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最近の俺たちの話

  「奏斗って、自炊しないの?」  今まさに、レンチンが終わったコンビニ弁当を、割り箸を割って食べ始めようとしていた俺へ投げかけられた言葉に、動きが止まる。  隣りに座り、チューハイの缶を傾けながらこちら見ているのは、元賢者の流伽。  死神バイト時代に知り合い、転生を経て、同じ時代の同じ国の同じマンションの同じ階で出会った俺たちが、また寄り添うようになったのは必然だろう。  そんな運命を感じさせる相手は、俺の持ち帰ってきた惣菜をつまみに、俺が買い置いたチューハイを飲みつつ、俺の食べているものに小言を挟んできた。  ムッとして流伽を睨む。相手にも怒ったのは伝わっているんだろうけど、どこ吹く風だ。何食わぬ顔で、箸でゴーヤチャンプルのメインであるゴーヤを端へとどかしている。 「そう言う流伽はどうなんだ?」 「ええ、俺?俺カップ麺しか作れないけど…何?食べたいの?」 「…食べなくない」  予想通りの返事にため息が漏れる。  日本で20年暮せば少しは変わるのかと思ってたけど、流伽は賢者の時のルカのままだ。だからこそ俺のことを覚えていて、未だに男の俺に好きだと言ってくれるんだろうけど…そこは変わっても良くない?って所もそのまんま。  まあ、別にいいんだけどね。好きだし。  これ以上話しても無駄だろう。  肉しか乗っていない弁当を崩して食べ始める。ついでにテレビのチャンネルを変えれば歌番組がやってた。これでいいか。  きらびやかなライトを浴びながら歌って踊るアイドルは、まるで別の世界の人間で…少しだけバイト時代を思い出した。  あの頃、気にも止めていなかったけど…生者って言うのは、このアイドルたちみたいにみんながキラキラしてたんだ。  これを見ていれば、生きてるものに引き寄せられるのは、当然の事なんだって言うのが理解できる。 「どうしたの?」  懐かしい記憶から呼び戻されたのは、不安げな流伽の声。  賢者だったせいか、こいつは人の感情の変化には目ざといんだった。別に懐かしいって思っただけで、やましいことは何も無い。だから大丈夫ってとこだけ伝えたけど、探ってくるような視線をやめようとしない。 「生きてるんだなって、思っただけだから」  観念して白状したらしたで、なぜか悲しげな顔をされた。  流伽にとって、死神バイトってのは良くない印象があるらしい。  俺は特に辛いことなんて無かったし、いい体験をさせてもらったと思ってるんだけどなぁ…そう言っても、同意出来ないって感じるなら仕方ない。  俺だって、何度も死んで生き返るなんてつらすぎるって思うけど、流伽としてはあまり気にするところじゃ無いのと同じだ。  これ以上話せば言い合いになるのは分かってる。  だから話題を変えようと目をそらすと、入ってきたのはテーブルの上の缶チューハイ…一本目だと思ってたそれの奥に、プルタブが起こされ二本目を見つけた。 「…なあ、それ…」  俺の視線と声色だけで察した流伽は、空になっているであろう二本目の缶を、ゆっくりとテーブルの下へと隠す。そんな光景までしっかりと見ているから、今更隠しても遅いけど…気分的に隠したいのは分る。分かるけど…これは許せない…! 「お前、俺のまで飲んだ?!」 「奏斗の部屋で飲む酒はうまいよね」 「騙されないからな!」  視線をそらそうとする奴の肩を強く掴んで、こちらを向かせる。困ったように笑う顔がイケメンで、更に怒りを増幅させたけど、これも顔が良い流伽が悪い。 「あ~、悪かったって。でも、奏斗そんな飲まないじゃん」 「そう言うんじゃないだろ!」 「ごめんってば、一緒に飲もう」 「はあ?お前開けちゃってるだろ」  何言ってるんだこの男は。