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第18話 おにーさんと僕

   興奮しきってしまった自身をとめられなくて、気づけば空が白くなってくる頃にやっと落ち着けた。意識を飛ばしてるエリオットさんにも欲情してしまうのは、エリオットさんの干渉効果による物なのか、僕が貪欲だったのかは分からないけれど…  意識の無い体を硬くなった物で揺らしても、甘い声を上げて受け入れてくれるエリオットさんはとんでもなくいやらしかった。  次の日が休みだから、体力が尽きて死んだように眠れたのは本当にありがたい。けれど、先に回復をしたエリオットさんが起き出して、眠っていた僕の体をいじり始めたせいで目が覚めて…気づけばまた性行為が始まってしまって…そんなことを繰り返す。  まるで、発情期の動物みたいな二日間だった。  ◆  仕事中も止められない欠伸を噛み殺し、鐘の音と共に食堂へと向かう。  せっかく思いが伝わり合い恋人同士になったんだ、わずかな時間でも一緒にいたいと思っていたのは僕だけじゃ無かった。職場へ向かう途中、別れ際に昼は一緒に食べようと誘われた。  エリオットさんは普段お昼を食べないみたいなんだけれど、僕が食堂を利用していることは知っていたようで、昼になったらそこで落ち合う事になっている。  早めに来たおかげで、比較的空いている食堂を見渡し、窓際にエリオットさんが座っているのを見つけた。駆け寄れば、笑顔で出迎えてくれて、食事をとってくるようにと言ってくれる。  お言葉に甘えて、自分の食事とエリオットさん用の軽めな物を盆へと載せてから急いで席へ戻ってみれば、人影が増えていた。  先ほどまで一人だったエリオットさんの向かいに相席している二人…見覚えのあり過ぎるその背中に、なんとなく予想がつく。その二人越しに僕が戻ってきたのを見つけたのか、僕の恋人は綺麗な顔を綻ばせた。  そうすれば、突然雰囲気の変わった目の前の人物で察したように、二人は同時にこちらへ振り返った。 「邪魔している」 「お、リオ~。男前になったんじゃないか?」  薄く微笑むクレアさんと、ニヤっとした笑顔を浮かべているヴィンさん。  この二日間の出来事を揶揄しているようなヴィンさんの発言に、思わず顔に熱が集まっていく。けれど、僕が何かを言うよりも先に、隣に座っていたクレアさんが、思いっきりヴィンさんの事を叩いていた。涙目になっている…結構痛そう… 「気色悪い程上機嫌なエリオットで察しは付いたが、上手くいったようで安心した」  エリオットさんの隣、二人の向かいへ座った僕に、クレアさんが声をかけてきた。それに対して、気色悪いってなんだよ!とエリオットさんが文句を言っているけれど、大して怒っているようには見えない。むしろ、どちらかと言うと嬉しそうだ。  そんなやりとりが微笑ましくて、顔が緩んでしまうけれど…それよりも先に、僕は言わなきゃいけない事があるんだった。 「あの…ご迷惑をおかけしてしまってすみませんでした。お陰で、エリオットさんとも良好な関係を築けています。本当に、有り難うございます」 「エリオットにリオは勿体無いぐらいだが…どうか、よろしく頼む。どうしようも無い男だから、困る事も多いだろう。その時はなんでも言ってくれ」 「いえ、そんな…!」 「遠慮無くクレアに教わっとけって。エリオットの舵取り、クレア上手いから」  被せるようにヴィンさんにも言われてしまい、今度はそれに対してエリオットさんが文句を口にする。けれど、うちのリオ泣かしたら許さねぇからななんて逆にヴィンさんから言われてしまい、エリオットさんが誤魔化すようにそっぽを向いた。そんな二人の間でクレアさんは優雅にスープを掬ったスプーンを口にしていて…  別世界だと思っていた憧れの人たちの中に混ざって、こうやって食事がとれるようになるだなんて…少し前の僕にはとても想像が付かない事だ。 「リオ~、リオからも言ってやってくれよぉ。おにーさん、マジで心入れ替えて、今はリオ一筋だし」  助けを求めるように僕を見つめてくる金色の瞳に、思わず顔が緩む。  好きな人に、堂々と好きだと口にしてもらえている。 「はい、エリオットさんはとても可愛い、僕の自慢の恋人です」  ◆  扉を開ければ、ぴょんぴょんと、薬品棚の前でルーラが飛び跳ねているのが目に入った。  既に成長が止まっているのを認めない彼女が、未だにいつか届くかもしれないと台を使わずに挑戦している。