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10 俺のこれからの話
賢者を見送ってから数日1人ぼんやりと過ごすことが多かったけど、このままじゃいけないのは分かってる。少しでも、気を紛らわしたくて、バイトはその2日後には入れてもらった。いつまでも泣いてばっかじゃいられないし、部屋で塞ぎ込んでた方がおかしくなってきそうだった。
いつも通りの毎日が戻ってくれば、なんとなく気持ちも落ち着いてくる。やっぱり、外に出るのが正解だったみたいだ。バイトの内容が内容なだけに、たまに思い出してうるっときたりもしたけど、部屋で横になってるよりは全然マシだ。悲しくなったとしても、部屋に戻ってくれば他人事。更にシャワーを浴びれば、悲しい話だったなー程度になる。気を紛らわすって言う事にうってつけで、気付けば無意識に涙が出てくるなんて事も無くなっていた。
そんな、やっと平穏を取り戻せたある日。いつもより少し早い時間に玄関が開く音がした。珍しい事もあるなぁなんて思いながら出迎えて見れば、更に珍しく先輩がホールケーキやらを大量に抱えて立っていた。
「あ、カナトくん…。ただいま!」
両手を塞がれている箱を、床に置くか置かまいか悩んでいた先輩が物音に気づき顔を上げた所で目が合う。荷物持って、とか声をかけるより前に挨拶をしてくるのが先輩らしい。
おかえりなさいって返しながら、抱えていた荷物を受け取る。
「これ、冷蔵庫で良いっすか?」
「あぁ…うん。お願いしても良い?」
「うっす」
靴を脱いでる先輩の返答に頷いて、冷蔵庫へと向かう。そんな俺の背中越しから聞こえてきた小さな溜息に、違和感を感じる。どうも気落ちしてるような雰囲気があるけど、俺と話してる時は笑顔(表情は変わってないけど)なので、どうかしたのかとは言い出しにくかった。
お土産を持って帰ってきてくれる事は多々あったけど、毎回テンション高く声を掛けてきてくれる。特に、こんなホールケーキを用意してるなんて祝い事に違いないはずだ。なのに、先輩は食べ物を俺に任せたら、洗面所へ逃げるように引っ込んでいった。
これは絶対に何かあった。部屋に戻ってきたら問い詰めようって決心したのに、戻ってきた先輩はいつもよりテンションを上げた状態だった。
「オードブルあっためよう~!唐揚げ多めに入れてもらったんだ!」
テキパキと食事の準備を始めてしまい、完全にタイミングを逃す。しかも、背中からは聞くなオーラ全開で…為す術もなくテーブルを拭く任務を遂行するしかない。先輩の事だから、俺にも関係ある内容なら絶対に話してはくれるだろうし…相手が話してくれるのを待つしかないか…。
なんて思ってたけど、目の前に次々と並べられるご馳走にいつの間にかテンションは上がる。小さいテーブルに乗り切らない量に、ケーキが食べれるか心配になる程だ。とりあえず、まずはこのご馳走を食べることに意識を切り替え、俺は機嫌よく正座待機で先輩を待つことにしよう!
