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第1話おにーさんとの出会い

「魔術師は向いていないですね…治癒師なんてどうでしょうか?」  15を迎えた時に受ける魔力判定の結果は、そんな散々なものだった。  魔術師に憧れていた僕にとっては、この世の終わりとも言える診断内容。それでも、高い魔力を評価されて、治癒師の道が残されているのは恵まれている。田舎の村に生まれた僕にとって、王都への足掛かりを得たって事はすごい事実に変わりない。平凡で特に秀でている事も無い僕は、勇ましく剣を取り騎士になる道も、計算高く有益な判断を即に下す商人の道も選べそうに無い。  夢の職業からは掛け離れたスカウトだったけど…好条件の話に迷うこと無く飛び乗り、王都行きが決定した。  ◆ 「遅くなってしまったなぁ…」  補充予定の薬品がたくさん詰まった箱を抱え直しながら、薄暗い廊下を歩く。  治癒師として王都勤めを始めて早1年…雑用から、治癒班の当番メンバーに昇格が出来たものの、仕事のメインはやっぱり雑用が多い。  僕たち治癒師が常駐している治癒室は、急患用にいつでも開けてはいるけれど、治癒を施せる人間は圧倒的に足りていない。そのため、軽度の怪我や魔力酔いに関しては、治癒室に来るの前に、まずは自分で手当をするのが暗黙のルールになっていた。 命に関わるような重体患者に混じって、紙で指を切った程度の人が現れないのはありがたい。けれど、そんな軽度な人たちが使用する応急処置用の道具を補充するのも、治癒師の仕事になっている。  どちらにせよ、人員不足で逼迫している事に変わりはない。だから、下っ端である僕は今、とうに日も暮れて明かりが落ちている廊下を、こうして補充品が詰まった箱を抱えながら歩いていた。  誰もいないと思っていた魔術師団の執務室から、明かりが漏れていた。 エリートと呼ばれる人たちが詰めているこの部屋でも、こんな時間まで働いているのか…憧れている人たちが頑張っているんだから、僕も頑張らなきゃ!心の中で気合を入れて、部屋の前に立つ。  抱えていた箱を横に置こうとした時だった、突然目の前の扉がこちらに向かって開いてきた。前屈みになっていた為に、僕の頭には扉が直撃。衝撃に負けて、体がそのまま後ろへと倒れ込んでいく。 「おわ?!お前、大丈夫か?!」  想像以上の痛みに瞑っていた目を開け、上から降ってきた声の方へと顔を向ける。そこには、眩しいほど綺麗なイケメンさんが心配そうにこちらを見ている姿があった。  足元まで隠れる黒のロングコートに、銀の腕章…魔術師団の中でも更にエリート枠に入る、特務隊の印であるあの腕章が、左腕に下がっている。憧れの魔術師さん、しかも特務隊なんて言う雲の上の人みたいな方に話しかけられているなんて…!舞い上がってしまった僕に、言葉なんて話せるはずもない。 「あ…えっと…あの…!」 「悪い、こんな時間にまさか扉の前に人がいるとは思わなくて…どっか痛い?治癒師ん所行く?」  膝を折って顔を近づけられれば、なんだか良い香りが漂ってきた。実力があって、イケメンで、優しいなんて…特務隊の魔術師さんって本当に存在したんだ…。都市伝説だと思ってた…。 うっとりと眺めていたけれど、鼻をかすめた異臭にハッとする。慌てて隣を見れば、さっきまで僕が持っていた箱から液体が染み出ていた。正体は強力な魔力酔い中和剤の原液なのだけれど、こいつの臭いが半端じゃ無い。 「うわぁ?!」  急いで箱を開けて、むせ返るような臭いの中へ身を乗り出し確認をする。幸い、瓶が倒れて蓋が開いてしまっただけで、損傷はなさそうだ。戻してしまいそうな臭いと戦いながらも、蓋を閉めれば少しだけ薄まったような気がする。 「くっさ…何それ?」  ほっとした所で、声を掛けられて魔術師さんの目の前だったことを思い出した。視線を戻せば、端正な顔を歪めたその人が、僕の手元を凝視している。イケメンさんはどんな表情をしてもイケメンさんなんだって言うのを、目の前で認識した瞬間だ。 「あ…えっと、魔力酔いの中和剤です」 「中和剤?こんな臭かったかぁ?」 「これは原液なので…皆さんのお手元に届く物は、これを水で10倍程に薄めた物になりまして…」 「ほー、そうだったのか、知らんかった…っていうか、お前治癒師だったんだな」 「治癒師と言ってもまだまだ下っ端ですよ」  魔術師さんに治癒師なのだと言って貰えたのが嬉しい。