その前向きな思考はとても良いとは思うんだけれど、その挑戦を、瓶が多く置かれている棚でやる為に、いつか怪我をしないかと心配だ。  彼女の後ろへと立ち、目的の薬が入っている瓶を手に取る。振り返ったルーラは驚いた顔をしていたが、見上げている相手が僕だと分かると、ほんのりと赤く染まった頬を膨らませていった。  一年経っただけなのに、幼さを残しつつも綺麗な女性へと成長している彼女がそんな顔をすると、まだ同じぐらいの背だった昔に戻ったような…少し懐かしい気分がした。 「はい、これでしょ」 「ご親切にどうも」 「拗ねないでよ、ルーラ」  見上げてくる彼女に苦笑をすると、拗ねてないわよ!と返される。僕の成長が始まり、彼女の身長を追い抜いた頃から始まったこの会話は、もうお約束だ。 「貴方、また身長伸びた?」 「そうかな?自分ではそこまで気づかないけれど…」 「ヴィンさんと同じぐらいあるんじゃないの?一年前は私と同じぐらいの、可愛いリオだったのに…」 「ふふ、でも伸びて良かったよ。いつまでも見下ろされてちゃ、隣は歩けないからね」 「あー、はいはい。うるさいわよ、イケメン」 「ルーラも綺麗になったよ?」 「たらすのも上手になったわね…」  ジト目で睨み付けてくる割には、照れているのがなんともルーラらしい。そんな可愛らしい所は変わらずにいてくれる。結構人気があるのに、自分では気づいていないし…最近ヴィンさんがやたらと気にしているのも頷ける。 「な、何よ…」  じっと見つめていたせいか、居心地が悪そうにルーラがもぞもぞと肩を動かし始めた。ごめんと謝りを入れた所で、昼を告げる鐘の音が響く。え、もうそんな時間なのか?! 「ご、ごめん!僕もう行くね!」 「ええ。またエリオットに嫉妬されるのも嫌だから、早く行きなさい」  ルーラの声を背中に受けながら廊下へと飛び出す。  なるべく迷惑にならないように、でも急いで廊下を駆け抜けて食堂に向かった。  賑わい始めている中を縫って進み、野菜と魚を挟んでいるパンを手に取った。とっくに顔を覚えられてしまったせいで、僕を見た食堂の人は笑顔でそれを包んでくれる。代金を渡し、昼食を受け取ると再び廊下へと飛び出した。  次ぎに向かうのは、魔術師団の部屋だ。階段を二段抜きで駆け上がってできる限り急いで向かうと、ちょうど魔術師さんが部屋から出てきている所だった。  顔見知りになったその人は、僕を見つけるとお疲れ~と気さくに声を掛けてくれる。それから、今しがた出てきたばかりの部屋へ上半身だけを戻した。 「エリオット~旦那きたぞ~」  部屋中に響き渡るぐらいの大声で呼び出しをする顔見知りの魔術師さんの言葉に、赤面することももう無くなった。やめてください!って慌てて止めようとしていた頃もあったものだ。 「お疲れ、リオ」  数秒後にひょこりと顔をのぞかせたエリオットさんは、変わらぬ綺麗な顔で微笑む。以前よりも雰囲気も柔らかくなった気がして、それが僕の影響なのだと思うと愛おしい。  今朝仕事の前に一緒にいたのに、もう既に抱きしめたくて堪らない…けれど、我慢だ、我慢…!  そのまま二人で向かうのは、昔クレアさんが教えてくれた穴場の庭だ。屋根付きの東屋に設置されているベンチへ腰を掛けると、食堂で包んで貰ったパンを取り出した。  昼は食べなかった彼が、僕と付き合うようになってからは少しずつ食べてくれるようになり、今ではきちんと食事をとってくれる。もう抜くなんて事は出来ないみたいで、リオが俺を太らせると恨み言言われたぐらいだ。 「お、うまそーじゃん!」  膝の上においてある包みを覗き込んでいたエリオットさんが、手を伸ばす。手前にある方をつかみ取ろうとしたので、さっと包みを引いた。 「何すんだよ」 「ダメです、エリオットさんはこっち」  もう片方を手で取って渡すと、不満げ顔でこちらを見上げてくる。 「もう一個の方は野菜の酢漬け入ってますけど、食べれます?」 「すんませんでした」  ころっと態度をかえて、僕の手からパンを受け取ると、昼食を開始した。会話の内容は仕事の事だったり天気の事だったりと様々で、今日はクレアさんが機嫌が悪い話しで持ちきりだ。  エリオットさん曰く、うつらうつらしながらも頑張っていた書類仕事中に、インクの瓶を倒してしまった。