15 / 21

15 そして、イベントの日*

  「んっ、そこ、ばっか…!」  執拗に奥ばかりを擦り上げる啓太を睨みつける。だけど、悪びれた様子もなく、相手はへにゃっと笑い返してきた。 「だって…、ここ、好きでしょ?」  柔らかい表情と優しい声のくせに、動きは全然優しくない。両太ももが腹にぺったりくっつくぐらい折り曲げられたこの体勢は、ひどく奥を抉られる。  ぱちゅっと肌がぶつかり合う音と共に、イイ所を掠められ快感が背中を走った。 「んぁッ、あっ、ッッ!」  もう限界が近い、そんなギリギリな所で啓太は上から覆いかぶさってくると、唇を塞いでくる。声も呼吸も飲み込まれ、腰を一際強く押し込まれて目の前が真っ白になる。ビクビク痙攣しながら、下半身からは精液が飛び散った。  俺がイったせいで締まったのか啓太の腰も震え、中からはゴム越しでもドクドクと吐き出しているのを感じる。  おおかた出きると、啓太は力なく覆いかぶさり、首元に顔を埋められた。荒い息を整えながら、啓太の髪へ指を入れる。梳くように撫でるとしっとりと濡れていて、啓太の匂いがした。  しばらくの間そんなまったりしたじゃれあいをして、いつもの様に一緒に風呂へと向かう。先に向かった啓太がシャワーを出し浴室を暖めてくれているから、俺がドアを開ける頃には熱い湯気が出迎えてくれる。  俺用に置かれたアカスリを泡立てて、首元から洗い始めた。何も考えずにぼんやりと体を洗う手元へ視線をやって、自分の肌に赤い点がいくつも散っているのを見つけた。  こいつ、また痕つけたな…こんな執念深く痕を残してくる奴だって知ったのも最近。まあ、友達続けてれば一生知る事なかった事柄なんだろうけど。  自分の物と主張するようなマーキングには困るが、嬉しい気持ちもある。俺の事ほんとに好きなんだなって思うと、なんだかんだ強く拒否出来ないわけだ。  仕方ないなぁ…そんなことを思いながら擦り、三秒。 「いや、ダメだろ?!」  思わず自分で自分に突っ込んでしまった。  突然突っ込んだ俺に、同じく体を洗っていた啓太が不思議そうな視線を向けてくる。どうしたの?って人畜無害そうな顔してるけど、おまえの悪行についてだかんな! 「おま、なんで痕付けてるんだ…!」 「え…?」 「ここだよ…!」 「あぁ!だって、あおちゃん…可愛すぎて…」 「明日、イベントだろ?!」 「? うん」 「他人の前で着替えることになるんだぞ、こんな、首元に…!」  衣装は爪襟だから見えることはない位置かもしれないが…さすがに着替えるときは全部脱ぐわけだし、鎖骨やら胸やら周辺が赤くぽつぽつなってたらお察しだろう。ミレイユは腹が結構でるから肌着なんか着れないし…  これが先週なら文句は言わないけど、イベント前日の夜にここまでされたら治る訳もない。  どうすんだって啓太へ詰め寄ったが、啓太はただニコリと微笑むのみだ。 「良いじゃん。あおちゃんは俺のだよって意味にもなるし、ちょうど良いよ」 「な…ッ、」 「あおちゃんは俺の恋人なんだし、良いんじゃない?独占欲強い相手なんだなって思われるぐらいだって」 「でも…、恥ずかしい、だろ…」 「何かあっても、俺が守るから」  微笑んだまま続ける啓太の圧がすごくて、思わず頷く。こいつ、こんな押し強くて独占欲丸出しなキャラだったっけ…  ね?とごり押しに、これ以上何も言えずに口を噤む。  ううん…守るって言われてもなぁ…何をどうするのか全然思いつかないけど、これ以上言ってもどうしようもない。やっぱ俺が折れるしか無いんだろうなぁ…とりあえず、着替えるときめっちゃ急ぐことだけは心に決めた。  ◆ 「わ?!やっばい、あおちゃん…!」  翌朝、珍しく啓太に乱暴に揺すられ目を開ける。慌てている啓太を見て、寝過ごしたと直感的に感じてスマホを手にとれば、すでに開場している時間だった。  まさか二人そろって寝過ごすとは…!急いで起き上がろうとして、腰のダルさに動きが鈍る。顔をしかめて腰を擦ってみたけど機敏には動けそうに無い。  ベッドの中でもだもだしていたら、すでに洗面所へ向かっていた啓太がドアから顔を覗かせた。 「あおふぁん、らいしょうふ?」  歯ブラシを口に咥えたままかけられた声は、あおちゃん大丈夫?だろう。  昨日の夜、風呂入った後にも盛った啓太のせいでもう一発したから、腰がガクガクだ馬鹿野郎…大丈夫なわけあるかと怒りを込めた視線を向ければ、さすがに伝わったようだ。  おろおろしながら俺の所まで寄ってくると、座って見上げてきた。 「おふぇが、はみらきしへあへようか?」  分かる。何を言っているのか俺には分かる。俺が歯磨きしてあげようか?