指摘した俺に、流伽は悪びれる事も無く缶へ再び口をつけてから顔を寄せてくる。まさかと思った時にはすでに遅くって、唇が塞がれた。   「ん…っ」  何をしたいのか分るけど、それに応えるために口を開きたくない。  そのはずなのに、口付けられたら薄く開くようになってしまった俺の唇は、自然と開いてしまう。そうすれば、流れ込んでくるのは温まったアルコール。  ゆっくりと口内に満たされて、こくりと喉を鳴らすと、もう一度流れてきて…やばい、普通に飲むより回りそうだ… 「っ…はぁ…ッ、」  開放され、空気を吸い込む。さっきまで何とも無かったのに、突然部屋の空気まで甘ったるく感じた。  目の前で自分の唇を舐め上げた流伽をまじまじと見てしまったからかもしれない…。 「ほんと、そういう従順なの、可愛い」 「すきで、なったんじゃ、ない…!」  軽く押され床へ倒れ込んだ俺の上に、馬乗りになる流伽を睨み返す。長い流伽の前髪が、俺の額に掛かる程度には顔が近づいてきた。 「怒んないでって、今度プレミアムなビール補充しとくよ」 「だめ、一番高いの」 「ん、りょーかい」  楽しそうに微笑む流伽は、更に顔を寄せてくる。自然と目を閉じて受け入れた口付けから、セックスに流れ込むまで時間は掛からなかった。  真っ白で、俺達しかいない部屋でしかしたこと無かった行為が、今は色の溢れた部屋で、俺たち以外の音もする中でしている…  首元を吸い上げる流伽の口付けに感じながら、そんな変化を少しだけ嬉しいとぼんやり感じた。  ◆ 「あざっしたーーー」 「もお、藍川君聞いてる~?!」  自動ドアの外へと聞いて行った客を見送る俺の隣で、バイトの同僚がきゃんきゃん叫ぶ。甲高い声で叫ばれると、耳が痛いからやめてくれ…タダでさえ、昨日流伽とヤったせいで腰が痛くてげんなりしてるんだから… 「聞いてるよ、イケメンの客だっけ?」 「そう!もーーー、やばいのよ!身長も高くてスラッとしてて、少し長めの前髪なんだけど、それがまた知的な感じ。それなのに、ゴムだけ買ってく肉食感!まじでやばい!」 「あー、そうだね、やばいやばい」  見たことも無い人間の話をされても、つまらない。しかも、それが男って…この人は俺のことをなんだと思ってるんだろう。  適当に相槌を打っていれば満足なのか、同僚のイケメントークはヒートアップしていく。  この近くに住んでるのか、LINEの番号渡しちゃおうか、なんて騒ぐので、すべてにそうだねと返しておく。上がりの時間まであと三十分…早く過ぎてくれないかなぁ。  欠伸を噛み殺している所で、再び自動ドアが開く音がした。考えなくても反射的に出るいらっしゃいませーの間延びした決まり文句と共に視線を向けて、ぎょっとする。  そこには、今朝まで一緒だった流伽の姿。  俺が働いてる間はバイト先にはくるなって言っておいたはずなのに…!少し先にもあるんだから、そっちのコンビニへ行ってくれよ…!  そんな念を込めて流伽を見つめていると、あいつはチラリと俺の方へ視線をやってから、何でも無い顔でカゴを手に取って店内を歩き出した。  まじか、シカトか…むしろ、分かっててやってるよアレ…  絶望で固まる俺を覚醒させたのは、流伽が棚に隠れ見えなくなった瞬間に猛烈な勢いで俺を叩いてきた同僚だった。  痛いから叩くのやめろ…!腕を引くと、やけに鼻息の荒い同僚が顔を寄せてくる。 「あの人、あの人だよ!!イケメンの彼!!」 「えぇ?!」 「本当イケメンだよねぇ…!しかも今日はカゴ使って買い込んでるよ、やだどうしたんだろう?!」  嘘だろ、噂してたのが流伽とか…いや、まあ、イケメンだけど、それは認めるけど。  お酒買ってる~って言う声にはっとして視線を戻すと、冷蔵庫からビールをとっている姿が見える。