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16 レイヤーあるある

  「すいません、よろしくお願いします」 「はーい、お願いしまーす!」 「っす」  これで何人目で、後何人残ってるんだ…。  最初に声をかけてきたカメラマンの後に、他の人は並び始め、それがみるみるうちに増えて…10人前後の人数が俺たちの前には並んでいる。  次々と入れ替わるカメラマン、そのたびによろしくと声を掛けられ、啓太はにこにこと挨拶を返している。対して俺は、そんな余裕も無く小さく頷いて返すだけ。まあ、それでも返事をしていると受けとってくれるのは有り難い。  数枚から数十枚撮影し終わると、さっき説明されたように相手から名刺を渡されて終了、はい次の人って具合に撮影は進んでいった。  終わりなんて永遠に来ないんじゃ無いかと思われる撮影を続けていると、ゆっくりと人は引いていって、やっと最後の一人が終わった。  列が切れ思わず座り込む。長いため息を吐いてると、向かい合うようにして啓太もしゃがみ込んだ。イケメンなのにうんこ座りなのが残念だが…そこは啓太だから仕方ないか… 「お疲れ、あおちゃん」 「ああ…」 「さすがに疲れたよね、ちょっと休憩しよっか」 「なんかすごかった…」 「そうだね、でも皆良い人達で良かった」  良い人と悪い人の差がよく分からんが…とりあえず水を飲もうとビニール袋を漁っていたら、再びすみませんと声をかけられた。  またか…うんざり気味に顔を上げて、息が止まる。目が合ったのは、同じソシャゲのキャラのコスプレをした女性だった。しかも、その顔に見覚えがある。  数秒遅れて振り返った啓太も、あ、と声を漏らしたまま固まった。 「やっぱりケータだ!久しぶり~!」  予想は的中、相手は俺が嫁キャラを着る要因を作ったっていうあのメンヘラ女。  媚びるように笑う態度は、俺と目が合った時とはまるっきり別人だ。にこにこと笑顔を作っているが、啓太越しに俺を見る目は笑ってなくって…品定めされてる感が凄い。あからさまな姿に開いた口が塞がらない。 「LINEもツイッターもあんま構ってくれないし、寂しかったんだよ~、何してたの?」 「あー、えーっと…、まあ、色々ね?」 「ケータが主人公するって言うからさぁ、ジャンル被せてきちゃった!ね、今度私もミレイユするから合わせしよーよ!」 「えっと、ごめんね、俺、この子と一緒に活動してこうと思ってるんだ」 「…は?なんで?意味分かんないんだけど…?」 「あーーー…ごめん、あおちゃん、ちょっと外しても大丈夫?」  誘いを断った瞬間に、相手の雰囲気が一気に変わる。相手が相手だけに何を言い出すか分からないし…何よりも、こんな人が大勢居る中で騒がれてはまずい。それは啓太も感じたようで、小声で俺に断りを入れてきた。  穏便に済ませられるならその方が良い。俺が二人の間に入っていけば相手を刺激するだけだろうし…頷いて了承の旨を伝えれば、少し疲れ気味に笑い返された。  ◆  啓太を送り出して、やることもなくなった。本格的に休憩しようと、荷物を引っ張り壁際まで近づいて寄りかかる。ビニール袋から取り出し損ねた水を出して、一気に煽ると、半分より下ぐらいまで飲み干す。家でてから今まで水を飲んでなかったのを思い出し、更に飲み三分の一ぐらいまで減った所で蓋を閉めて一息。  辺りを見渡せば、みんな楽しそうに撮影したり、話したりしている。不思議な光景だけど、活気はある。趣味が一緒の人たちが一緒にいる空間ってのは、こんな感じなのか…こういう楽しみ方もあるのかもしれない。  素直に楽しんでられるだけなら、引きこもるよりも全然良い趣味なんだけど…消えてった啓太が、きちんと決着つけてこれるのか不安だ…。  啓太のことを思いながら小さくため息をついた所で、近くに人が立っている事に気付き見上げた。今日見た中で一番ゴッツイカメラを肩から下げた男に、眉を寄せる。  訝しげな表情をしていたのか、相手は人当たり良さそうに笑うと、どうもと手をあげてきた。 「今お時間よろしいですか?凄く美人なミレイユさんなので、是非お写真をお願いしたいんですが」 「え、えっと…」 「休憩中なら、また後で伺いますんで、よろしいですか?」 