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14 不安と

   突然の告白によって、幼なじみだった俺たちは恋人同士になった。  直前の飲みで気付かされた気持ちを整理する暇も無く…思わず俺も好きかもって返して、気付けば風呂場でセックスまでしてて…。  付き合って速攻流されてヤっちまったけど…正直、あれは自分でやるのと比べ物にならないほど気持ち良かった。  男同士なんて有り得ないと思ってたけど、啓太だけは別だった。すでに友達のラインを越してた状態だから受け入れられたってのもあるけど、まずラインを超えるっていうのは啓太しか有り得なかったと思う。  一緒に過ごした二日間はなんかふわふわしてて、正気じゃ無かった。  自宅に戻って、いつも通り仕事に行って…帰りの電車の中でやっと冷静さを取り戻し始める。こんな事になって本当に良かったのか、俺は本当に啓太のことが好きなのか…。  暗くなっている外を眺めながら、そんな事をぼんやりと考える。  今までの経緯を思い返していたら、もしかして告白されるよりも前から、無意識のうちに啓太の事を好きだったのかもしれないって所まで辿り着いた。  それがいつからってのは分からん。だけど、一緒に過ごした学生時代は毎日充実していた。  離れてからは楽しいことなんてなんも無くって…久しぶりに会った今、やっぱりすごい楽しい。それに、一緒にいると落ち着くって感じたのも事実だ。  そんな思い当たる節ばかりで、かもしれないって考えは確信へと変わっていく。  俺ってば、知らない間に幼なじみに片思いし続けてたんじゃん…。  それを認識した瞬間、一気に恥ずかしさがこみ上げた。顔に熱が集まっていくのが分かる。恥ずかしくなって、両手でつり革に掴まると隠すようにして下を向いた。  付き合う事になったといっても、やってることはそこまで大して変わらなかった。  金曜の夜になったら啓太のマンションに行って、土日を過ごし日曜の夜には帰ってくる。何かコスの準備をするって事は無くなったから、学生時代みたいに特に何もせずダラダラするようになった。変わったのは、二人の距離感と体の関係も始まった事ぐらいだ。  ◆  今週は何を作ろう。仕事中、資料を作成しながら啓太に食べさせる料理について考えていた。  辛い物が好きな啓太のせいで、段々と料理のレパートリーが中華に偏り始めてるからな…たまには違うものも食べたい。何を作っても、啓太は美味しいって幸せそうに食べてくれるから作り甲斐もあるし、あの顔を見るのも好きだった。  啓太の反応は前からそんなもんだったけど…美味しいって言ってもらえると本気で嬉しいって俺が感じるようになったのは、やっぱ付き合ってるせいでもあんのかな。  花でも飛びそうな啓太の笑顔を思い出して、自然と口の端が緩む。 「なあ小川、そうだろ?」  機嫌良くタイピングを続けていた所で、名前を呼ばれてハっと我に返る。やばい、恋人出来たせいで浮かれて仕事手に付かなくなってる。  悟られないように苦笑を浮かべて視線を向けると、隣の席に座っていた同僚がこちらを見ていた。 「えっと…悪い、話し聞いてなかった」 「同性婚って気持ち悪くね?」 「え…」  今度は向かいから声を掛けられ、思わず返答に詰まる。付き合う前の俺ならどうでも良いって返せた。本人たちがそれで良いなら良いんじゃ無いのかって言えた。  だけど、今の俺には、それが俺自身に言われているように思えて…何も言い返せない。  言葉に詰まる俺を置いて、向かいと隣に座っている同僚同士で話しは進んでいってしまった。 「男同士有り得ないだろう、神経疑うよ」 「普通じゃ無いよな。イカれてるんだろ」 「男とヤれるか?吐き気しそう」 「それだよなぁ。小川もそう思うだろ?」 「そう、ですかね…」  掠れた声でそれだけ返せば、二人の会話はエスカレートしていく。気持ち悪い、イカれてる、吐き気がする…それ以上の会話を、聞きたくない。背中に冷や汗が伝って息が苦しい。  明らかに動揺しているの隠すためにも、ゆっくりと席を立つ。どうしたのかと向けられた視線に、トイレとだけ返すのが精一杯だった。  昼間同僚に振られた話題は、予想以上に俺にダメージを与えていた。  仕事終わりでも未だに引きずっていて、不安が拭えずにいる。啓太と話せば気も紛れるかと思って、トイレですぐにLINEを送ったけど、17時を回った現在でも既読が付いていなかった。  