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第8話

 .8 「飽きた~、マコト、飽きたぞぉ~」  黙々と本棚へ本をしまい込んでいる俺の背後で、ソファーでへばっているユーグが声を上げる。  ユーグが座っているソファーは、不運にも部屋の主によって物置にされていた物だ。大量の本と言う荷物から解放され、暖炉の前へと再設置された。やっとソファーらしい仕事を全う出来ている最中だ。 「なんか好きなことしてれば?」 「そんな……冷たくないか? マコトぉ~~~」 「これ、何の本?」 「どれどれ……あ~、それは歴史書だな」 「ん」  明らかに日本語で書かれていない……現地の言葉のようなのに、文字が読める。最初こそ気持ち悪かったけど、この能力はかなり役にたった。  とりあえず、ジャンル別に本棚を分けて本を戻していく。ぱっと見のタイトルで分からないものは、ユーグに聞く。中身を見ていたら時間がいくら合っても足りないからだ。気になれば後で読みゃ良いだけだ。  そうやってサクサクと進めて早数時間。良い感じに片付き始めてきている。腕に抱えていた本が綺麗に無くなり、床の見えた一角に達成感がすごい。満足げに鼻から息を抜いた所で、背中に衝撃が走る。続いてずっしりと重量のある物が覆い被さってきた。 「マコト~~~、つまらない~!」 「重……ッ、ちょっと、ユーグ……!」 「ほら、もう昼も過ぎてるじゃないか、お腹が空いてるんじゃないか?」  言われてみれば確かに腹減ったかも……片付けに集中してたせいで気付かなかったが、そんなに時間が過ぎてたのか。  無言で腹を擦ったのを見たユーグは、俺の腕を力強く掴むと問答無用で部屋の外へと歩き出した。朝も思ったんだけど、筋力ありすぎじゃ無いか……?!  為す術も無く、俺の体はずるずる引きずられていく。 「こら、ユーグ……! 分かったから、離せって……!!」 「おっ、それじゃあどこへ行こうか?」 「どこって、飯食うんだろ? 食堂じゃないの?」 「あそこじゃすぐに食べ終わって戻ってきてしまうじゃないか!」 「当たり前だろ。元はと言えば、アンタがこんな散らかしてるから、」 「私は城下で食べたくなった。よし、行こうかマコト!」 「はぁ?!」  飯食うだけなのにどこまで行くつもりなんだ、こいつ……?!  鼻歌交じりのユーグに連行され、無理矢理城下へと向かうことになってしまった。離してもらえなかった腕が更に巻き付き、男同士腕を組んで歩く羽目になりながら。最悪だ……知り合いが居ない世界で本当に良かった……  ◆  城門を通り抜けしばらく坂を歩き続ければ、城下町はすぐそこだった。  首都のお膝元だけあって、店も人も多く、賑やかだ。建物は古く石造りの物が多い。道は舗装され、街灯もきちんと設置されていて、生活水準は現代人の俺でも気にならないレベルではある。掃除の途中でトイレを借りたときにも、それは感じていた。  驚くべきことにこの世界、水洗トイレだったのだ。おまけに水はタッチ式。トイレにはめ込まれてる石を触ると、勝手に水が流れる仕組みだった。  水道も触ると一定時間出るタイプのヤツで、上下水とも配備されている。お陰で衛生面は良い方だろう。  城下では、そのトイレで見かけた石と似たような物をはめ込まれた道具を販売している店が多く感じられた。魔石道具店、魔石店、魔石加工店、そんな"魔石"と頭に付く看板がやたらと目に付く。  最初の内は、なぜ食事をするだけなのに遠い所まで行かなきゃいけないのかと不満に思ったけれど……今は、街の様子に夢中になってしまっている。連れ出してきてくれたユーグには感謝だ。 「珍しいだろう?」 