って真面目腐った顔で言ってきてやがる。そんな気の使い方はいらないから、もっとセックスの回数を減らしてくれ…!もしくは、激しくするな…!  そうは思っても、恥ずかしさもあって言葉にまではしなかった。けど、視線だけでもと睨みつける。  俺と目が合った啓太が、泣きそうな顔をし始めた所で肺の中の空気を一気に吐き出す。 「あー…とりあえず、手貸して…」  なんとかして、日常生活を一人で送れるようにしなくては…この後コスプレだって待ってるんだ…。  もごもごしている啓太に引っ張り上げられながら、気合いを入れた。  急いで支度をして電車へ飛び乗る。前日の内にコスプレの荷物はきちんと詰めていて正解だった…荷造りから始めるってなったら、今日行くのを諦めるぐらい面倒くさい。  今日の会場は割と近くで、電車で20分ほどで到着出来る場所だった。土曜の昼間だったから少しだけ混雑していた電車内も、乗り換えるにつれて人が少なくなっていく。まばらに乗客がいる中、腰掛けて一息ついた。  近場にはテレビ局やら海浜公園やらもあるせいか、カップルも見かける…けど、圧倒的に俺たちみたいなカートを手にした奴らばっかりだ。じっとそれを見つめていたら、俺の視線の先を追った啓太は、お仲間だよと小声で教えてくれた。 「カート手にしてるやつ見たら、みんなコスプレするのかと錯覚しそうだ…」 「う~ん、中には普通に旅行の人もいるんだろうけどねぇ。でも、一般人とは明らかに雰囲気が違うから、一目で分かるよ~」 「そうか…?みんな同じように見えるけど…」 「そこは経験かなぁ…待機列に並んでみたら一番わかりやすいかも。今日はこの時間だから捌けちゃってるだろうけどねぇ」  そう言いながら、なぜだか啓太は恥ずかしそうに笑う。  俺から見たら、啓太は普通の一般人なのに…なにをそんな恥ずかしがる事があるんだろう。不思議に思いながらも、それ以上は深追いしないでくれオーラを感じ緩く頷いてやった。  今日の会場の最寄りは、年に二回、夏と冬にあるオタクの祭典が行われる駅だ。  数える程度しか降りた事の無い駅だけに、珍しくて辺りを見回す。啓太の言っていた通り、カート持った若い女の子が多い。改札の前で待ち合わせなのか数人がたむろって居て、そこはなんだか異様な光景だった。  なんつーか…雰囲気が違う。ギャルっぽいのとか、清楚なワンピース美少女とか、パンクで安全ピンが口に刺さってるのとか…絶対に住む世界が違うだろっていう人たちが、皆カート片手に楽しげに話してたりする。  改札を通り抜けながら唖然としていた俺に、啓太は一目で分かるでしょ?と笑いながら声かけてきて、なるほどと頷く。確かに、これは一目で分かるわ…。  啓太に先導されるようにして駅から会場へと向かう。逆三角形が印象的な施設の前を通り抜け、天井の高いビルの間を通り抜ける。隣のビルとは繋がっていて、自動ドアをくぐり抜けるとそこは駅とは比べ物にならないぐらい異様な光景が広がっていた。  外のテラス、天井まである一枚の窓ガラスの向こう、至る所に目に痛い色の髪色をして、有り得ないような服を着ている人々…いわゆる、着替えを終えて撮影をしているレイヤーがいた。  そして、それを撮影しているごっついカメラを持っている人たちの群れ。入り口入ってすぐの大理石のような所では、下着みたいな衣装を着た女性の前に大勢のカメラマンが列を作って並んでいたりしていた。 「すげぇ…」  簡易的な受付で参加費を払い、会場に足を踏み入れてから一言。もうそれに尽きる。入り口だけはあり、自然光の恩恵を受けた白くて明るいそこで撮影をしているレイヤーは、今はやりのアイドルやソシャゲの際どい衣装を着た女性キャラ達。  コミケで囲まれて撮影されている印象が強かっただけに、列を成して撮影待ちをしている礼儀正しいカメラマンの姿に驚く。  その様子を見つめていた俺の所へ、同じように受け付けを終えた啓太がやってくると、腕を掴まれ引っ張られるようにして奥の方へと進んで行った。  小さい曇りガラスの部屋のような、狭い場所が男子更衣室らしい。圧倒的に女性の方が人口が多いので、二階にある広い部屋は女性専用。男はこういう狭い控え室や、布で仕切られているだけな即席更衣室が多いらしい。  フラフラになりながらも、啓太ん家でタックを済ませてきていて本当に良かった…会場でやれば良くないか?と言う俺に対して、絶対に今やった方が良い!と押し切った啓太の発言を、やっと理解出来た。 「あ、あおちゃん!これ」  開かれた啓太のカートから出てきたのは、肌色の女性用下着みたいなもん。興味深々で受け取り広げてみたら、やっぱりブルマみたいなものと一緒にストッキングも出てくる。  