今日は忙しいからチェックしてる暇がないんだと言い聞かせても、そわそわする体は落ち着かない。駅までの帰り道、何度もスマホをチェックしてみるけど、一向に変わらないトーク画面。  辿り着いてしまった駅のホームで通話ボタンをタップすると、呼び出すだけで一向に繋がらない。一定時間コール音が続くとそのまま切断されてしまった。 「…行ってみるか」  どうしても啓太に会いたい。まもなく電車が到着するっていうアナウンスを聞きながら、止めていた足は動き出す。自宅方面へ向かう電車とは反対側…向かいのホームへと続く階段を下りて行った。  こんな事で会いたいとか、弱すぎだろう。俺こそメンヘラ女子みたいじゃねぇか…そう分かっているのに、足は止められなくて…そのまま東京行きの電車へと乗り込んでしまった。  啓太は派遣会社の社員で、そこから別の会社へ派遣されている。初めて来たけど、啓太が派遣されてる会社は思った以上にデカイ会社で驚いた。天井の高い玄関ホールへ入ると、警備員が一人立っている。窓際にはソファーもあってまばらに人が座ってるから、スーツの俺がそこへ座っても違和感は無いかな…。  さり気なくソファーへ座って、スマホを取り出す。時間的には啓太の定時もとっくに過ぎてるけど、やっぱり既読にはなっていない。まだ仕事中か、充電が切れて見れてないのか、…状況が掴めない。  それに、何も言わずここまで押しかけてきたけど…今更考えれば迷惑かもしれない。  急に不安になってきて、帰ろうとかと立ちあがろうとした所で、エレベーターホールから音が聞こえた。扉が開いたのか、女の甲高い声が聞こえてくる。 「いいじゃん寺田君~」 「奢るって、飲み行こう!」 「あ~~、ごめん、ちょっと待ってねぇ」  聞き慣れた声と同時に、俺のスマホが震える。いきなりの事に肩を揺らしながら手元を見ると、啓太からの着信を告げていた。これは取るべきなのか…迷っていれば今度は足早な足音が聞こえて… 「あおちゃん?!」  思い切り声を掛けられた。  顔を上げた先には、ビジネスカジュアルな格好で黒縁眼鏡をかけた啓太が驚いた表情でそこに居た。やっぱり迷惑だったかもしれない…謝って帰ろうかと思った矢先で啓太は嬉しさいっぱいで駆け寄ってくる。 「やっぱり!あおちゃん〜!」 「あ…えっと…」 「連絡遅れてごめんね、今日スマホ見てる暇が無くって…あ、寒かったよね?!大丈夫?!」 「いや、寒くは…」 「ほんとに?とりあえず帰ろっか」  両腕を掴んで俺の顔を覗き込んできた啓太は、コロコロと表情を変え最後にへにゃっと笑いかけてくる。それを見たら、今までぐるぐるしてた物が全部ぶっ飛んだ気がした。  立ちあがった俺の腕を掴んだ啓太は、一緒にエレベーターから下りてきていた女性社員へ向かい、お疲れ様!と手を上げると出口へ向けて歩き出した。  ◆  引っ張られるようにして会社を後にすると、駅へ向かって歩き出す。その間、啓太は一度もどうしたのかと問いかける事は無くて…ただ、一緒に帰れるのが嬉しいとだけ笑っていた。  電車に乗り、啓太の家の最寄り駅まで到着して降りる。そのままマンションへ帰るとばかり思っていたけど、啓太は反対方向へと歩き出した。 「え…どこ行くんだ?」 「ん~、ちょっと寄り道」  おいでと手招きされ、断る理由も無い。啓太の横へと並んで暗くなった道をしばらくの間無言で進む。街灯と住宅街が続く中、先の方でうっすら色が変わっている事に気付いた。  近づけば、散りかけてはいるが桜の木が植わっている大きめの公園。呆然とする俺を引き連れて、啓太はずんずんと公園の中へと入っていく。 「あちゃー、散りかけかぁ」 「桜…」 「うん。そういえば俺たちお花見してないって思い出して…でも散りかけだったね、ごめん」 「いや…散りかけも綺麗だし、見てこうぜ」  俺の言葉に、啓太は嬉しそうに笑うと頷いた。のんびりと歩き出して適当にベンチへ座る。平日の夜、8割は散っている桜ではさすがにお花見をしている人たちはいない。居るのは、まばらに見かけるカップルと、ショートカットの為か足早に通り過ぎるサラリーマンぐらいだ。  桜と一緒にそんな連中をぼんやりと眺めていたら、急に風が吹き付けた。目に掛かった前髪をよけながら押さえると、目の前には幻想的な景色が広がっていた。  地面に落ちていた桜が舞い上がり、宙へと浮かんでヒラヒラ降ってくる…夜空に浮かぶ桜吹雪なんて、見たいと思ってもなかなか見れるもんじゃない。 