とっさにクレアさんが魔法を掛けてそれを凍らせてくれたため、大惨事に至らなかったらしい…  そこまで聞いて、確実にエリオットさんに落ち度があると思ったけれど…この人が寝不足になる原因を作ったのは僕だ…。昨晩は止めておこうと思ったのに、お風呂上がりのエリオットさんに欲情して、僕の理性は耐えきれず…ああ、悪いことをしてしまった…。  後でこっそりクレアさんに謝りに行っておこう。  食事が終わっても、休憩時間はまだ半分程残っている。無防備に大きな欠伸をしているエリオットさんの名前を呼び、視線が合った所で自分の膝を軽く叩いた。 「時間になったら起こしますから」  少しでも休んで欲しくてそう言ったけれど、エリオットさんは首を縦には振ってくれなかった。少し考えてから、ニヤっと笑うと手を伸ばしてきた。  さっきまで頬を膨らませて怒っていたとは思えない、色気を含んだ雰囲気を纏って、撫でるように太ももへ手を這わされる。 「ッ、エリオットさん…!」 「リオは、もっと手っ取り早く怠さを治せるだろ?」 「そ、外ですよ…?」 「いーじゃん。誰も来ないよ…」  円を描くように動いていた指先が、段々と足の付け根へまで伸びてくる。顔が近寄り、香ってくる僕の好きなにおい…暴れてしまいそうな気持ちを必死になって理性で押さえ込む。  それなのに、いやらしく絡みついてきた指は、中心へとたどり着いてしまった。 「硬くなってんじゃん」  耳元で囁かれる声がしっとりと濡れている。主張し始めている僕自身を、指で挟むようにして布越しに擦られ、ぴりっとした快感が走る。  ああ、ダメだ…。僕だって成長して、とうに背を追い越したと言うのに…未だにこの人の煽りには追いつけない…!  本格的に弄り始めようとした手を掴むと、思い切り引っ張った。背中に腕を回し上半身を抱き寄せ、寄ってきた唇へと乱暴に自身を重ねる。 「ん…っ」  すぐに開かれた唇の間から舌を挿し入れると、待ってましたとエリオットさんが迎え入れた。互いに絡み合わせ、吸い上げる。 「ふ…んぅ…!」  求めるように、胸元の白衣を握りしめられる。可愛い行動に、すぐにでも魔力を送り込もうと、息も出来ないよう深く咥え込んだ…けれど、過ぎったのは先ほどのエリオットさんの話。  免疫が付くどころか、治癒しただけで蕩けきって敏感な体にしてしまった。ここで治癒を使って、そんなエリオットさんを目の前にすれば、間違いなく我慢出来ずに抱いてしまうだろう。  …さすがに、これ以上他の人に迷惑を掛けるわけにはいかない。  ぐっと堪え、ちゅっと音をたてながら唇を解放すると、顔を赤く染めたエリオットさんは力なく胸へと倒れ込んできた。 「なんで…?」 「やっぱりダメです」 「リオはしたくねーの?」  不満そうに睨み付けてくるけれど、顔を赤く染めた上目ってだけで効果は薄い。本人にその気はないんだろうけれど…その表情ですら、理性を試されているようでツライ…。 「僕だって抱きたいですよ…けれど、ここだと誰かに見られるかもしれないでしょう?」 「別に…」 「僕は嫌だ。エリオットさんの可愛い顔を見て良いのは、僕だけです」  しっかりと目を見つめて告げると、照れを堪えるように唇を噛みしめた。彼は未だに大切にされることに慣れていないようで、こういった類いの発言に弱いんだ。  胸元へ顔を埋めて抱きつく事で逃げたエリオットさんに、小さく笑いを漏らす。優しく背中を撫でると、次第に彼の肩の力が抜けていった。 「ここでは、これで我慢して下さい」 「リオめ…扱い上手になりやがって…」  あやすように背中を叩いていると、くぐもった声で聞こえてきたエリオットさんの恨み言が的確すぎる。乱れたエリオットさんの顔を見られたくないのだって本当のことだから、嘘じゃ無いんだけれど…彼は天邪鬼な所があるから、全ての理由を言わないは許して欲しい。  その代わりに、甘やかせる時はとことんと甘やかすと決めているんだ。 「午後後半なら部屋空けれます」 「え…?」  耳元で小さく囁くと、驚いた表情をしたエリオットさんが顔を上げた。息がかかるぐらいに近くまで寄ったままの距離で、にこりと柔らかく微笑んでみせる。 「で、も…俺、仕事…」 「仕事を片付けて来てくれるんですよね?」 「…サービスつけてくれんの?」 「もちろん。ご指名、お待ちしてますね」  綺麗で可愛い年上のお兄さんからの指名以外、受ける気は無いけれど。

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