「ああ……魔石関係の店が多いんだな!」  魔石と言うだけあって、店頭に並んでいる魔石はキラキラと輝いて綺麗だ。それを見ているだけでも楽しくて、自然とハイテンション気味な返事を返してしまった。  機嫌の良い俺を見て、馬鹿にすること無くユーグも楽しそうに笑い返してくれた。これは、この人の良いところだと思う。 「この国は魔石が豊富にあるために、職人たちが集まりやすいんだ」 「へぇ、どうりで」 「互いに競い合い、常に新たな道具が発明されている。お陰で生活しやすくなっているので、そこには感謝しかないな」 「確かに」  魔石関係店がひしめくエリアを抜けると、今度は飲食街エリアへと突入する。途端に香ってくる良い匂いに、思わず唾を飲み込んだ。  大きな肉を丸焼きにして、そこから削ぎ落としパン生地に挟んで提供している店なんて、どう見たってケバブ屋みたいだ。美味そうだけど、俺金持ってないんだよなあ。ユーグはどこへ行くつもりなんだろうか。  隣を歩いているユーグは、脇目もふらず前を向いて歩いていた。  どこか行く予定であるなら、ここで声掛けるのも悪いし……と言うか、また奢って貰うのも心苦しい。  諦めて視線を外しせば今度は魚を丸ごと串刺しにして炙り焼きしている店が飛び込んでくる。わ-、塩焼きかなぁ、美味そうだ。あんな趣のあるやつ観光地ぐらいでしか見掛けない。食べる機会など全く無かったし、見てるだけでテンションが上がる。が、手持ちが無いので買えないんだよな……  その奥にあるのは酒場だろうか。昼間っから、冒険者風の男達が木製の大きなジョッキと骨付き肉を手に楽しげに飲み交わしている。こてこてな風景だけど、楽しそうだ……気になる店が多すぎる…  昔っからRPGをやると、街中を探索しなきゃ気が済まないタイプだった。城の中はさすがに自重したが、街だったら許されるだろう。それぞれが店構えているわけだし、覗く程度は怒られはしないはずだ。まあ、金は無いし、今はユーグの保護下で自由に動いて良いかすら不明なんだけどさ。  隣を見れば、やっぱり微塵も興味の無さそうな魔術師様だ。むしろ、こんな綺麗な人が雑多に店がひしめき合う庶民臭い通りを歩いてる方が浮いているので、興味が無いのは正解の反応なのかもしれない。  俺が可愛い女の子とかなら、ちょっとだけ見てみたいとユーグにお願いも出来るだろうが……20代独身男がそんなことしたらキモいだけだ。詰まるところ、仕方ないので諦めるしかないわけだ。  見てたら気になるから、せめてなるべく見ないようにしておこう。視線を下の方へ向け、俯き気味で歩く。人とぶつからないようちょくちょく視線を上げるけど、店は見ないように……大丈夫、俯き気味に人混みをすり抜けるのはサラリーマン時代で取得している。  無心で歩き続けていたら、突然ユーグが立ち止まった。反応が遅れ、一歩遅れて俺も立ち止まる。どうしたのかと振り返ると、彼はその綺麗な瞳でじっと俺を見つめていた。 「ユーグ……?」 「なぜだ?」  どうした? と続けるより先に、ユーグが口を開く。さっきまでの笑顔は消え、無表情で俺のことを見つめていた。 「君は、諦めるのが早い」 「え……?」 「いや、違うな。これは……逃げ?」  一瞬、俺の全てを見透かしているのかと思って声が出なかった。  逃げる……確かに、逃げた過去がある。だから不甲斐ない兄貴になってしまった。でも、なんでそれをユーグが知ってるんだ……? 「その感情は謙虚さとは違う。奥底にあるのは、叶わない時の辛さからいつでも逃げられるような言い訳と、最低限以上は望まぬ諦め。まるで、敗者を見ているようだ」  痛いところを突かれた。  別に、トラウマとかそんな大層なもんじゃない……今までだって聞かれれば答えてたし、笑って流せる話題。  