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第6話
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「さっきの話だとさ……」
「ん~?」
食堂からの帰り。部屋へと戻る途中で、隣を歩くユーグへと声をかけた。相変わらず何を考えているのか読めない表情で、視線だけをこちらへ向けてくる。
「ユーグ、昨日の夜に美咲と会ったんだよな?」
「ああ、そうだね」
「その……大丈夫そうだった?」
「……気になるか?」
それは気になるだろう。聖女は悪いようにはされないと言われても、実際に目にしてみないと分からない。強制的に聖女をやらされるとも聞いてしまったのだし、本人に今後どうするつもりなのかも聞いておきたいし。
「会ってみるかい?」
「え……? 会えるのか?!」
正直会えるとは思っていなかったら吃驚した。
聖女様って重要な人なんだろ……? おまけに俺のことを牢屋に入れておこうとしたぐらい引き離そうとしていたわけだし。家族だって言っても、そう簡単に会わせてくれるとは思っていなかったが……ユーグの権力使えば、そんなのも関係ないってことなのか……?
「私を誰だと思っているんだ。宮廷魔術師だよ、君はその従者、行けないところなどないぐらいだ」
「すっごい……!」
「ただ、聖女の兄という情報は伏せてくれるか。話がややこしくなりかねないからな」
「了解!」
自信満々に胸を張る姿に、少しだけ見直した。本当にユーグの言う通り宮廷魔術師っていうのはすごい権力のある人のようだ。今更ながらに、とんでもない人の従者になれて得しかないと思う。
聖女に会うならこっちだな! と、方向転換した自分の主人の後を付いて、俺も踵を返した。
「現在聖女様は、特定の方のみ面会が可能です」
聖女の部屋の前を護衛している騎士2人。向かって右側の騎士の言葉を聞いて、すぐにユーグへ振り返った。ところが、頼みの綱である主は、俺の後ろでふわふわな髪の毛を一房取り毛先を弄っていて、話など全く聞いちゃいない。視線にも気付いてるくせに、俺の方を見ようともしない。
……そうだよな、ユーグってそういうヤツだよなあ。少しでも信用した俺がバカだったよ……
「あー……私は、宮廷魔術師の従者なのですが、」
「左様ですか。ですが、面会可能者の中に貴方は入っておりませんので」
今度は左側の騎士が胸から取り出した紙を一瞥し、すぐに懐へとしまい込む。それ、絶対にちゃんと見てない。確認するつもりなんてないんだろう。煽られてる……いやしかし、ここで喚いたって仕方がない。
アポも取らずいきなり押しかけたのはこっちだし、ちゃんとした手続きを踏んで、また後日来よう。妹にアポ取りってのも変な話だが。
「……はぁ。帰ろう、ユーグ」
「ふむ。会わなくていいのか?」
「良いも何も、通してくれないんだし……」
「なるほど?」
毛先をぷちっとちぎってから、ユーグはやっと髪の毛を弄ることをやめた。枝毛でも探してたのか、この人は……相変わらず自由な彼は、その場でローブを叩いてから俺を一歩下がらせて前へと出る。
何をするのかと高い頭を見上げれば、小声で何かを呟きながら腕を前に伸ばした。次の瞬間には、2人の騎士が守っていた扉が全開になっている。もちろん、開いた先には誰も居ないし、外からは誰も触ってはいない。軽い怪奇現象に、俺も騎士2人も呆然としている。
「通っても、構わないかな?」
「ッ、そ、れは……!」
どもる騎士の声だけで分かる。ユーグの圧倒的目力を体験してるんだって、すごくよく分かる。まだ本気の目力を体験したことはないが、普通に見つめられるだけで怯むぐらいだ。本気のやつは相当怖いだろう。現に、反応できたのが片方だけだ。
「私はこれでも宮廷魔術師として、国に招かれているんだ……意味が、分かるかな?」
「し、失礼、いたしました……!」
な、なんていやらしい圧力の掛け方……艶のある頭を見つめながらどん引きしていれば、それがくるりと回ってきた。思わず騎士たちと同じように後ずさったが、彼はにっこりと満面の笑みを浮かべていた。
「ね? 行けないところなど無いだろう?」
「あ、ああ。そうだね……」
