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第7話
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妹の部屋からユーグの部屋まではそれなりの距離があった。
その後特に会話は続かず先導するユーグの後ろをついて行く形で、彼の部屋へとひたすらに歩みを進めた。1人でもたどり着けるようにと目安になりそうな物へ目星を付けながら歩き続ける。そういえば、折角妹と会えたと言うのに、昨日確かめようと思っていた身の振り方についてまでは確認できなかったなあ。あんな流れじゃ切り出せないし、そもそもそこまで考えも回らなかったが。
過ぎてしまったことは仕方ないかと気持ちを切り替えていけば、もう間もなくユーグの部屋という所まで辿り着いていた。
時間にして数十分。聖女の部屋とは正反対の位置になっているようで、宮廷魔術師と聖女が関係を持つことを良く思われていない事も勉強になった。
長い道のりを経てほこり臭い部屋へと到着すると、例の如く暖炉前へと座った。もうここが俺たちの定位置みたくなってきている。落ち着いた所で、今度は初耳だった情報を思い出した。
「なあ、さっきさらっと流してたけど、即死フラグがあったって本当なのか?」
「……最悪ね」
色々なことが起こりすぎてその場では聞き流してしまっていたが、即死があったと言われれば詳細を聞いておきたい。今後もそれが原因で即死があり得るかも知れないし、この世界のことであれば少しでも知識として入れておいて損は無いはずだ。
「あの場で、殿下が私に殺せと命令してた上で、私の気が向いていれば、一瞬で終わっていただろうね」
「こわい……」
「言っただろう? 仕事は完璧にこなしたい主義なんだ」
無理矢理連れてこられるだけでも迷惑な話だというのに、要らない物が付いてきたから、それは削除しておいて欲しいって……判断としては間違いないが、倫理観がバグっているとしか思えない。
「……聖女ってさ、この国の危機を救うための重要人物なんだろ? 聖女側からしたら、そっちの都合で勝手に呼び出してるわけだし、そんな中聖女と一緒についてきた人間がいたら、謝罪の意味も込めて貴賓扱いとかにならないのか……? 今までに巻き込まれとかなかったの?」
「対象者以外が召喚されるのは今回が初めてだ。その人間の扱いについてはこの国で決めることであって、私が決める事柄じゃ無いからなんとも言えないが……私個人としては、何に関しても理由があると思っているのでね。その究明もせず簡単に抹消してしまうのは、どうかと思うよ」
時々、ユーグはこの国の人にとても冷たい。さっきも国に招かれて宮廷魔術師をやってるって言ってたし……元々この国の人間じゃないのかもしれない。
だとすれば、ユーグの言っていることは確かだ。いくら地位があるとしたって、内政に口出し出来るような立場じゃないだろうし、自分に関係の無いこととなれば、正直どうでも良いだろう。
「だが、昔ならあり得たかもしれないね」
「昔……?」
「今は微妙な時期だ……単純に、マコトは運が悪かったんだろうよ。実を言うと、今回の召喚は全員一致ではなかったんだ」
「は……? あの殿下が単独で行動起こしたってこと?」
「いや、殿下にそんな度胸も力量もないさ。殿下に取り入っている保守派が、彼を動かしている」
「保守派……? なんの?」
「聖女のだ」
は? 何を言っているんだ……? 国の危険を救ってくれる聖女に賛成も反対もあるのか……?
保守派ってことは、今まで通りに聖女を使った運用で回していきたいってことだろう。
「今、この国では聖女廃止派と保守派で割れていてね。その中で、無理矢理召喚を行ったんだ。聖女どころか余計な人間までいたら邪魔で仕方ないだろう?」
「まあ、召喚した人間からしたらそうだな」
「召喚した本人は自身のミスでは無い限りはどうでもいいんだがね。結果、関係の無い人間まで巻き込んだと廃止派が騒ぎ出し混乱が発生する。聖女の対応だけでいっぱいいっぱいな彼が、廃止派の相手まで務まる訳も無い。だから、殿下はとりあえず地下牢へ隠そうとしたんだろう」
それであの散々な扱いになったのわけか……納得した。どう暴れようとも、俺の存在を隠すことは決定事項だったわけだ。
そんな相手が、次の日には堂々と出歩いてるわけなんだが……ユーグの従者になるってそんなにみんなが納得するようなことなのか……? 近くに居れば安全なのは間違いなさそうだが。
ポンコツ殿下の評判がどうなるかは知ったこっちゃ無いが、聖女の扱いも気になる。部屋を見る限りかなり良い待遇ではあるようだが、全員が歓迎してくれてないのなら微妙な立場になるんじゃないのか……?