「人を待っているので…その間だけで良ければ…」  後で来られても迷惑だし…啓太が返ってくるまでは暇だし…まあ、良いか。  軽い気持ちで頷くと、相手はいそいそと荷物を広げ始める。レフ板っていう光を反射させて顔を明るくさせる布を皆持ってる事が多いんだけど、持ち運び出来るように丸形で周りに針金入りなのが常だ。それを畳んで持ち運んでるんだけど、この人は骨組みみたいな金属を組み立て始めて、一メートル以上もある大きさの長方形型のレフ板を持ち出してきた。  これかなり邪魔だけど…ストロボ用の傘を立ててるやつよりはマシな方なのかな…少しだけ呆れ気味で準備している所を眺めていれば、なぜだが自慢げに笑われた。 「ああ、可愛いですねぇ、もっと腰を捻れますか?」 「え…、」 「ん~、ちょっと失礼」  撮影を始めて数分。普通にポーズを撮っている最中に、相手は近寄ってきて突然腰へと手を伸ばしてきた。両手で掴まれて、こっちに~と言いながら動かされる。  これ、俺が男だからまだ我慢できるけど…女性レイヤーにやったら普通にセクハラになるんじゃないのか…?それとも、この世界ってポーズ指定のためならここまではセーフなのか…?  初心者の俺だけじゃ線引きが分からず、されるがまま、腰を捻り尻を強調するようなポーズを強いられる。そのままの体勢で静止…これが意外とキツくて辛かった。  何回かポーズを変えて写真を撮られ続けていると、いつの間にか男の後には再びの写真待ちの列…またかよ…とげんなりしながらその列を眺めていたら、列が出来ている事にやっと気付いた男は、すいませんね~!と言いながら横へとずれた。  後に並んでいるカメラマンへどうぞと譲り、また撮影開始。  引きつりそうな顔をなんとか堪え、時折指示されたポーズをとりながら撮影が進んでいく。  少し違ったのは、啓太と一緒だった時よりも一人あたりの時間が格段に短かった事だ。俺の斜め前ん所に、一人の時最初に声をかけてきたセクハラまがいな男がずっと構えているせいなのか…それでも、壁に手を突いて振り返って下さいとか、膝立てて座って下さいとか、際どいポーズを要求されるのは精神的にキツイ。  おまけに、さっき水をがぶ飲みしたせいか今更ながらにお手洗いにも行きたくなってきて…最早生き地獄だ。 「は~…」 「お疲れ様~、すごかったねぇ」  やっと最後の人が終わった所で、思わずため息が漏れる。そこへすかさず声をかけてきたのは、ずっと待っていた最初の男。  正直もう一人にして欲しいんだけど…曖昧に笑って頷き返すと、男はカメラを片手ににじり寄ってきた。 「それじゃあ、また撮影お願いしますね」 「え…?」 「さっきは列作られちゃったからね、捌けるの待ってたんだ。ミレイユとっても似合ってるから、もうちょっと撮らせてよ。ね?」 「あー…」  啓太が戻ってくる様子は無い。アイツのスマホも荷物も預かってるから、ここに戻ってくるだろうし…動くに動けない状況だ。それを分かってて声をかけてきてるのか、この男…。  人当たりの良さそうな笑顔だけど、断らせない圧力が凄い。  お手洗いに行きたいけど、荷物見てて下さいなんて言いたくも無いし…啓太が戻ってくるまでは、やっぱり我慢するか…。諦めるように息を吐いてから、小さく笑い返した。  ◆ 「じゃあ、座ってもらえるかな?」 「はあ…」 「あ、両膝を立てることは出来る?」 「はあ…」  何人か指定してきたいわゆる体育座りを指定され、緩慢な動きでそれに従う。短いスカートの下は、紐パンTバック、ストッキング、露出対策用下着、自前の下着と鉄壁の防御をされてる訳だけだが、啓太にも指摘された通り、自分から見せつけるようなポーズはやっぱり気にくわない。  見えないように、なるべく足の角度を下げて膝の裏へ両手を回し、さり気なく隠したところで、両手は膝の上に乗せてと再度指示が飛んでくる。  いや、それしたらパンツ丸見えなんすけど…片手だけ膝の上で肘を突き、そこへ顎を乗せてみる。 「あ~、いいねぇ、すごい可愛い!もう片方の手も乗せてみて~」 「え…」 「膝抱きしめるような感じで、もうちょっと両足を自分の方へ引いて座れるかな?」  だめだコイツ、完全にパンチラ狙ってやがる。  