とりあえずお疲れ~!と始まった宴会は、料理が半分ぐらいになるまで謎のテンションのまま続く。そろそろ切り分けなきゃお腹いっぱいになっちゃうかな?って先輩の発言がなきゃ、きっと俺は目の前のオードブルを食い滅ぼし気持ち悪さと戦ってたに違いない。
ケーキを切り分けてくれる先輩に代わり、皿を並べる。少し大きめに切り分けた方を、俺に差し出してくれた。神だ…。大きく抉りとった一口分を頬張り幸せに浸る。
そんな俺の様子にくすくすと笑いを漏らした先輩は、カナトくんだなーって訳が分からん感想を言っていた。
「ありがとうね、カナトくん」
「…?何がっすか?」
突然の礼に理由も分からず…素直に質問を返す。さっきまでの雰囲気とはうってかわり、先輩は唐突に手にしていたフォークをそっと皿に戻す。
背筋を伸ばして俺を見てきた先輩に釣られ、思わずフォークを置いた。
「先延ばしには出来ないし…これは、キミに言わなきゃいけない事だ」
俺も胡座にしてきた足を、正座にし直す。しっかりと見つめ返すと、少し寂しげに笑ったような気がした。
「カナトくんは、明日裁決室行きが決定したよ」
「それって……」
「転生までの一定期間が終了したんだ。ボクもさっき知らされて…突然でごめんね」
「でも…バイトは…?」
「新しく生まれ変われるんだ、バイトも今日でおしまいだよ」
お疲れ様、と優しく声を掛けられたけど、真っ白になった頭では反応が出来なかった。
突然始まったこの生活に理不尽さは覚えたけど、決して辛くもつまらなくも無かった。むしろ、楽しかったんだ。それが突然終わりを告げられた。始まりもそうだったんだし、終わりもいきなりなのはそれらしいけど…こんなにもいきなりだと、流石に心の準備が追い付かない。
「ささやかだけど、これはお祝い。帰った時すぐに言えば良かったんだけど、カナトくんの顔みたら急に寂しくなっちゃってさぁ…」
照れくさそうに笑った先輩は、わざとらしく頭をかく。そんなので誤魔化される程、先輩との仲は短くないつもりだ。
優しく、心配性で情に厚いこの人の事だ、すごいショックなのは分る。だって、俺もこれで終わりだって言われて凄く寂しいって感じてるんだ。
なんか泣きそうで、堪えるために強く唇を噛んでたら、怒ってると勘違いした先輩がごめんねって謝ってきた。あわあわしてるのを見てらんなくて、俯きつつも首を振って答えた。
「俺も、寂しい…」
声が震える。新しい門出だからって、折角先輩が明るく振舞ってくれたのに…それを台無しにしてるのだって自覚がある。だけど、期間限定で始めたこの生活が終わるって言われて、俺は今、めちゃくちゃ寂しいって感じてる。
賢者がいなくなって空いた穴を、先輩との生活で埋めてた所もあったんだと思う。落ち込んだ俺を気遣って、励ましてくれたのは先輩だった。やっといつも通りになれたって頃に、今度は先輩ともお別れだって言われりゃ悲しくもなるだろ。長いようで短かったこのバイト生活には、沢山の思い出もある。先輩も同じことを考えてたみたいで、えへへと笑った。
「本当に、今までありがとうね、カナトくん。ボクの不手際で死ななくても良いキミを死なせてしまったのに…文句も言わず、ボクの手伝いをしてしてくれたキミは、本当に優しい良い子だ」
「そんな…先輩には、お世話になったし…」
「カナトくん…!もう、やめてよぉ。本当に良い子だなぁ…」
涙ぐんで震えてるように聞こえる声だけど、先輩の暗い穴は相変わらず変化がない。感情豊かに見える人なのに、当たり前だけど実際には泣けないんだって言うのも初めて気づいた。
明日には会えなくなるんだから、今更気付いても仕方ないのにって思いつつ…この人も、いつか俺みたいに転生出来れば良いなって、願わずにはいられなかった。
◆
