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第5話

 .5  怯えて出て行った人は半分ぐらいはいたようで、かなり閑散としている。  人の居ない広々とした食堂を横切り、端の方にあるソファー席へと腰を降ろす。人目も気にせず、平気で本の上へ腰掛けるような人だから、てっきり席にこだわりは無さそうに見えたのだが……座り心地の良さそうな席を選んだ所に少しだけ驚いた。  豚の生姜焼きみたいなのとサラダ、パンが乗ったこのプレートはモーニングらしい。モーニングって言えば、目玉焼きとか焼き鮭とかなイメージだが……朝からこんな重い物を食べるのかと文化の違いに驚く。まあ、好きだし食べれるから大歓迎なんだが。生姜焼き。  箸はもちろん無いので、フォークを使って齧りつく。濃いめの味付けだけど、美味い。パンとも合うし、意外と朝からでもいけた。  食事を始めれば、互いに何も喋らずひたすら口を動かし続ける。半分ほど食べ進めた時、突然皿の中へパプリカっぽい野菜が転がり込んできた。犯人など一人しか居ない。  向かいの席で懸命に野菜を避けていたユーグは、再び赤い団体をフォークに乗せると俺の皿へと入れようとする。  じーっと見つめていた視線にやっと気づいたようで、中途半端な位置で止まったフォークを握ったまま、にこっと笑いかけられた。 「これを食べると身長が伸びるらしい」 「それ絶対嘘でしょう?! 今皿に載ってるのは食べるから、後は自分で頑張りなさい」  ぴしゃりと言い放てば、ユーグはぐううと唸りながらフォークを自身の皿へと戻していった。  大体、俺はもう24だ。これ以上の成長を見込めないことも分かっている。大量の赤い塊をどうしようか迷っているイケメンの前で、食事を再開させた。  それをとりつく島もないと判断したようで、彼は一気には無理だと断念し、少しだけ盛り直してから目を瞑って口へと運んだ。ひたすらに絶えながら咀嚼……すごい、200センチ近いクール系イケメンが、嫌いな野菜を一生懸命食べている……すごい絵面だ。飲み込んだ後に、一気に飲み物を呷っているのを見る限り、かなり苦手なようだ。  その姿に、鼻から大きく息を吐き出す。無言で皿をユーグの方へと突き出した。不思議そうに俺を眺める男へ、野菜とだけ言えば、すごく感動された。 「マコトぉ……!」  涙目になりながら素早く野菜を盛り合わせ、俺の皿へと移してきた。ついでに、なぜだか俺の皿に乗ってた肉を一枚持って行く。  いや、まあ……金はユーグが出してくれてるからな……奢って貰ってる手前、文句は言えないです…… 「ぐぅ……」  思わず出た唸り声は、奇しくもユーグが上げた唸り声と一緒の物になってしまった。  ◆  食後、盆を下げつつ温かいお茶のお代わりを貰って同じ席へと座り直した。  この男には片付けるって概念は存在していないようだったので、下げもお代わりも俺が2人分やっている。別に不満はないが、この人はどうやって生きてきたんだろうか。使用人が全てやってくれるような、良いところのお坊ちゃんだったりするのかもしれない。 「さて、では、昨晩出来なかった補足説明から始めようか」 「お願いします」  長い足を組み、ソファーへ背を預けた形で座り直す。ついでとばかりに膝上で指まで組んだ姿が様になっていて、同じ男として少しだけ悔しい。 「まずは君の処遇についてだ。昨日マコトが眠りについた後に、聖女の部屋に殴り込みへ行ってきた」 「殴り込み?!」 「召喚された聖女と殿下がしっぽり決め込まれなんてしたら、洒落にならないしねぇ……まあ、通夜みたいなどんより雰囲気で全くの杞憂だったのだけれど」 「え……」  少し意外だった……妹のことだから、顔の良い男を前に放心でもしてるかと思ったが、そんなことは無かったらしい。 「しっかりと私の従者として許可をもぎ取ってきたよ」 「お手数お掛けしました……ありがとうございます」  とんでもなく有り難い発言に、素直に頭を下げる。何の能力も無い、ただの一般人の俺を引き取って何かと世話を焼き、立場までなんとかして……ユーグ様々だ。  しかし、俺のお礼が足りていなかったのか、テーブルの向こうでユーグは組んでいた足を降ろして座り直し唸り声を上げる。どうしたのか……顔を上げてみると、前のめり気味に座り直した相手は、テーブルを乗り越えるようにして俺の目の前にまで顔を寄せていた。ちッ、近……!! 今日はやたらと美形に顔を寄せられる日だなあ…?!  だが、ここまで親切にしてくれた人相手に、詰め寄られただけで引くのはさすがに失礼だろう。顔を引きつらせながらも、距離を保ちつつ相手を見つめ返す。柔らかな雰囲気を消し去り、眉の間に皺を寄せ難しい表情を浮かべているユーグは、迫力があり正直少しだけ怖かった。 「……う~ん。本当に理解し難いなぁ……」 「何がですか」 「私にはマコトの考えが時々理解出来ないんだ。君、こちらの事情に巻き込まれて召喚されたんだよ?」 