブを回して押し開けると、その先には灯が輝く市街地が広がった。 「目的地、ここですよね?」  呆然としている少女に声をかける。我に返った少女は、大きく首を縦にふって返事をしてきた。ドアマンよろしく片手で入る様に促すと、少女は恐る恐る通り抜け、俺もその後を続く。ドアを閉め鍵を引き抜けば、そこには最初から何も無かったように暗い空が広がっていた。 「さて。お兄さんはどこに?」 「えっと…」  この街は広い。街に居るだけでは探し出せる訳も無いので、具体的に何処にいるか問い掛ければ、少女に誤魔化すように目を逸らされた。まさか…街に行けばなんとかなるとでも思ってたのか?視線だけで問い詰めるように少女を見つめると、ごめんなさい!と頭を下げられる。まじかよ、ここまできて手掛かりなしとか…。  流石にこれ以上は付き合えない。待機室へ送り届けようと考えてたところで、少女が大声をあげた。 「あー!お兄ちゃん!」 「え、マジで?!」 「お兄ちゃん!待って、お兄ちゃん!!」  遠くに見えるのは、薄汚れたマントを身に纏い、ブルーシルバーな長髪を後へ一つにまとめた男。確かに、髪色は目の前の少女と同じだ。走って後を追う少女に続き、俺もその男を追った。  男はすぐに近くの建物へと入っていく。下がってる看板的に、宿屋だろう。生者の世界では物体は簡単に通り抜ける事ができる。ドアノブを引こうとしても、通り抜けてしまい握れずにいる少女の横を通り抜けて中を探せば、階段を上がる男を見つける。俺の後を緊張しながらゆっくりとついてきた少女と共に男が入っていった部屋まで追いかけると、中には他に4人の男女がいた。 『ルカ!良かったわ、心配していたのよ!』 『ああ、すみません。どうしても買い足したいものがあったので…』 『何事もなかったなら良かった。だけど、次からは一声かけてから出かけてもらえると有り難いよ』 『そうですわ。あんな辛い事があって、まだそんなに日が経っておりませんもの…もしもの事があっては…』 『大丈夫ですよ、皆さんのお陰で吹っ切れました。妹の為にも、僕も力になりますから』  そう言いながら優しく微笑む姿を見て、部屋の空気が良くなった気がする。それを確認してから、男は先に休みますねと告げ部屋を出ていった。おそらく、これが少女の言っていた勇者のパーティだろう。勇者っぽいのの隣には大柄な格闘家っぽいのとか、壁に背を預けて黙って見てる狩人っぽいのとか、露出しまくりの魔法使いっぽいのとかがいる。  コテコテなパーティに心の中で苦笑していると、少女が男の後を追うように歩き出した。もう十分だろうと引き留めようとしたが、唇を噛みしめ泣くのを堪えている顔が見えてしまい、止めようとした手がそれ以上動かなかった。元気だったのに、突然悲しそうな顔をするだなんてよくある事なのに…何故だかこの少女には、どう接して良いか分からなかった。なんでこんな気持ちになるのか分からずもやっとしたけど、とりあえずはこれが終わってからで良いか、と言い訳をして俺も男と少女の後を追った。  暗い部屋の中。灯りも付けず月明かりが差し込む窓辺に座っていた男は、懐に入っていた袋を取り出し中身を窓際に広げる。中から出てきたのは沢山の赤い実で、更に懐から取り出した青い石を赤い実の隣へと置いた。 『ミア、お前の好きなクアの実だ。大きな街では簡単に手に入るよ…』  青い石を愛おし気に撫でながらひたすらに語り掛ける姿は、到底吹っ切れたようには見えない。それでも、男は泣く事は無く、微笑みを浮かべ続けていた。あの石は、少女の形見なんだろう。しばらくの間無言で石と赤い実を眺めていた男は、石を両手で持ち上げると大事そうに懐へとしまい込んでから、窓辺に広がる赤い実を一粒摘み上げ口に含む。 『酸っぱ。 …ほんと、何でこんなの、好きだったんだろうなぁ…あいつ…』  ここが潮時だろう。小刻みに震えている少女の肩を叩くと、数回頷いて返事をした。  鍵を取り出し帰りのドアを出しても、動かないでいる少女を促す。ボロボロに泣いている少女は、気合を入れるように大きく息を吐くと、男へ向かって頭を下げた。 「お兄ちゃん!今まで育ててくれて、有難う御座いました!私はとってもとっても幸せでした!お兄ちゃんの妹で良かったです!私は、もう、死んじゃったから…、私の分まで、生きてください…!」  頭を上げた少女は、こちらへ体を向ける。もういいのかと確認をすれば、泣いてる癖に微笑んで大丈夫だと頷いてきた。笑い方があの男そっくりで、兄妹なんだなぁと思った。  ドアノブを押し開けると、白い廊下が広がる見慣れた光景が現れる。ゆっくとした足取りで廊下へと向かう少女の後を追い、俺も中に入って、閉める。  その瞬間、勢いよく少女が振り返り、大声で叫んだ。 「やだよ、お兄ちゃん!やだ!一緒に居たいよ…!!」  その声が届いたのか、男が何かに気付きこちらへ視線を向けたが、目が合う事は無く、完璧にドアは閉まる。鍵を抜き取り完全にドアが消えると、少女はその場へと崩れ落ちた。 「お兄ちゃんは、私の親代わりでもあったんです。だけど、家事全般がほんとにダメで、私が代わりにやってました。私が居なくなったら、お兄ちゃんの世話誰が見るのかなぁ…?研究ばかりの引き篭もりなんですよ?」 「……ミアさん」 「料理失敗しても、ありがとうって言いながら食べてくれる、優しいお兄ちゃんでした…大好きだった…こんな事になるなら、もっと大好きって言っとけば良かった…もっと、一緒に居たかったよ」  見慣れた光景だ。ここに連れてこられた奴らは、大抵こうやって泣いて悔やむ。だから、俺は感情に流されずに、次が詰まってるからと割り切り事務的に待機室へと連れて行く。  だけど、やっぱり今日だけはそんな気にはなれなくて、じっと泣きじゃくる少女を見つめていた。  白い廊下に、今日も泣き声が響き渡った。 (心残りのある少女の話。)

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