もうこれはアウトだろう。ローアングルでも撮るねとか言いながら自分も座って下から覗き込もうとしてるのもイラっとする。これはもう、ガツンと言ってやるしかない。 「あの、もうこれ以上は、」 「ごめん、待たせちゃって!あれ?撮影中だったかな?」  注意しようとした俺の声を消すように、被せて声をかけられた。そっちへ視線をやると、にっこりと笑顔を浮かべた啓太が立っている。  助かった…ほっと息をついた俺だったけど、啓太は座り込んでいる男の近くまで近寄ると、そのままの体勢で見下ろす。 「すいません、この子俺の連れなんで、もういいですか?」 「あ、はい、大丈夫です…」  笑顔なのに一切目が笑っていない啓太に、思わずといった様子で男が頷いた。  広げていた撮影機材をのろのろと片付けながら、視線は俺の方へと向けられる。まだ何か用なのか…若干迷惑そうな顔で男を見ると、相変わらずの人当たり良い笑顔を浮かべられた。 「名刺、渡してなかったですね?お綺麗な方なので、機会があれば個撮とかお願いしたいです」 「こさつ…?」 「僕スタジオ持ってるんですよ!良ければそこで」 「すいません、個撮は内輪でしてるので。それよりも彼、今日が初めてのイベントで疲れてるので、もう良いですか?」 「え、彼…?」 「可愛いですもんね、彼。でも、男性ですよ」  啓太の言葉に、今まで動じもしなかった男の動きが止まる。それから、ゆっくりと俺の方へ視線を向けて、上から下まで数回に渡って見回された。  男からの本当なのか?って視線と、啓太からの言ってあげなよと勝ち誇った視線を向けられ、苦笑で返すしか無い。 「あー…そうっすね、俺、男です」 「え……、あ、そ、うなんです、ね…?いやぁ、すいません!」  そこからの対応は速くて、倍以上の速度で撮影機具を片付けた男は、有り難うございました~と逃げるように去って行く。もちろん、名刺なんて物は渡されなかった。  楽しいだけじゃないんだな…コスプレって…。  去ってく男の背中を眺めながら良い教訓になったと噛みしめる。そんな俺とは違って、啓太はそそくさと荷物をまとめると、自分と俺のまで肩に掛けていた。 「あ、啓太、」 「こっち」  俺の言葉を遮って手を差し出してくる。どうしたんだ…?意図が掴めずにいるが、とりあえず言われた通り手を取って立ちあがると、そのまま手首を掴まれて引っ張られた。 「え?ちょ…、」 「いいから」  問いかけも、堅い声で返されて中途半端に止まってしまう。入り口の大理石の壁の裏側に下へと続く階段を降りて、向かっている先はどうやらトイレみたいだ。  あまり機嫌の良くない啓太に手を引かれながら、俺たちは男子トイレへと入っていく。鏡張りで広めのトイレ。中には誰も居なくて静かだった。  ここまで来たら手を離してくれるだろうと思っていたんだけど、啓太の力は緩まらない。それどころか、ずんずん中へと進んでいって、一番奥にある個室までくると、そこへ押し込まれる。  驚く俺に構うこと無く、同じ個室へ入ってきた啓太は扉を閉めて、鍵を掛けた。 「け、啓太…?」  黙って二人分の荷物を置いた啓太を見上げた所で、強い衝撃。顔が啓太の胸へと埋まって、背中にぎゅっと力が込められる。抱きしめられたんだと理解するのに数秒かかった。  なんでいきなり個室に引きずり込まれて抱きしめられてるんだろう…?さっきの女と何かあったのか…?混乱しながらも、啓太の背中へ腕を回して優しくトントンと叩いてやる。  どうした?何があった?そんな気持ちを込めながら、ゆっくりとしたリズムで背中を叩き続けていると、上の方から小さく息を吐く音がした。それから、力が抜けていき、啓太の体が離れて行く。 「ごめん…」 「いや、大丈夫」 「…俺が離れたせいで、あおちゃん、嫌な思いしたよね…」 「え?さっきのならそんな気にしてないし、啓太の責任でも無いだろ?」 「俺が傍に居ればあんなことならなかったのに…ごめん、一人にしちゃって…」 「大丈夫だって、俺だって男だし、いざとなればあれぐらいどうにかなる」 「でも…」 「で、どうした?」 「…え?」  何があったのかと聞いたら、きょとんとされる。いや、なんでそんな顔するんだ。  さっきの女ともめたから不機嫌だったんじゃ無いのか…?