「え? まあ、はい」 「その上扱いも酷いし……こんな場合、一般的には怒ったり泣いたりするものじゃないのか?」  確かにあの王子には腹が立ったか? と聞かれれば、イラっとした。妹は……まあ、トラウマ的に頑張ってくれた方じゃないだろうか。だけど、それぐらいだ。現に今は、拾ってもらえてなんとかなっている訳だし。ユーグには感謝しかない。ここまで環境を整えてくれた良い人に、当たり散らかすなんて出来るわけもない。 「別に……怒っても泣いても、どうにもならないし…」 「ふむ」 「俺なんかを引き取ってくれるなんて、感謝すべきことだと思ってますし。第一、怒りをぶつけたってどうにもならない……むしろ、怒って立場悪くなっても困るし……」  手っ取り早く俺が頭を下げれば穏便に済ませられるのならば、それが最適解で間違いない。  ユーグが俺の立場をもぎ取るためにとった手段が、穏便だったかは置いといて。冗談で殴り込ましたわ~って使う時もあるけど、どうにもこの人が言うとガチっぽく聞こえるから怖い。  心の中でも見透かすように、俺の目をじっと見つめてくる。  キラキラ輝く瞳は、相変わらず不思議で綺麗なグラデーションをしている……そのわり、宿る光は鋭く冷たい。  なぜだか目を逸らしちゃいけないと本能が告げている。昨夜同様、必死に目を逸らさす見つめ返した。これ以上の面倒事は御免だ。他意など本当になく、ユーグには感謝しているんだ。  見つめ合うこと数秒。先に相手が瞬きをすると、視線が変わる。真意を探るような視線から、何か面白い物でも見つけたように細められた。 「なるほど、面倒なのは御免だ、と。それには私も同意見だよ」  え……? もしかして、口にだしてた…?  反射的に唇を噛みしめるが、俺の反応なんてもうユーグにはどうでもいいみたいだ。再びソファーへと背を預け、距離が離れていく。 「ついでだから、私もぶっちゃけておこうか」  ユーグがぶっちゃけなんて砕けた言葉を使うのが、とても似合わない。上品な見た目は時々損するもんなんだな……。どうでも良いことを考えながら、相手の発言を待つ。 「君は、私のことを良い人だと思っているようだね?」 「まあ、はい……」  見ず知らずの俺にここまでしてくれた彼は、良い人で間違い無い。わざわざ自分の従者にするために殴り込みなんて、普通は行かないだろう。 「残念ながらそれは違う。私は、私の責任を負っているだけだ」 「責任……? 召喚した……?」 「ああ。私が契約しているのは、聖女召喚だ。そして、その命を下したのがヒルデベルト殿下ってだけでね。私自身、召喚した聖女がどうなろうと知ったこっちゃ無い。管轄外だからね、そこまで面倒見切れないさ」  予想以上にドライな人だった。まだ少ししか一緒にいないけれど、情もあるんだと思っていた……が、魔術師としての仕事だって割り切れば、そうなるものなのか。 「しかし、君は違う。手違いとはいえ、私が召喚してしまった。これは私の失敗であり、責任だ。これでも責任感を持って仕事にあたっていてね。仕事は完璧にしたい主義なんだ。まさか、この私が召喚に失敗したなんて事は有り得ないが……万が一失敗してしまったのだったら、それがバレてしまうのはとてもよろしくない」 「要するに、都合が悪いから手元に置いておきたいと」 「そうだとも。決して慈悲の心では無い。むしろ、私は慈悲から一番遠い存在とも言えるね。簡単に抹消してしまうのは私の理念に反するが、悠々自適な魔術師生活が脅かされる脅威は早めに対処をしておきたい。なんとも身勝手な理由で君の身柄を引き取ったわけだ」  ユーグとしては、自分の今後の為にも多少面倒事だとしても引き取るだけのメリットがあると動いてくれたのか。だけど…… 「良い人じゃなかったとしても、俺はユーグさんに助けられた。だから、感謝の気持ちは変わらないです。ありがとうございます」 「君、ここまで言われているのに礼を言うのか? 正気か…?」 「正気と言われても……地下牢行きの運命を変えれたのは紛れもない事実ですし……」 「先ほどだって、私に肉を1枚取られただろう?」 「それは結構許せないですけど……お金出したの、ユーグさんですし」 「理解出来ない……こんな人間見たこともないな……不思議な生き物だね、君は」  降参だと肩をすくめ、後頭部をガシガシ掻き上げる。一見相容れなかったのかとも思ったが……少しだけ出ている耳の先が、赤く染まっているのが分かる。  俺の感謝は、しっかりと伝わってくれたようだ。 「それと!」 「ッ?!」  いい知れない満足感に満たされていたら、再びユーグが身を乗り出してくる。勢いよく人差し指を顔間近に突き立てられ、びくりと体が揺れた。 「私に対して畏まった態度やさん付けは気色が悪いので、今後私に向かって使用するのは禁ずる」  一瞬ポカンとしたが……照れを誤魔化すようにむすっとした顔をユーグの発言に、溜まらずに吹き出してしまった。

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