「荒れている国内情勢ではあるが、聖女の扱いに関しては問題ないさ。聖女がいなくて困っていたのも事実。召喚してしまったものは仕方ないし、今後どうするかはこの国の人間が考えれば良いことだ。価値がある間は上手く利用するのが人間って生き物だろう?」
「それって本当に問題ないのか? 価値が無くなれば、ただの火種の娘ってことだろう……?」
「どうかな。廃止派の代表的意見は、関係の無い人間を無理矢理巻き込むのは倫理観に反すると言った内容だったはずだ。ならば、関係ない力の無い小娘は庇護する対象になると私は思うよ」
「そうか……なら、確かにユーグの言う通り聖女は悪いようにはされないかもしれないな……ちなみに、俺は、その派閥に絡まれることとかはないのか?」
「無い。私の従者になった時点で、君はこの国とは関係の無い立場となっているし、君が聖女の家族であることは基本的にはあの場に立ち会った者しか知り得ない。箝口令も敷かれていたはずだよ」
「そうなんだ……なら、良かった……」
無関係な人間を召喚した事にかこつけて利用されるっていう、面倒くさい自体にはならなさそうだ。とりあえずは主であるユーグの手伝いとかをしていれば良いのかな……?
そう言えば、従者ってどんな仕事をするんだろう。身の回りの手伝いとかか? 時代物なんてそこまで見たこともないので、いまいちぱっと出てこない。
「ところでさ、俺って何をすれば良いの?」
「そうだな……何がしたい?」
「え……ユーグの仕事手伝うとか……? 手の足りてないことがあれば、それを手伝いたいんだけど」
「私の契約は聖女候補を探しと召喚ぐらいだな……興が乗れば魔術について研究したりはしているが、それはただの趣味で結果を求められている訳じゃ無いんだ。たまに相談役もしているけど、これは本当に稀だな」
「召喚って……もう終わったんじゃないのか?」
「そうだね。つまり、特に何も無いと言うことさ。好きにしてくれて構わないよ」
ここに来て、まさかの穀潰しの許可が下りるとは思わなかった。
拾ってくれた本人が何もしなくて良いと言ってるんだから、本当にぐーたら過ごして居ても問題ないんだろう。だけど、さすがにそれは良心が痛む。
「そんなこと言われても……従者だろ? あー……身の回りの世話とかは……?」
研究については魔術オンリーだろうし、ずぶ素人な俺が手伝うよりも1人でやった方が良いだろう。
となると、出来ることと言えば掃除洗濯といった家事全般。どの部屋を見ても散らかっていて、長年掃除がされていないのは分かるので、これなら俺でも力になれそうだ。
「私の世話を焼いてくれるのかい?」
「それぐらいしか俺に出来なさそうだし、ユーグが良ければ」
「私は構わないけれど……」
「そっか。じゃあ決まりだな!」
じゃあ早速掃除でも始めよう。釦を外して袖を捲り上げ始める俺を見て、ユーグはきょとんとした表情を向けてきた。
何をするつもりなんだって顔してるけど……いや、この状況ですることなんか1つだろ……?
