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18 嫁の衣装を着てやりました!

   まさか、コスプレしたまま、会場のトイレで、立ちバックと駅弁をする日がくるとは思わなかった。  ふらふらになりながら身なりを整えて、トイレを出た俺は、啓太に支えられながら更衣室まで一直線に歩いた。下を俯いて口元を抑えりゃ体調の悪い人に見えるだろう。長いピンクツインテールのせいで顔が隠れているからなおさらだ。  それでも撮影したいと声をかけてくる人には、啓太がやんわりとだが確実に断りを入れる。  行きと同じように、更衣室には俺たちしかいなかった。啓太に手伝ってもらいながら私服に着替え、会場を後にした。  やっぱり啓太に支えられながら駅の方面まで行くと、電車へは乗らず、タクシーへ放り込まれた。程よい揺れに目をつむれば、簡単に意識は飛んでいく。啓太のマンション前で起こされ、緩慢な動きでタクシーを降り、マンションの玄関ホールに入った瞬間だった。 「やばい…啓太、もう無理だわ…」 「あおちゃん?!だ、大丈夫?!」  いままで気力だけで持っていた体の力が一気に抜け、その場に崩れ落ちる。  とっさに俺の腕をつかんでくれたお陰で、タイルの上へ座り込むのは防がれたけど…もう一歩も動けない。後半戦なんて、俺のことを抱えた上でセックスしてた啓太はいつも通りってのに、俺ってば体力なさすぎだろう…。情けなく思いながらも、家に着くまでは踏ん張ったんだから褒めて欲しくもある。 「とりあえず部屋まで運ぶね」  本日二回目の体が宙に浮く感覚。今度は背中と膝裏に腕を回されて横で抱き上げられた。お姫様抱っこを自宅マンションの玄関ホールで恥ずかしげもなく実行した男は、堂々と胸を張りながらエレベーターのボタンを押した。  頼む、絶対に住人と鉢合わせだけにはなるな…!!心の中で必死に祈りながら、俺は啓太へ預けることしか出来なかった。  ◆  あの後、気を失ったように眠った俺が、次に目が覚めたのは時計の針が頂点を回ってかなりすぎた頃だった。  パソコンをいじっていた啓太は、俺が起き上がったのに気づくと、体を気遣いつつもお風呂入ってきなよ、と提案してきた。このまま二度寝をかます気分にもなれないし、処理をしてもらったとはいえベトつく体は気持ち悪い。  有難く使い慣れた風呂へ向かう。しっかりと中出しされたケツ穴も洗い流して部屋に戻ると、なんだか良い匂いが漂っていた。  テーブルの上には、湯気をあげている弁当と総菜。それから汗をかいてる缶ビールが2本用意されていた。 「あおちゃん、髪の毛まだ濡れてるよ~?」  啓太が振り返ってすぐに顔をしかめる。自分の首にかかっていたタオルを引き抜くと、俺の頭に被せわしゃわしゃとかき回された。一見強引なんだけど、痛くもないちょうどいい力加減はさすがだ。 「そのうち乾くからいいんだよ」 「風邪ひいちゃうよぉ…」 「啓太だって湿ってんじゃん」 「俺は頑丈だから大丈夫!」 「後で乾かすって。それより、どうした?」  それ、と啓太越しにテーブルへ視線を向けると、そうだった!と笑顔が戻る。遅くなっちゃったけど、アフターしよう!という啓太の声と俺の腹の音が鳴るのはほぼ同時だった。  軽く朝に食べたっきりだった体は空腹だ。いそいそと床へ腰を下ろし、ビールのプルタブを起こす。良い音を立てて開けたそれをぶつけ合い、始まった真夜中のアフター。 「ごめんね、コンビニ弁当で。俺もなんか作れるようにならなきゃなぁ…」 「啓太が料理なんかしたら、台所が悲惨なことになりそうだな」 「うぅ…でも、もしかしたらあおちゃんのこと、いつか抱き潰しちゃうかもしれないじゃん」 「ぶっ」  そうなったら俺が看病しなきゃじゃん!と恐ろしいことを言ってくる。抱き潰さないって選択肢がそこにはないのか聞いてみたら、あおちゃんが可愛すぎるから無理だと真顔で返された。  時々思うけど、啓太の愛って少し重い。好きだけど。 「今日だって危なかったし…今度から露出度高い衣装はスタジオだけにしようね」 「お、おう…って、そうじゃなくて!あんな公共の施設では、もうやめろよな…?!」 「うん…それは、本当、反省しています…」 「俺も…その、後半気持ちよくって、人がいるってのに飛んだけど…」  最後の方は恥ずかしくって、ほとんど口の中で音にもしない独り言になる。泳ぐ視線の俺の前で、あの時はもう人居なかったけどね!いつもよりも敏感だったし可愛かったと笑顔で告げられ、感じた疲労感は半端なかった。  