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第3話
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「ん……」
寝返りを打ってから、身じろぐ。肌に触れているふわふわのシーツも、覆ってくれている毛布も温かくて気持ちいい……肌触りの良いそれに、思わず頬を擦りつける。
優しく受けて入れてくるふわふわ……おまけに微睡みの中だ……気分は最高、間違いない。
ポジションを整えもう一度眠りにつこうとした時、優しく頭を撫でられた。髪へ指を差し込み梳くような……遥か昔に母親にしてもらったような感覚に近い。
優しいそれがこれまた気持ち良くて……大人しくされるがままになる。
「……警戒心がないなぁ、君は」
呟きながら小さい笑い声が聞こえる。聞いたことが無いけど、とても落ち着く声だ。
「そんなに可愛いことをしていると、食べられてしまうぞ?」
頭を撫でていた手は、ゆっくりと頬へと移動してきた。指でなぞるようにして、頬から唇の方までやってくると、むにっと下唇を摘ままれる。軽く下へと押され、半開きになる口……何度か擦りつけてきた指は、遠慮無く口内へと押し入ってきた。
「ん……」
舌先に触れた指から甘さが広がる。初めての味なんだけど、これがとてつもなく美味しい……眠いはずだった体は、甘さに反応するように覚醒していく。もっと、これが欲しい……薄く目を開いて、逃げないようにと目の前にある手を両手で掴む。動かない指先を良いことに、舌を絡めて吸い上げた。
「んちゅ……はぁ……」
「これは驚いた……」
何か声が聞こえる……誰か居る……? 赤ちゃんでもあるまいし、こんなことやめなきゃいけないはずなんだが……もっと欲しいって気持ちが強すぎて、何も考えられなくなってくる……。
「僥倖だな……最高だね」
髪の毛を巻き混ぜるような頭の撫で方の後、口に含んでいた指を引き抜かれてしまう。
行かせまいと掴んでいた両手に力を込めるんだけど……俺の力は驚くぐらいに弱々しくって、簡単に離れていってしまった。中途半端に与えられたせいで、体が疼く。喉が乾いて堪らないんだ……縋るように、目の前で自身の腕を枕にしている相手を見上げると、そいつは柔らかく微笑んだ。優しい表情とは裏腹に、捕食者に睨まれたようで体が固まる。
「おはよう、マコト。なんとも熱烈な朝だな」
「え……?」
「どんな夢でも見ていたのか……私の指は、そんなに美味しかったのかな?」
「え……ッ、えぇ?!」
添い寝をしている男…ユーグの指へ視線が集中する。もしかしなくても、俺がしゃぶってたのって、この男の……指……?
一気に血の気が引く。慌てて飛び起きて、距離を取る。テンパりすぎて何も言えない俺を前に、ユーグはにこにこ笑いながら枕を抱くようにして倒れ込んだ。
「あまりにも可愛いことをしてくるから、食べちゃいそうだったよ」
「ひえ……!」
「ふふ。理性を留めた私に、感謝して欲しいなぁ」
ぴったりとした黒のインナー姿で、朝日を浴びて妖艶に笑う……な、なんだこいつ、めちゃくちゃエロいぞ……?! っていうか、今とんでもないことを言われたよね!?
エロい雰囲気を醸し出しまくりのユーグを前へ、急いで正座をすると頭を下げる。
「す……すいませんでした……!!!」
白いシーツに擦りつけた額。そこからふわりと香る良い匂い……男相手だって言うのに、間違いが起こらなくて良かったと心の底から安心した……起こってない、よね……?
「起こってないよ、今のうちは」
「今のうち?!」
勢いよく起き上がって相手を見れば、恐ろしい程の色気は消え去っていた。代わりに悪戯でも成功したようにニヤニヤと笑っていて……なんだこれ、からかわれたのか、俺は?!