翌日。先輩の仕事は、俺を裁決室へ送り届ける事だけになったらしい。頼み込んで同僚へ仕事を任せてきた、と得意げに笑っていた。
賢者の時はドアで直前まで飛んでいったけど、裁決室へは歩いてでも行けるらしい。名残惜しい俺達は、無論徒歩ルートを選んで向かうことにした。見慣れた白い廊下を先輩と2人で歩くのは少し不思議な感じだ。
「そうだね。カナトくんを預かったのは、確かに申し訳なさもあったね」
賢者と最後に話していた、何で俺にここまで良くしてくれたのか…最後なんだしと思い切って聞いてみれば、意外と簡単に答えてくれた。
「でも、先輩が死なせたわけじゃないでしょう?」
「まあそうなんだけど…もう少し早ければ、何か変わったかもしれない~とか……ね?」
「俺は、先輩に拾ってもらえて良かったです」
「え、そ、そう?無理しなくても良いよ…?」
「何も知らないけど、恵まれた環境で転生までの期間を過ごせたって言うのは分るし…経験出来ない事をさせてもらえたし」
少し照れくさいけど、正直に自分の気持ちを伝えてみると、先輩は両手で口をおさえている。感極まってますって言うのがバシバシ伝わってきて、何だか嬉しくなってきた。
昨日あんだけ寂しいって言い合ったんだ。今日なんか、名残惜しくて泣き喚くかもなんて思ってたけど、先輩と話してるとふわふわして笑顔になる事が多い。今もこうやって笑って話せてるなんて、先輩はやっぱりすごい人だ。
待機室の更に奥、どこまでも続いてそうな長い廊下のその向こうに、裁決室への入り口はあった。
見覚えのある狭い部屋の中には、プレートのかかった扉が1つ。少し前に賢者と一緒に来たあの部屋で間違いはない。今度はここに、俺と先輩の2人で立っている。
「さて…分かってるだろうけど、あの奥が裁決室になるよ」
「…はい」
「ボクが送ってあげれるのはここまで」
一歩後ろに控えて居た先輩に声を掛けられ、振り返れば相変わらずの骸骨が立っている。すっかり見慣れてしまった先輩の姿を見納めてから、ゆっくり頭を下げた。今まで有難う御座いました、そういう気持ちを込めて十分に時間をかけ下げた頭を上げると、先輩と目が合う。変わらない表情だけど、柔らかく笑ってる気がした。
「新しい命の始まりだよ!頑張ってね」
両手を握ってぐっと気合を入れる先輩に、笑って頷いて見せる。最初から最後まで、明るく迎えてくれて送り出してくれる先輩の優しさに、最後まで救われっぱなしだ。
「ねえ、先輩」
「んー?」
「また、会えるかな?」
「…そうだね。きちんと天命を全うしたら迎えに行く。カナトくんのお迎えは、ボクで予約しておくよ」
「おお!それは楽しみだ」
「だから頑張って生きておいで!」
「…はい!」
元気いっぱいに送り出してくれた先輩へ、もう一度会釈してから前を向いた。白いドアノブを押し開くと、軽い音をたてて簡単に開く。溢れる光の方へと一歩、更に一歩と歩み出した。
ドアから手を放せば自然と閉まっていき、更に光が強くなる。あまりの眩しさに目が開けてられず、瞑ってしまった。
「もう目を開けて大丈夫です」
突然聞いたこともない声に呼びかけれて、慌てて目を開く。
だたっぴろい部屋の真ん中に執務机があって、そこにくたびれたスーツの男が座っている。顔は何故だが逆光気味で暗くなっているけど、声で座っている人物が男だとは判断できた。
ここが裁決室…?辺りを見回してみても、その机以外は何もない、白い部屋だ。
「貴方は事故でしたね。識別コード8097番より報告を受けています。死神業務の手伝いをしていたとか」
デスクトップPCの画面を読み上げ、画面越しにこちらをチラチラ見てくる男。聞いたこともない数字に、なんて答えていいのか分からない。死神バイトをしてたって報告を受けたって事は、数字は先輩の名前なんだろうか…?