一体何なのか…?訳も分からず視線だけで啓太へ問いかければ、露出対策だよって早くも上着を脱ぎ捨て、半裸になった相手から答えが返ってきた。 「この前はスタジオだったし、カメラマンはまーやんさんだったからしなかったけど…さすがにイベントはね。どんな人いるか分からないし」 「…確かに、際どいしな。俺の衣装…」 「何よりも!あおちゃんはもう俺の恋人なんだもん!そんな大切な人の可愛いお尻を他の人に見せたくないじゃん!」 「ちょ、声…!?」  部屋中に響くような大声に、キツく注意をしたが、啓太は至って真剣な顔をしていた。他にこの部屋の利用者がいないだけで、曇りガラスの向こうでは参加者がたくさんいて、ガヤガヤとしてるってのに…!そわそわしている俺の両肩を強く掴むと、啓太は間近まで顔を寄せてきた。 「あおちゃんのこと、心配なんだ…」 「…そりゃ、分かってる、よ…」 「あおちゃん…!ほんと可愛い…」  真顔で言われて、少しだけ照れる。そんな俺の反応に気を良くしたのか、ちゅっと軽く啓太の唇が俺のに触れてきた。深くなることも無く秒で離れると、少し顔を赤らめてヘラっと笑われる。その顔がなんだか可愛くて…流されるようにして俺も小さく笑い返しちまった。  ◆  着替えて啓太にメイクもしてもらい、準備が完了する頃には会場到着をしてから優に二時間は過ぎていた。  男子更衣室からミレイユ姿で出ると、周りに居た人たちからざわめきの声が上がって驚く。スタジオではみんな他の参加者に対して無関心だったようだけど、ここでは違うのか…?向けられる視線に戸惑っていると、先に出た啓太が自然な動作で俺の腰へ腕を回してきて引き寄せられた。 「ほら、ちゃんと俺に付いてきて?」  ウィッグとメイクのせいで、いつもよりも三割増しぐらいにイケメンになった顔、カラコンのせいか強い眼力…近寄ってきた啓太はとんでもなく破壊力が高い。惚れてるって言う弱みも上乗せした俺は、何度も頷いて答える他無かった。  クロークに荷物を預け、黄色っぽい照明のホールを抜けると自然光がまぶしいエリアへ出る。ちょうど入り口で窓越しに見えていた場所だ。  先に写メを撮ろう提案されて、断る理由も無いのでついて行くと、ちょうど明るい壁際に納まる。  家で撮影した時みたいにくっついてスマホの画面を覗き込み一枚。立て続けに何枚か撮り、俺のこめかみにキスをしているような画像が気に入ったのかそれをアプリで加工を始めた。  特にすることもない俺は、その場に座って辺りを見回す。入り口では肌色率が高かったが、こっちは意外と男装をしている人も多いんだな。ジャンプで連載中の漫画のキャラとか、煌びやかな男性デザインの衣装を着ている人が目に付く。俺と同じように周りを見ている人も割といて、そういう人の視線を感じたりもする。  なんだか慣れない境遇に落ち着かない俺とは違って、啓太はいつも通りマイペースに速報なんかをツイートし終わると鞄を漁り始めた。  そして出てきたのは、一眼レフカメラ。お前、そんなカメラ持ってたのかよ…驚く俺に構わずレンズカバーを外すと、覗き込んで俺に照準をあわす。 「お前…カメラいじれるの?」 「うん、それなりに写真は撮れるよ~。ストロボとかは挑戦したことないからわかんないけど、いずれは使えるようになりたい!」  試し撮りと言いながら、座っている俺の前で胡座をかき何回もシャッターを切る。  イケメンが…イケメンなのに…その行動にとんでもないギャップを感じて、もやっとするのはなぜなんだろうか…。 「あおちゃん座り方気をつけてね?いくら露出対策してるとは言っても、パンツ丸見えで座るのはいただけないよ」 「あ、すいません」  慌てて抱えていた膝を倒す。体育座りなんかしてたから、確かにパンツ丸見えだったわ・・・!普段スカートなんてはかないから、そこまで気が回らない。短い裾で引っ張って隠すようにしてみたけど、あんま意味は無かった。  まったりとしだした俺たちに声が掛かったのは、そのすぐ後。ごっついカメラを持った男性に声を掛けられ、写真をお願いされる。啓太にどうする?と聞かれ、大丈夫だと答えたら撮影は開始だ。  組み立てた武器を片手にポーズを決める。スタジオで練習した甲斐もあり、それなりにキメられた気がする。写真を送りたいのでと言われ、相手から名刺を渡され…事前に啓太が作ってくれた俺の名刺を啓太が自分のとまとめて渡す。これがイベントでの一般的な交流らしい。場合によっては名刺交換をしなかったり、カメラマンだけ渡されたりするらしいが…  それを、すぐに体験することになるとは…この時の俺は、想像も出来なかった。

ともだちにシェアしよう!