「いや、まさか……掃除なんて言わないだろう……?」
「するだろ、掃除。この後用事は?」
「ほ、本気か……? この部屋を? 全部?」
「まずは生活スペースの確保から始めるよ。全部はしないから大丈夫」
「いやいや、しかしだなぁ……!」
「いるかどうかの判断はユーグに任せるから。とりあえず掃除装具一式借りてくるわ」
どこで借りれるか聞いてみたが、掃除を一切しないユーグが知っているはずもなく……仕方なく、廊下に出てその辺を掃除しているメイドさんへ声をかけてみた。
どこで使うのか聞かれ、素直にユーグの部屋を掃除したいのだと告げれば、めちゃくちゃ驚かれてしまった後に、慌てた様子ですぐにご入り用でしたら、しばしの間はこちらをお使い下さいと使ってた物を渡されて逆に焦る。おまけに新しい物をお部屋までお持ちいたしますとその場を駆け出されてしまい……なんだか喝上げした気分だった。
部屋に戻って、早速掃除を開始。面倒くさそうな顔をするユーグの尻を叩いて、まずは要らない物の分別からだ。
メインの研究室は窓が無いため、入り口の扉は開けっ放しにしておいた。寒いと文句を言われたが、これから埃臭くなるんだから仕方ない。
「これは?」
「それは人間の肝臓を干からびさせた物だな」
「グロい……用途は?」
「いやぁ、なかなかに良い形をしていてね。記念にと思って」
「ゴミ」
「え?! ま、待ってくれ……!」
容赦なくゴミボックスへ投げ込む。慌てて取りだそうとするユーグに、何かに必要なのかと用途を問いただすと、しょんぼりしながらゴミの中へと戻した。ほらみろ、ゴミじゃないか。
大体、人の肝臓の形が良いから記念に保管しておくって何なんだよ、悪趣味すぎだろ。魔術師って怖い。
「これは?」
「それは、人間の眼球だ。確かこの人間は、目玉をやる変わりに、」
「ゴミ!」
「あぁ……!」
全てを聞き終わるより先にゴミボックスへシュート。見事入ったので、次を漁る。なんでこいつこんなに人体系のコレクション多いんだ……何かに使うために持ってるなら百歩譲って目を瞑るが、ただの記念は破棄だよ破棄。ゴミ同然に放置されてんだから、アンタにとってはその程度の記念だったんだよ。
綺麗だったんだがなぁ、と目玉を摘まみ上げて名残惜しそうにしているユーグをほっといて次へと手を伸ばす。まだまだ人体コレクションを漁らなきゃいけないのかとげんなりしていれば、背後からノックと共にすみませんと声が掛けられた。振り返ると、先ほど声を掛けたメイドが申し訳なさそうに立っていた。
「あ、さっきの……」
「遅くなり申し訳御座いません……! ご所望の清掃道具をお持ちいたしました」
「すみません、わざわざありがとうございます」
重そうなモップやらはたきやらを両手に抱えている彼女へ駆け寄り一式を受け取れば、予想外の重さに驚いた。この世界じゃまだまだ使いやすさ重視ではないようだ。掃除するのも一苦労だな、こりゃ。
「あ、結構重かったんですね……申し訳ない。俺が取りに覗えば良かったですね」
「え?! え、そ、そんな……! 滅相も御座いません……!!」
失礼いたします! と頭を下げたメイドは逃げるように走り去ってしまった。何か悪いことでも言ってしまったのだろうか……?
いやまあ、冷静に考えれば、普通に目ん玉ゴミ箱に投げ込んでる時点でおかしな部屋にきてしまったってなるか。
「あれは、丁寧に対応されたことに対して驚いていたんだよ」
振り返れば、未だに目玉を暖炉に炎にあて煌めきを楽しんでいるユーグが口を挟んできた。入り口の邪魔にならない所へ受け取った道具一式を置いてユーグの元へ戻れば、彼が弄っている眼球が俺の方を見るように動く。
「人間の能力など皆ほぼ同じだと言うのに……男が秀で女は劣ると性別で区切る……不思議な世界だ」
ギョロっと俺を見たかと思えば、せわしなく四方を見渡し始める目玉。もちろん、ユーグは指で挟んでいるだけで、動かしていない。
彼の指の間で、目玉だけが意思を持ったように動いていた。その目玉へユーグが唇を寄せれば、一瞬の内に動きは止まり、さっきまでの煌めきも消える。
「少し放置しすぎたかな」
良くない物が付いていたねと手にしていた目玉をゴミをまとめたボックスへと投げ入れた。冷たく感情の抜け落ちた視線を向けられ、息を飲む。
新たなユーグの一面を垣間見て少しばかり怯んだ。人間離れした様子に恐怖を感じるが、これに怯えていては今後共に生活をしていけないだろうと心の内で自身を叱咤した。
気持ちを切り替えるように大きな咳払いをして、再び投棄された物へ手を伸ばす。
「そうならないように片付けちゃおう」
なんだかよく分からない、茶色い物体を持ち上げてユーグへ見せつけるように振り返れば、作り物みたいな瞳を大きく見開いてこっちを見つめていた。
なぜアンタが驚くんだ……どちらかと言えば、驚きの連続だったのは俺の方なんだが。
「な、何?」
「いや……本当に、君は面白い人間だと思ってね……良い拾い物をしたものだ」
クツクツと喉の奥を鳴らすようにして笑うユーグが、見慣れた彼に戻ってくれたような気がした。
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