そのはずだったのに、何故だかユーグに言われると、無性に悲しくなった。なんでだろう……なんでこんな息苦しいんだ……? 不自然に目の前の景色までが歪んでしまう。 「マ、マコト…?!」  テンパった声が聞こえたと思うと、温かい物に包み込まれた。途端にざわめきが遠くに聞こえる。温もりはすぐに離れていき……目の前に、綺麗なユーグの顔がいっぱいに広がった。腰を曲げ、俺の顔を覗き込んでいる表情は、ひどく不安げだ。  喉が詰まって、上手く声が出ない。一体、体はどうしたのか。呆然としている俺へ指が伸びてきて、頬を撫でられる。 「す、すまない……その、君の感情はなかなか面白くて、私たちでは到底抱かなもので……理解をしたかったんだ。決して、悪意があった訳では……」  分かってる。別に、俺のことを責めたわけじゃないのだって理解できてる。単純にわけも分からず俺が悲しくなったのがいけない。ユーグは何も悪くない。  なんだろう、自分自身で気づけない程に、意外と精神的に参っていたのか……? 「悪い……大丈夫、だから……」  みっともなく声がひくつく。ダメだ、笑え、迷惑を掛けるな。無意識に頭を掠める。口角を上げようとして、両頬を包み込む様にユーグの手が添えられた。 「迷惑じゃないさ」 「え……」 「私は、責任を負い君を引き取ったとは言った。しかし、君を引き取り迷惑だとは一言も言っていない。それどころか、楽しいぐらいだ」  そう、だった……俺が、こうされたら迷惑だろうと気を揉んで、勝手に諦めていた。空回っていても、こんな優しい言葉を掛けてくれる人もいるんだな。 「登ろう……ここから見る景色は、なかなか気に入っているんだ」  いきなり泣き出した俺を面倒くさがりもせず、ユーグは優しく笑うと手を引いて歩き出す。繁華街のど真ん中にいたはずなのに、いつの間にか場所は静かな木造の棟のような物の中へと移動していた。  短い梯子を登りきれば外に出る。そこは市街が一望出来る程の高さで、上には大きな鐘がぶら下がっていた。時計塔か何かだろうか……?  手すり等はなく、むき出しの縁へユーグが腰掛ける。足を投げ出せば空中に浮かぶような状況だっていうのに、気にすること無く四方を支える柱へ背を預けるようにして縁へ座った。片足は外へ投げだし、もう片方を縁の上で膝を立てる。  さすがに真似は出来そうに無いので、向かい合うようにして、柱へ背中を預けるようにして立った。 「人の営みは、色々な感情が溢れていて面白い。よくここから観察していたんだ」  目を細めながら眼下の景色を見渡す彼に倣い、同じように視線を外へ向けると、賑わっている繁華街が少し遠くに見えた。さっき居たのはあそこだったのか……瞬間移動したとしか考えられないが、これもユーグの能力なんだろう。 「落ち着いたかい?」 「ああ、悪い。いきなり取り乱して……」  こんなこと初めてだった。情緒不安定過ぎるだろうと自分自身でもどん引きしてしまうが、ユーグは気にする様子も無くただ首を振って答える。理由を聞くことも無く、ただそれだけの返しがたまらなく嬉しかった。  それからしばらくの間、2人無言で景色を眺めていた。ぼんやりと風に吹かれていれば、少しばかり頭も冷静になってくる。あのさ、と小さく言葉を漏らすと、決して誰にも打ち明けたことのない心の内をポツリポツリと零し始めていた。 「俺、さ……"迷惑掛けるな"ってよく言われたんだよね……」  まさか、出会って2日目の人間に暴露する日がくるとか思わなかった。無意識のうちに蓋をして閉じ込めていた過去の思い出を、話し始めた。

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