照れくさくて頭をかいてる僕に、魔術師さんはニッと笑いながら変わんないだろと言うと、さっきまで僕が運んでいた箱を軽々と持って立ち上がった。釣られて僕も立ち上がれば、魔術師さんは部屋の中へと入っていく。 「ウチに用あったんだろ?中入りなよ」 「あ…有難うございます!」  顔だけをこちらへ向けている魔術師さんに、お礼をのべてから勢いよく頭を下げた。そんな僕の様子を見てか、魔術師さんから笑い声があがる。 「あっはっはっ、元気な少年だなー。おにーさんそういうの好きよ」  頭を上げれば、楽しげに細められた金色の瞳と目があった。  夜遅い時間だから、招き入れてくれた魔術師さんしかいないと思っていたけれど…室内の奥の方には、机に齧り付いている魔術師さんがもう一人いた。内心驚きながらも、失礼します!と声を掛けて頭を下げる。声に反応して、ちらりと僕の方へ視線を向けてから、直ぐに机へ視線を戻した…と思ったら、もう一度こちらへ視線を向ける。  しっかり目が合う事三秒。その魔術師さんは、ずり落ちていた眼鏡を指で押し上げると、突然立ち上がった。彼にも銀の腕章がついていたから、特務隊の方だ。  すごい…魔術師団の部屋でだって滅多に見ることもできない人たちなのに、こんな短い時間で二人も見れただなんて…!今日はとてつもなくついているのかもしれない! 「待て、待て待て!!エリオット!」 「んだよ、うっせーぞクレアちゃん」 「だからちゃん付けはするな…!じゃなくて、ナニやってるんだ?!」 「ナニって何?」  箱を持ったまま立ち止まり振り返った、エリオットと呼ばれた魔術師さんは、ものすごく面倒くさそうな顔をしていた。それを気にすることなく、クレアと呼ばれた魔術師さんは、立ち上がると大股でこちらへ歩み寄ってくる。翻ったコートの裾に書類が巻き込まれ、机から数枚飛び散ってしまう瞬間を目撃して、ハラハラしてしまう。  拾いに行った方が良いのか迷ってる間に、目の前に到着したクレアさんは、僕の両肩を両手で力強く掴むと、くるりと回転させた。勢いづいて回った体は、エリオットさんの方へと向く。 「よく見ろ!まだ子供だろうが!」 「そーね」 「そうって…」 「お前の方がよく見てみろ、コイツ治癒師」 「は…?」 「で、俺が持ってるこれは、常備薬の補充品が詰まった箱」 「…はぁあ?」 「さっき入り口で事故ってたっしょ。クレアちゃんってば集中しすぎて、まぁた気付かなかった?」 「ぐ…ッ」  ニタニタ笑ってからかうエリオットさんに、背後に居るクレアさんが震える。間に挟まれた僕はと言えば、成す術もなく戸惑いがちに二人の間で視線を行ったり来たりさせた。だけど、それもすぐに終わる。クレアさんが、もう一度僕の体を回転させたからだ。目が回りそうな程の勢いが怖くて目を瞑ったけど、両肩にかかる力強い圧力の方がもっと怖くて…怯え気味に薄目を開けた。  そこには、エリオットさん並に整った綺麗な顔の真ん中…上の方にある眉間へ深い皺が寄り、冷たく近寄りにくい雰囲気を更に強くさせた、クレアさんの姿。あまりの迫力に、喉の奥が張り付いたみたいで、ひゅっと息が抜ける音が口からもれる。けれど、そんな僕に構うことなくクレアさんは顔を寄せた。 「君は、あの男とふしだらな関係じゃないのか?」 「ふし…?」 「何か弱みを握られているだとか、断り切れず強引にだとか…!」 「なーんで、そっち方面に持ってきたがるわけ」 「お前が誰彼構わず体の関係を持っているからだろうが!」 「じゃー、本人に聞いてみろよ。少年はここに何しに来た?クレアちゃんに教えてあげな」  二人の勢い圧倒され見上げる事しか出来なかった僕に、エリオットさんが話を振ってきた。じっと見つめてくるクレアさんの眼力に怯みつつも、質問に答えるべく背筋を正す。 「ぼ、僕は、治癒師団から配備されている、常備薬の補充で伺いました」 「嘘は無いのか?」 「はい」 「なぜこんな遅い時間に?」 「えっと…本日は急患が多かったために、補充任務に当たれる人間が少なくて…」 「…南方での討伐任務は本日だったか…本当に補充で…?」 「はい…」  他にどんな理由で僕たちはこの部屋に訪れられるのだろう…?