理由がそれしか見当たらない。  メンヘラ女と決着つけられなかったのかと尋ねれば、何の話?と割とマジなトーンで返された。 「いやいや、俺が女装する切っ掛けになった女!さっき会ってただろ?!」 「…?あぁ、あの子か!うん、あの子には、俺今大好きな恋人がいて、忙しいってはっきり伝えてきたよ」 「諦めてくれんのか、それで…」 「俺が大好きすぎてやばいから、君に構ってる余裕は無いんだ、ごめんねってきちんと言ってやったし!」 「おお…」 「なんかすっごい怒って、アンタなんか大っ嫌い!って泣きながら捨て台詞吐いて去ってたから大丈夫だと思う」 「なにそれ、修羅場じゃん…」  想像するだけで引く。そんな修羅場をあんな人前で繰り広げなくて本当に良かった…。  それでも、今までに比べたら全然マシだろう。しっかり拒絶を伝えたんだし、これからは包み隠さずお断りできる。良かったな、と肩を叩いたら、下唇を噛みしめた啓太の顔が、みるみるうちに泣くのを堪えるように変化していった。  な、なんだ、泣くほど嬉しかったのか…? 「そんなことより、あおちゃんだよぉ…!」 「お、俺?」 「変なおっさんに絡まれてるし、えっちな写真撮られてるし…!俺のせいで、本当にごめんね…!」 「いや、だから、それはもう…」 「それに、あおちゃんは俺のなのに…!勝手に撮影するカメラマンにも、結構イラってした…」 「え…」  もしかして、怒ってた理由って…俺がカメラマンにエロイ撮影されてたから…か?  呆然とする俺の前で、嫉妬深くて嫌だよね、ごめんね、でも許せなくって…と啓太は頭を下げ続けている。啓太が嫉妬してくれたって事実が、嬉しい。そんだけ俺のこと本気で好きなんだって思うと、途端に目の前の男が可愛くて仕方なくなってきた。  シークレットブーツのせいで、普段よりも更に身長があがった啓太へ手を伸ばす。でかい図体を小動物みたいに、ビクっと震えさせ、怯えたようにこっちを見てきた。  綺麗なイケメンの頬へ両手を添えて、ぐっと寄せれば抵抗すること無く啓太の頭は下がってきて…そこへ、俺も背伸びをして顔を近づけ、軽く口付けた。  ちゅってわざと音をたててやると、噛みしめた唇は簡単に開かれた。涙目で、ぼーっと俺を見つめている啓太に気を良くして、もう一度口付ける。今度は噛みしめていた下唇を啄み、熱い息が漏れた所で、中へと舌を滑り込ませる。  奥で縮みこまってた啓太の舌へ軽く絡ませるようにして…段々とエロいキスへと塗り替えていく。  自己嫌悪と反省で、自粛でもしてるのか…中々乗ってくれない啓太の厚い舌を誘うように吸い上げてみたら、啓太の腕がピクリと動いた。  堪えるようにしていた腕が、戸惑いがちに俺の腰と背中へと回されれば、スイッチオンだ。もう一回強く抱き寄せられると、口内で俺の舌を啓太が絡め取った。 「ふ…、ぁ…」  やっぱり、啓太とのキスは気持ち良い…がっつくような激しさに、息を吸うのも絶え絶えで、腕を首へと回し直して必死にしがみつく。  軍服の越しに背中を撫でられ、腰に回っていた手はスカートの下へと伸びていく。手袋越しに尻を揉みしだかれるのがくすぐったい。  腹に当たっている啓太の堅い物をぐりぐりと擦りつけられるだけで、感じてしまって…イベント会場のトイレだってことも忘れて、今すぐヤりたい。  これでもかって程口内を犯されてから解放され、ぼーっとする。いやらしく見上げているであろう俺を、啓太はギラついた眼で見下ろしながら、もう一度テントを張った下半身を擦りつけてきた。  それが腹より少し下に当たり、思わず声が漏れた。 「ひぅ…!」 「あおちゃん…我慢、出来そうにない…」 「あ、ま、待って…!」 「無理だよ…煽ってきたの、あおちゃんじゃん」  今すぐにでも始めようと軍服の下へ手を差し込み、乳首を触る啓太の手を必死に止める。やばい、驚いて忘れてたけど、本当にやばい…!俺が、啓太と合流する前に、何を我慢していたか…! 「あおちゃん…やっぱ、ここじゃ、」 「れる、から…!」 「え?」 「もう、漏れるから…!」  その言葉で、やっと啓太の手は止まってくれた。

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