腹が満たされれば眠くなる。昼間酷使した体はまだ休息を求めているみたいで、自然と欠伸の回数も増えていく。  帰ってきてから眠っていない啓太なんかは、目が半分まで閉じられていた。まだ飲めると愚図るのをなだめて、寝る準備をさせた。その間に散らかったテーブルの上を片して、残ってる残飯はラップをし冷蔵庫へ放り込む。  歯磨きして部屋に戻ってみると、啓太がのろのろとベッドへ潜り込んでいくタイミングだった。部屋の電気を消して、啓太の横っていう定位置へ俺も潜り込む。毛布を肩までかけ落ち着くと、部屋の天井を見つめた。  なんか今日は色々あって疲れた…けど、どれも啓太と一緒にいないと体験できないことだった。  思えば、今年の初めに久しぶりに呼び出されて、あっという間に過ぎていった。  あの時啓太にお願い流され、承諾をしていなければ…俺たちは一生こういった関係にならなかっただろう。だって、自分自身、啓太が好きだったなんて、気づきもしなかったんだから。 「…ねえ、あおちゃん」 「ん?」 「また…嫁の衣装を着てくれる?」  眠たいせいか、潤んだ瞳で見つめてくる啓太の頬を、軽く手で撫でてやる。擦り寄ってくるイケメンを眺めてる俺は、きっと穏やかな微笑みでも浮かべてるはずだ。  昔から、俺の隣はいつでも啓太だったんだ。啓太がそうして欲しいんだったらって、あえて否定せずに流されてやってきたのも自覚してる。だけど、これからはもっと、我儘言っても許されるだろう。  だって、俺はコイツの幼馴染件、恋人なんだから。 「俺以外が着るなんて、許さないからな」  啓太は、へにゃって嬉しそうに笑った。  ◆ 「まだ5月なのに、なんでこんな暑いんだ…!」  真新しいクーラーのリモコンを引っ掴み、下矢印のボタンを連打すれば、甲高い電子音が室内に響く。  今さっき届いた最後の段ボールを運び込んできた啓太は、足元にそれを置くと、暑いねぇと間延びした相槌を打ってきた。越してきたばかりの2LDKのリビングには、ただ段ボールが積み重なっているのみだ。  家財道具といえば、当日中になんとか寝る場所は確保したいってことで、日付を指定して配達をお願いしたベッドのみ。冷蔵庫やら、洗濯機やら…今後必要となる物たちは明日以降に届いたり見に行ったりしなきゃいけない。  このGW中、忙しい日が続くんだ。今日中に片付けられる物は片付けていきたい。 「あ、見てみてあおちゃん!おばさん、カップ麺入れてくれてる!」  首に引っ掛けたタオルで顔を拭きながら、手招かれた方へ近づく。俺の実家から送られてきた段ボールを開けた啓太がさっそく物色を始めていた。 「すごい!フライパンも入ってる!これは…卒アルじゃん!懐かしいなぁ~」 「なんで…同じ段ボールの中に入れてんだ、あの人…」 「あはは、おばさんらしいねぇ。あれ、何だろう、これ…メモ?」 「メモぉ?ゴミ箱じゃないんだぞ、お袋…!」  底の方に入っていた二つ折りのそれを取り出して広げてみる。どうせ、何を詰めるかメモってた紙が紛れ込んだんだろう。そう思って目を落とせば、俺と一緒にのぞき込んだ啓太も動きを止めた。 『2人が一緒に暮らすと聞いたときはびっくりしました。居なくなってしまうのは、とても寂しいです。だけど、男の子だから、仕方のないことよね。  仲良しの2人だから心配はいらないだろうけど、喧嘩して帰るところがなくなったら、いつでも小川家へいらっしゃい。  葵も、啓太君も、私の自慢の息子です。幸せになりなさい。  P.S.紙袋の中身は、餞別です♡』 「おばさん…」  すべてを見抜かれているような手紙だけど、お袋がこの新生活を応援してくれていることは分かる。涙目になっている啓太と目が合うと、お互い照れたように笑いあった、  すんすんと鼻をすすりながら読み返している啓太へメモを手渡し、箱の底に残っていた紙袋へ手を伸ばす。きっとこれが、追伸で触れられていた餞別なんだろう。  中々の重さに首を傾げながら袋を開けて、またも動きが止まる。 「おばさんからのだよね?なんだっ、た…?」  大事そうにメモを抱きしめながら覗き込んできた啓太も、同じように動きが止まる。 「ろーしょんと…ごむ…」 「何考えてんだ!お袋ぉおお!!!!」  嫁の衣装を着てください!そんな、ぶっ飛んだお願いを承諾した結果、親公認のぶっ飛んだ同棲生活が始まろうとしていた。

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