いまいちピンとこないけれど、自分の目的だけはしっかり伝えなければと思い、クレアさんの目を見ながら頷く。信じられないと言った表情を浮かべ僕を凝視してくるのは、とても落ち着かない。見つめ合う僕たちの後ろで、エリオットさんの満足げに笑う声が聞こえた。 「分かっただろ。ってことで、常備薬はこっち。付いてこいよ、少年」 「は、はい…!」  振り返ると、既にエリオットさんはこちらに背を向け歩き出していた。クレアさんに軽くお辞儀をしてからエリオットさんの後を追いかける。両肩を掴んでいた手は、思っていたよりも簡単に外れてくれた。  案内された部屋は、仮眠室のような場所だった。天井高くまである本棚が壁に沿って囲んでいて、真ん中にはくたびれたソファー。その上には毛布と枕が一組置いてある。ソファーの向かいに設置されている机に、見慣れた常備薬の箱が無造作に置かれていた。 「この箱って床置いも平気?」 「ああ、すみません、ずっと持って頂いて…!」 「気にしない、俺の方がガタイ良いしね」  よっと言う掛け声と共に、床に箱を置いてくれる。結構な重さがあるはずなのに、軽々としてて凄い。細く見えるけれど、僕よりも身長も高いし力は上なのだろう。  憧れの人と、こんな近くで会話出来るだなんて…急患の影響で直前に回る配置を変えられて、こんな時間まで仕事をしていた僕へのご褒美なのかもしれない。だけど、幸せに浸るのはまだ早い。僕に付き合って頂いているわけだし、早く仕事を終わらせよう。  腕まくりをしながら机の前へ膝を付ける。常備薬の箱を開ければ、ほとんどが無くなっていて驚いた。魔術師さんなのだから、常備薬に頼らずいつでも治癒室で治癒を受けて貰いたいけれど…忙しいから治癒室に行っている暇も無いのかもしれない…。少しだけ、多めに補充しておこう。隙間が無いぐらいにぎゅうぎゅうと薬を詰め込んでいると、ソファーに座って僕の手元を興味津々に見ていたエリオットさんが、へぇ、と声を漏らした。 「どうかされましたか?」 「え?ああ、下っ端と言いつつも、手慣れてるな~って思って。しっかりと仕事をこなす奴は好きだよ」 「へ?!そッ、そそそんな!!滅相もないれ、です…ッ!」 「噛んだ、うける。最初から気になってたんだけど、なんでそんなびくびくしてんの?俺、怖い?」 「怖くなんて…!!すごい格好良くて、素敵な方だなって思ってます…!」 「お、おう…あんがと」  反射的に出てしまった言葉に、エリオットさんは一瞬ポカンとした顔をして、すぐに頬を赤く染めた。それを見てから、とんでもない事を口走ってしまったと自分の失態に気付く。エリオットさんとは比べ物にならないぐらいに僕の顔も赤くなって、恥ずかしさで目も合わせられない。両手で顔を覆い隠しながらも、弁解しなければって気持ちが先行して、口は更に勝手に動いた。 「あのっ、僕、元々魔術師さんに憧れてて…!でも向いてなくて、治癒師になって…その、特務隊の方なんて初めて見て…!」 「ごめんごめん、なんとなくそんなんだってのは分かってた。おにーさん意地悪したよ、ごめんって」  楽しそうに笑いながらそう言って、髪を乱すように頭を撫でられる。顔を覆っている指を少し動かして覗き見ると、至近距離で意地悪そうに笑っているエリオットさんが飛び込んできた。ある意味視界の暴力で、心臓が止まってしまいそうだ… 「いやぁ、お前みたいな初々しいやつ久しぶりで、癒される。ねえ、名前なんてーの?」 「リ、リオです…」 「仕事は?これで終わり?」 「は、はい!」 「治癒室戻るんだよな?」 「はい、その予定です…!」 「ん」  短い返事と共に立ち上がったエリオットさんは、再び箱を軽々と持ち上げた。何が起きているのか理解出来ず、ただ呆然と見上げていると、明るい笑顔を向けられる。 「送ってくよ、治癒室まで」 「えぇ?!そんな、申し訳ないです…!」 「いーの、俺がそうしたいんだから。年上の言うことは聞いときなさい?」  そう言うと、軽くウインクして歩き出してしまう。特務隊の魔術師さんなんて憧れの超エリートさんに、僕なんかの荷物を持たせるわけにはいかない…!後片付けもそこそこに、僕は急いで後を追った。

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