しかも金色の缶の高いやつ…それから、総菜と、二人分の弁当と、スナック菓子をカゴに放り込むと、レジに向かって歩いてきた…こっち来るな…!  聞いたことも無い甘えた声でいらっしゃいませ~ってアピールする同僚を完全スルーして、俺の立ってるレジ台へとカゴが置かれた。こいつ、絶対にわざとだ…!  引きつりそうな顔を維持させているのが精一杯な俺に、流伽は爽やかな笑顔を浮かべる。まるで賢者の様な表情に嫌な予感がした。 「お疲れ様、奏斗君。会計お願いしていいかな?」 「い、いらっしゃいませ…」 「制服姿あんまり見せてくれないから、見に着たんだ」 「さ、左様ですかぁ…」  やめろ…話しかけないでくれ…真横に居る女が今、凄い輝いた目をしてこっちを見てきている…絶対にこの後詰め寄られるパターンだってば… 「昨日リクエストしてたのって、この銘柄で良いんだよね?」 「あ、う、うん…ソウデス…えー、お会計が、」 「あれ?お弁当温めて欲しいんだけどなぁ?」 「ぐ…、かしこまりました」  なぜそんな絡んでくるんだろう…もうやめて欲しい…俺悪いことしてないのに、なんでこんな事になってるんだ…。 「そういえば、ゴムってまだ奏斗君の部屋あったよね?」 「おま、なんてこと言ってるんだよ?!」  電子レンジのボタンを押している俺の背中へとかけられた問いかけに、我慢しきれずに大声で返す。振り返れば、引っかかったと腹黒く笑う顔が待ち受けていた。  ハメられたって分かってるけど、どうしても我慢が出来ない…レジ台へと手をついて流伽へと詰め寄る。 「今ここで言う事じゃ無いだろ!?」 「だって、奏斗が他人行儀なんだもん」 「バイト中なんだから当たり前!それに、外向けの流伽と話すのは初めてだよ」 「あれ、そうだっけ?今度賢者モードでヤってみましょうか。お付き合いますよ、カナト君」 「しない!!お前の敬語気持ち悪い!」 「お前、結構失礼だよね。で、ゴムの残りは?」 「あるよ馬鹿!」  顔を赤くして叫ぶ俺の後ろで、無機質な電子音が響く。あ、温め終わった…後ろを振り返ろうとして、真横にいた同僚と目が合った。その瞬間、血の気が引く。  やばい、頭に血が上りすぎて、完全にこいつの事を忘れていた…背中にだらだらと冷や汗が伝う。言い訳なんか出来ないだろう、この状況… 「そちらのお姉さん、僕たちの関係ですが…秘密にしてもらえると嬉しいです」 「は、はい…!」 「ふふ、ありがとう」  今まで死神として後ろで見てきた賢者を目の前で見て、違和感しか感じない。鳥肌ちょっとたった…。それなのに、言われた相手の方は赤くなって頷いている。この世界でもこいつ魔法使えるんじゃないのか…  流伽は、雑に詰めた弁当の袋を受け取ると、先に帰ってるからと言い残して、外面の良い笑顔を浮かべながら帰ってくれた。  その後ろ姿が見えなくなってから、やっと息を吐き出す。バイト先にあいつが来るだけでこんなに疲れるって…なんでだよ… 「あの、藍川君…」 「は、はい…!?」 「私、誰にも言わない、藍川君がホモで、同棲してて、彼氏イケメンで、ゴム頻繁に買いに来るぐらいヤりまくってるとか、誰にも言わないから…!」 「え…?!いや、ちょっと待って、」 「言わないんだけど、男同士でもやっぱりゴムってつけるものなの?やっぱ藍川君が女側?男同士って気持ちいもの?告ったのってどっちから?」  ああ、だめだ…これめちゃくちゃ面倒くさいやつ…  爆弾投下して逃げていったよ、アイツは…本当に、性格悪いのは今も昔も変わらない…!  それでも、そんなの好きになった馬鹿は、俺なんですけどね…。  あと三十分なんて思ってた時間は、とうに過ぎてしまっていた。 (最近の俺たちの話。)

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