男は、手元の書類を数枚捲ってから、キーボードを叩く。その姿を黙って見つめていると、突然カナトさんと名前を呼ばれた。
「は、はい?!」
裏返ってしまった俺の声に対しては何も反応はなく、キーボードを叩く音が止まる。
「転生先ですが、貴方は自由に選べます。どうしますか?変わらず日本にしますか?」
「そう…ですね」
「分かりました。……おや、賢者と随分仲が良かったようですね、オプションを追加しておきましょう」
「え、それってどう言う…」
カタカタ、タンッとエンターを叩いた音と共に、突然体が浮遊感に包まれた。足元の床が抜けて、自分が落下したんだって分かった時は既に遅くて、真っ暗な闇の中へと落ちていく。
「ひっ、」
あまりの恐怖に喉が引きつり声なんて出ない。さっきまで立っていた場所に空いた穴が勢いよく閉まれば、何も見えない程の暗闇へと変わる。
目を開けてるのかすら分からない暗闇と、どこまで落ちていくのかわからない恐怖…そこで、プツリと意識が切れた。
◆
「あー…だるー…」
折角講義のない日だってのに、午前中からバイトに駆り出されるとは思わなかった。入る予定だった女が体調不良だって言ってたけど、あいつ絶対に嘘だろ。男と遊びに行ってるに決まってる。
オートロック前で、鞄を漁りながら今日の出来事を思い出してると、今更ながらにイライラした。
高校卒業後、実家からだと少し遠い大学へ進学する事になった俺は、この春から一人暮らしを始めた。
駅前、徒歩5分圏内の10階建て。オートロック、宅配ボックス付きの1Kマンション。築浅でまだまだ綺麗な物件だから気に入っているけど、その分家賃もそこそこ高い。
だから、目の前にあるコンビニでバイトを始めたのも、引っ越してから割とすぐだった。廃棄を貰えるから食費が浮くしって事で結構な頻度でシフトを埋めてたら、いつの間にか休みの代打までも俺担当になってた。
そんな流れで、本日も代打出勤したわけだけど、流石に夜までは勘弁して欲しいって店長に頼み込んで、夕方には解放して貰ったわけだ。
貴重な休みがバイトで終わってしまった…。エレベーターに乗り込み、自然と漏れる連発の溜息は仕方ない事だ。今日は新作ゲームをやり込む予定だったのに…そのために、昨日のうちにダウンロードまで終わらせといたのに…。明日の一限サボろっかなー、なんて考えてればエレベーターの扉が開く。自分の部屋へ向かおうとした所で、俺の部屋のインターフォンを鳴らしてる人物がいるのに気付いて、動きが止まった。
広くも無い廊下だ。物音に気付いた相手も、こっちを振り返った。白いシャツにスキニーをはいてる、すらっとした細身の男。長めの前髪が片目にかかっている。俺の登場にひどく驚いていたその男と目があって、息が止まった。
どこか、見覚えがある…どこで見たんだろう?コンビニの客とか、すれ違ったとか、そんなもんじゃない。もっと昔に逢った事のある、とても大切な人。…確か、名前が……
「…る、か…?」
自然と出た言葉に、相手も顔色が変わる。見た事のある、苦しそうに笑う顔。一気にフラッシュバックしていく、生前の記憶。
そうだ…俺、死んだ後に、別の世界でこの人に逢ったんだ。
あの時は、ブルーシルバーの長髪を1つに縛り、ヒラヒラしたRPGみたいな服を着てた賢者だった。今目の前にいるのは、黒髪が耳に半分かかる程度の一般的な日本人だけど、顔とウザったそうな長い前髪は、あの時のまま変わってない。
「え……カナト…?」
嘘だろ…俺の名前、覚えてるの…?まさか、転生後に出会えるなんて…しかも、お互いが覚えてるなんて…!
だけど、これは現実で、実際に起こってる事なんだって言うのも頭のどこかで認識している。
こんな時は、なんて言えば良いんだろう…?あの頃よりも長く生きて、少しは成長してるはずなのに、賢者だった男を目の前にしたら途端に昔に戻ったように頭が真っ白になってしまう。
はたから見れば、呆然と見つめてるであろう俺に、体ごと向かい合うように立ち直した相手は、瞳を潤ませながら微笑んだ。
「久しぶり。…それと、初めまして。隣に引っ越してきました、中村流伽と申します」
「おう、久しぶり。…俺は、藍川奏斗って、言います」
言いたい事はいっぱいある。だけど、まずはこの粋な計らいに感謝しよう。
今、最高に楽しいよ、先輩。
俺の新しい人生が、今からスタートした気がする。
(俺のこれからの話)
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