「さて、それじゃあ行こう」
機嫌良く何事も無かったかのように室内へと入る。
あ、ヤダ待って、置いてかないで……! 残されたらとても絶えられ無さそうな空気感なのを察し、軽い足取りのユーグの後を追うように扉の中へと足を踏み入れる。念の為、両開きの仰々しい扉を片方ずつ掴み、失礼しますと引きつった笑顔を浮かべながらそっと閉めておいた。
入った先は、待機室のような、何も無い部屋だった。更に奥へと続く扉からは、何か話し声が聞こえているので、妹たちはこの先に居るのだろう。
そして、その扉も気にせず開け放とうとしているユーグが目に入り、慌ててストップをかけた。またあんな強行突破をされてはたまらない。もう少し穏便に事を進めて欲しいんだけどなあ……! そう言っても、本人は1ミリも伝わりそうにないので、黙っておこう。
「ちょ、ちょっと待って……!」
「どうした?」
「さすがに女性の部屋を勝手に開けるのは……ノックとか、ね?」
「……まあ、マコトがそう言うのであれば」
超不満げな顔をされたが、相手が着替え中とかだったら洒落にならない。動きを止めてくれたのに少しだけほっとする。
扉は他の部屋とは違い、金を使った豪華な施しがされていた。ノブもぴかぴかに光っていて、掴むだけで指紋が付きそうだ。レベルが違う部屋を前に少しだけ腰が引けるが、無理に入ってきた分引き返すわけにもいかない。
「失礼致します、面会希望の者ですが……」
小さく深呼吸をしてから、扉を軽くノックをし声を掛けてみる。ごめんなさいとくぐもった女の声の上に、少し待ってくれと男の声が被さってくる。
最初のは妹か? 切羽詰まった感じだけど……う~ん。やっぱり無理矢理開けるのは良くないよなあ。
待てとの声もあったため、素直に待つことを選択した俺の隣で、やっぱりユーグがやってくれた。何の躊躇いも無く、ドアノブを回したのだ。
「ん? なんだ、開いているじゃないか」
本っ当に怖い物知らずだな……うらやましいぐらいだよ……さすがに空気は読んでくれたので、先ほどのようにみたいにバーンと開け放たなかったのは唯一の救いだ。
ユーグの腕の長さ分ほど開いた扉の先では、昨晩以来の殿下の後ろ姿がある。椅子に座っている、いかにもな服を着ているのが美咲か……?
「聖女よ、無理を承知の上でのお願いだなんだ……」
「でも……」
「心の整理が付かないのも分かる……だが、一目だけでも」
殿下が跪いて、妹の手を握って懇願してる……何、この状況。
助けを求めるように隣を見上げると、すごく微妙な顔をしたユーグと目が合う。きっと、俺もそんな顔してるんだろう。
小声でなにあれ、と伝えれば、相手はため息を吐いてから、大きな咳払いを1つ。
「あー、失礼しているぞ~」
ついでに大声で呼びかけてくれたお陰で、室内の2人は大きく肩を揺らした。
俺たちの姿を見つけた殿下が、明らかに不機嫌な表情で立ちあがる。
「貴様等、どうやって」
「お兄ちゃん?!」
殿下の発言を気持ち良く掻き消してくれたのは妹の声。なんだよ、やれば出来るじゃないか。もっと早くにそれをして欲しかったよ……
勢い良く妹も立ちあがると、両手で口を押さえる。その仕草と、真っ白のカソック、ケープ付きなんてものを着ているせいで、なかなか聖女も様になっているようだ。
「またお前か、ユーグ! 私は入室を許可した覚えはないぞ………!」
「申し訳ありません、殿下。しかし、聖女の方が私たちに用事があるようですので」
「何……? そうなのか、聖女よ」
「え?! え、えっと……」
この殿下チョロすぎないか……? 少しだけ心配になりながらも、話を振られてテンパる妹を見る。視線は落ち着きなく、俺と殿下の間を行ったり来たり。
ここに来たのは俺の希望なのだし、振るなら妹じゃなく俺で良かったはずなのに。なぜこんなことをしているのか意図を図りきれずユーグを見上げれば、呆れたような目で妹を眺めていた。もしかして、ユーグって俺に対して甘いだけで、結構厳しめの人だったりするのだろうか。
「言いたいことがあったと思ったのだが……無いなら失礼するよ。行こうか、マコト」
くるっと背を向け、俺にだけ見えるようにウインクを送られる。これは従えってことか……? そんな洋画みたいなことされても、分からないんだが……?!