「すげぇ…」  その光景に漏れた声と被さるようにして、カシャっという電子音が聞こえた。驚いて啓太の方を向けば、スマホのカメラを俺の方へと向けている。 「夜の桜吹雪と儚げなあおちゃん…!すごい良い写真だよ、これ…!」 「うわ、今の撮ったのか…?!」 「すごい綺麗に撮れたよぉ…早速アップしよ」 「え、いや、待って、」 「これ待ち受けにしても良い?」 「俺の写真待ち受けとか、やめろよ…!」 「えー、なんでぇ?恋人待ち受けにする人たくさんいるじゃん」 「いや、でも、男だし、」  鼻歌交じりに画像加工をしていた啓太の指が止まる。画面から俺へと視線を移した啓太の目力が強くて、思わず途中で言葉を噤んだ。 「そのせい?」 「え…」 「なんか言われた?あおちゃん、そのせいで凹んでるの?」 「え、いや、それは…」 「嘘。あおちゃんの事俺がどんだけ見てきたと思ってるの?凹んでるのなんてすぐに分かるよ」  膝の上でぎゅっと握りしめていた手を、伸びてきた啓太の手が覆う。何か言うよりも前に、距離も縮められ、頭を引き寄せられて啓太の肩に納められる。  まだそこまで遅い時間でもないから人は通るし、少し先のベンチではカップルだって居る…振り払わなきゃって思ってるのに、この体勢が心地よくて、体は言うことをきかずにいた。  温かくて落ち着く…癒やされていくのを感じて目を閉じる俺に、啓太は急かすこと無く付き合ってくれた。しばらくの間続いた沈黙…やっと落ち着けて話せる所まで回復した俺は、ゆっくりと口を開いた。 「…会社で、同性婚は有り得ないって話題が出たんだ」 「うん」 「…気持ち悪いとか、イカれてるとか言われて…否定、出来なかった」 「そっか…辛かったね」  きゅっと覆っている手に力が入る。優しい啓太の言葉に、思わず涙が出そうになって、唇を噛んで必死に堪えた。 「俺もね、ちょっと前までは気持ち悪いって思われるんじゃないかって、不安だった」  静かに語られる声に、何も言うことが出来ない。相槌すら返さない俺を気にする事も無く、啓太はそのまま続ける。 「俺はどう思われてもいいんだ。好きな人に気持ち悪いって言われたら…そりゃショックだけど。それよりも、好きな人の事を、男に好かれた気持ち悪いヤツって言われる方が怖かったんだよね」 「啓太…」 「そう思うヤツがいるのは事実だし、無くすことは出来ない…だから、そいつらのせいで傷付いた俺の大好きな人をしっかりと支えてあげなきゃって、俺は思うんだ」  不安になって啓太に会いたいと思ってた自分が恥ずかしい。  自分も啓太も、異端者と弾かれるのも怖かったけど…啓太は、そういうのを通り越して俺の事を考えてくれてるんだってのを知って、嬉しくも思った。 「…すごいな、啓太は…」 「えへへ、これでもあおちゃんこじらせ歴は長いからねぇ。不安になったり、普通から外れる恐怖ってのは、一通り経験してきたんだよ」 「なんだよ、そのこじらせ歴って」 「ずーっと前から、俺はあおちゃん一筋だったって事。だからね、俺の思いを受け入れてくれた今はすっごい幸せなんだ」  言葉通り、幸せそうに笑っている啓太を見ていると、その幸せが伝染してくる。  こんなに俺の事を思ってくれる人が傍にいたなんて、もっと早くに気付いてやれれば良かった。そんな後悔すら感じて…好きだって気持ちが溢れて堪らない。 「ねえ、あおちゃん。帰ったら…えっちしても良い?」 「ローション風呂はもう嫌だぞ」 「えぇ?!最近は普通のえっちしてるじゃん~!」  さっきまで格好良かったくせに、急にわたわたと両手を振って無実アピールをし始める啓太。そのギャップに思わず吹き出した。  マイペースの上に軽いけど…ちゃんと考えてるし包容力Sランクの恋人に、俺も負けてらんない。  鞄を持って先に立ちあがると、慌てて啓太も立ちあがろうとした。それを遮るように肩を押さえそのまま顔を近づける。  ベンチに座っている相手に触れるだけのキスを食らわせてやれば、面食らった啓太が俺を見つめていた。 「ありがとな、啓太」  テンパって名前を呼びまくる啓太を置いて、笑いながら先に歩き出す。待ってよぉって情けない声を上げなら追いかけてくる恋人と共に、マンションへ向かう足取りは、比べ物にならないぐらい軽くなった。

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