思わず脱力した俺を見て、やっぱりユーグは楽しそうにくすくすと笑っていた。
とりあえずこれを着てくれと渡されたのは、くすんだ白のローブワンピースとグレーのケープ。まるで聖職者のようだ。
それでも、これでまともな服装になれると喜び勇んで着てみれば、ユーグの物らしくかなりでかい。
袖は閉まっていて、ボタンで留めるタイプなので萌え袖は回避できたが……丈が長すぎて、引きずりながら歩くことになるんすけど……
「マコト、靴はこれでどうだろう……プッ」
腕を広げて確認していた俺の元へ、靴を片手に戻ってきたユーグは遠慮無く吹き出した。本当に失礼だな、この国の奴ら。
「あっはっは、なんだ、子供みたいだな!」
「うるさいなぁ!?」
睨み付ける俺を気にすることもなく、むしろ爆笑しながら近付いてくる。全身を確認してニヤニヤ笑いながら靴を床へと置いた。
笑いながら俺の横を通り過ぎたユーグは、なんか布の山になってる一角へ頭を突っ込み漁り出す。そんなのを背景にして、持ってきて貰った靴も履いてみた。お、これはぴったりだわ。
「おーい、こっちこっち」
茶色い帯みたいなのを手にしたユーグに、手招きされた。大人しく従えば、腰から背中へ抱きつくように腕を回される。寝起きの出来事を思い出し思わず硬直する俺に構うこと無く、慣れた手付きで帯を装着してきた。あ、変に意識してるの俺だけですか、そうですか……
中心より少しサイドで結んだ帯は、片方だけを長くして前へ垂れ下がる。ユーグが着ているローブと同じ刺繍が施されていて、漂うお揃い感がなんか嫌だった。
「う~ん、どこからどう見ても、私の従者だ。顔は少し辛気くさいが、良しとしよう」
ねえ、一々ディスってくんのやめてくれないかなあ? 不満そうに睨むけど、やっぱり気にしない。なんなの? この人のメンタル鋼なの……?
「よし、まずは朝食にしよう。君は食べなきゃ生きていけないだろ?」
「え? まあ……」
「こっちだ」
2つあるドアの左手側を開けると、俺を置いてさっさと出て行ってしまった。また取り残された……自由人過ぎて吃驚するわ……
深くため息を吐いてから、ユーグに言われたドアの方へと向かう。長すぎた丈は、帯で踝あたりまで裾上げしてくれたお陰で歩きやすくなっていた。
部屋の中央に陣取っている作業台みたいなデカイ机。その奥におそらく水道とおぼしきもの……この世界、上下水道はあるんだな……それと、横にはコンロのような設備の上へ鍋やらが積み重なっている。おそらくキッチンだったであろう場所は、腐海だった。
あちこちに本が詰まれてたり、何かの燻製らしき物が落ちてたり、骨と薬草組み合わせた魔除けですか? と聞きたくなる怪しいものが天井から吊り下がってたり。棚にはびっちりと小分けされた瓶が並んでいるが、その中身も綺麗な鉱石だったり、キノコだったり、ホルマリン漬けの目玉だったり……極めつけに埃っぽい。薄気味悪い印象よりも、汚い印象の方が数百倍は強い。
「きったな!!」
「片付けは苦手なものでな」
叫んだ俺の声に、作業台の物の上を漁っていたユーグがドヤ顔で答えてきた。そこでその顔をするのは間違ってると思う。
物を適当に避けて掘り起こした籠抱え、ユーグは対角線上にあるもう一つのドアへと向かう。
「向こうで食べよう」
言われた通り後をついて行く。ドアを抜けた先は、昨日ホットミルクを飲んだ暖炉のある部屋。そこが廊下の突き当たりの部屋だったから……コの字型3部屋構造になってるのか…? 意外と広いな。昨晩同様に暖炉の前へ座るように促され、大人しく着席する。
俺の膝の上へ籠を置き、近場に転がっていた椅子を向かう合うように設置。続いて、積み重なってる本を引っ張ってきたと思えば、俺から籠を回収して、その上へと置く。その本の山が机って、こと? 貴重な本とかではないのか……書物の扱いは素人だけど、こうやって使ってはいけないことだけは俺でも分かるのだが……
なぜか俺の方がそわそわしながら見守る。蓋を開ければ、中から出てきたのは丸っこい黒いパンと、卵、枯れてる野菜、塩漬けされてそうな肉。え、パン以外生じゃない? と言うか、食べれんのこれ、賞味期限大丈夫……?
「パンは大丈夫だと……」
「マジ……?」
恐る恐る手に取ってみる。結構デカイそれを割ろうと力を入れるが、ビクともしない。爪を立てるようにして何度か試してみるも、少し削れる程度で終わった。
「なんだこれ?!」
「貧弱だなぁ」
「硬すぎだろこれ、食べ物じゃないよ!」
「またまた」
ニヤニヤしながら俺からパンを受け取ったユーグも、同じように力を込めること数秒。何事も無かったかのようにそいつを籠の中へとしまい込んだ。
「よし、食堂へ行こうか! 城のご飯は美味しいんだ!」
「ねぇ?!」
突っ込む俺の首根っこを捕まえたユーグは、再びズカズカと歩き出す。引きずられるようにして、俺の異世界1日目の朝が始まった。
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