「ま、待って、下さい!」
ユーグに習い背を向けようとしたら、大声の妹に呼び止められた。
見れば、妹は俺の腰当たりを見つめて立っている。スカートの裾握りしめている両手が震えているのが分かった。
「……あの……昨日は、ごめんなさい……」
視線は一切合わないけど、俺に向けられた言葉に息を飲む。妹が自分の非を認め俺に対して頭を下げたことなんて何十年振りだろうか。幼い頃はそれなりに仲の良い兄妹だったはずだが、彼女が小学校に上がる頃には母親の影響もあり、格下に見始めていたんだったか。
「まあ、なんとかなったし……大丈夫」
「で、でも……」
「俺と家族だって思われるのが嫌なのは知ってるし」
「べ、別に、そんなことは……!」
「いいよ、今更取り繕わなくても。とにかく、俺はこの通り、大丈夫だったから。お前も、無事そうで良かった」
「あ……」
年の離れた妹の久しぶりに聞いた素直な言葉に咄嗟に反応仕切れずに、歯切れの悪い返答しか返せない。
「いやぁ、良かった良かった!」
どうにも微妙な空気になってしまった室内に、ユーグのあえて空気を読まない声が響いた。妹の顔をしっかり見ることも出来ず俯いた俺の背中をそっと温かい手が擦る。ふわりと香るユーグの香りに、少しだけ気分が落ち着いてくる。
「さて、用事も済んだようだし、私たちはこれで失礼しようか」
2人の視界から俺を遮断するように前へと乗り出した魔術師は、優雅に頭を下げる。
「お邪魔いたしました」
行こうかと囁きながら優しく促され、とぼとぼと歩き出す。
「貴重な時間をいただけて良かったなあ、マコト」
言葉では感謝している内容だが、まるで煽っているように聞こえてしまうのは俺だけだろうか。ペラペラと流れるように殿下と聖女を持ち上げる内容を口にしているが、退室して扉を閉めた魔術師がこちらへと向けた顔を目にして、苦笑いを漏らしてしまった。
ニヤニヤと、なんとも人の悪そうな笑顔を浮かべている。これはやはり、煽りながら小馬鹿にしていたんだろう。俺と同じようにダメージを受けていそうな妹と、表面しかくみ取れない殿下にそれが伝わることはないことが分かっていてやっていたのだろう。なんとも良い性格をしている。
「いやぁ、なかなかな顔だった」
「ユーグなあ……」
「私だって思うところはあるのさ。少しばかり馬鹿にしても、阿呆に伝わりはしないだろう」
「辛辣」
「さて、そろそろイストたちが来る時間だ、部屋に戻ろうか」
「え?」
その言葉と同時に、入り口の扉が開く。今朝会ったばかりのイストと、部下らしき神官数人が立っており、俺たちを見つけたイストは驚きの表情を浮かべた後に嬉しそうに微笑んだ。
「ユーグにマコトくんじゃないですか、さっきぶりですね」
「お世話になっております」
「なぜこちらへ……? 聖女に用事でしたか?」
「いや、ちょうど終わった所だ」
「そうでしたか。あ、そうだ。この後お時間ありますか? 良ければマコトくんもご一緒して欲しいのです」
「あ、えっと……」
「僕はこれから聖女とお会いするのですが、ご家族の方も同席していた方が緊張もほぐれるかなと思いまして、」
「ああ、すまないがこの後のマコトは私が予約済みなんだ」
「おや、そうだったのですか」
「悪いね、じゃあ行こう」
なんて答えれば良いのか戸惑っていた所を遮り、笑顔でさらりと嘘を吐くと、俺の肩へ手を回してきた。ユーグに促されるようにして部屋を出る。
正直、俺が居たら妹の機嫌は悪くなる一方だったのでとても助かった。部屋の外へ出れば抱かれていた肩も解放され、二人並んで歩き出す。
護衛の騎士が見えなくなるぐらいまで着たところで、やっと詰めていた息を吐き出せた。
「素直に助かった……ありがとう……」
「なに、本当にこの後も今後について説明しようと思っていたから、事実だ」
良い人じゃないって言いながらも俺が気にしているからと妹の部屋まで連れてきてくれたり、謝罪する切っ掛けくれたり、助けてくれたり……ツンデレなのか……? それとも、本当にそうすることで他にメリットでもあるのか……まだよく分からない。
「そっか……そう言えば、ユーグ、昨日美咲と話もしたのか?」
「ん? 話したかなぁ……?」
「言いたいことがある~なんて言い出すから、何事かと思ったよ」
「ああ、あれか。昨晩、聖女の対応によっては、その場でお前の兄は殺される可能性もあったと言う事実だけを教えてあげたのさ」
「……え、それ本気で言ってる?」
「通夜みたいだと言っただろう? 殿下が優しく話しかけると見惚れているんだが、すぐに我に返る。すると心ここにあらずと言うか……端的に言えば、自分がマコトを庇えなかったことを後悔していたようだったよ」
「あー……まあ、妹にも事情があるだろうし。何より、イケメン好きのチョロい女でもあるからなあ」
「仕方ないさ、それは、私が」
「なんか、申し訳ない」
手に取るようにユーグが言う通夜の光景が目に浮かび、自分のことじゃないが申し訳なくなってしまう。ユーグが何か言おうとする前に、謝罪を重ねた。
頭を下げた俺を見て、何か言いたげな顔をしてたけれど、結局ユーグは口を閉じて、そうかとだけ笑っていた。
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