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第16話

.16  次の日、鉛のように重い体は綺麗に清められた状態でベッドに埋まっていた。寝巻用のワンピースに下着だけといったラフな姿だが、一応全裸じゃなかったのは救いだ。  起き上がろうとしても体が動かず、痛みで出た声はひどく掠れていた。途中から記憶が曖昧になっているけれど、なんだかとんでもなく恥ずかしいことを口走っていたような気がする……  そんな俺を見て、素直で可愛かったぞと雲のない笑顔でユーグに言い切られた。嫌な予感を感じて問い詰めれば、 「意識を失っても痙攣の止まらないマコトがとても淫らでね。思わず大きなってしまったので、もう一度奥の方を突き上げると、小さいながら感じいる声を漏らしながら君が快感を拾い始めるじゃないか。そんな姿が堪らなくてだな……まあ、あの後、数回魔力を補充しておいたよ」  といらない情報まで聞かされ、自滅したわけなんだが……  1日ベッドの住人と化し、ひたすら休養を取り続け、ようやく自分の足で立てるようになったのは行為をした2日後だった。  大量の睡眠をとったお陰かすっきりとしている頭とは裏腹に、体はまだまだ怠い。が、いつまでも寝ているわけにはいかないと奮い立たせ、朝食を作るためにキッチンへと向かう。(ユーグにとっては作業部屋かもしれないが、薬品を作ることのない俺にとってはキッチンなので、ここはキッチンと呼ぶことにした。)  今回ですべて食べきりそうな分しか残っていない材料片手に、以前と同じメニューを作っていく。いい匂いにつられたのか、すでに起きて研究室にいたユーグが顔を出すと、代り映えしないメニューでも嬉しそうにしていた。  粗方食べ終え、2人並んで食器を洗う。洗い流しているユーグの隣で、濡れた食器を拭きながら、目の雨の明り取りの窓へと視線を向ける。差し込む光は柔らかく、外は良い天気そうで、城下に出るのも悪くなさそうだ。 「……何か、欲しい物でもあるのかな?」 「え?」 「外出したそうだと思ってね」 「あー……まあ、できたら食べ物を……」 「おや、足りなかったのか。これが終わったら食堂へでも行くか?」  首を傾げ提案してくるユーグに、小さく笑う。 「いや、今は腹いっぱいだよ」 「そうなのか? ではなぜ?」 「その……あそこ行くとさ、特定数ユーグ見て出て行く人たちがいるだろう?」 「そうだな」 「アンタは気にしてなそうだけど、俺は見ていてあんまりいい気分にならなくって……幸い、ここにはキッチンもあるわけだし、簡単なものぐらいなら自炊しようかなって」 「なんと……! そこまで、私のことを思っていてくれたとは……!」 「え?! いや聞いてた? 俺が気分悪いんだって」 「しかし、私は君のようにしっかりとした食事をとらなくても構わないよ」 「ダメだろ。どうせ没頭したら2、3口しか食べなかったりするだろう」 「……君は、私のことを監視しているのかい?」 「これだけ一緒にいれば、それぐらい分かる。体大きいんだし、食わないとぶっ倒れるぞ」 「ふむ……では、3食ここへ運んでくるよう手配させようか」 「それはそれで申し訳ないというか……せめて、食材まとめてとか……」 「何も申し訳なくないだろう。だが、マコトがそうしたいというならば、1週間に1度まとめて食材を届けさせることもできるが……」  そこまで言葉が止まる。再び皿へ落としていた視線を隣へと向ければ、彼は眉に皺を寄せて俺のことを見ていた。イケメンはしょっぱい顔をしても崩れないんだな、ずるい。 「君、料理に自信はあるかい?」 「え……」 「様々な物が届けられると思うが、種類豊富に作れるか?」 「あ~……すんません……」  撃沈。俺の作れるものなんて本当に簡単な物しかない。  せめてスマホが使えれば、レシピを調べることはできたんだろうが、今そんな文明の利器は持ち合わせていない。第一、持っていたとしても圏外で使えないだろうが……良い案だと思ったんだけどなあ。食事をとらないユーグの管理もできて、暇つぶしにもなるから一石二鳥だと思ったが、やっぱり大人しく邪魔をしないように本でも読んでいよう。俺の作った料理を嬉しそうに食べるユーグを見るのは結構楽しかったが、仕方がない。 「なるほどな。分かったよ、食材を頼もう」 「は?」 「そして、この後はここの図書室へ案内しよう」 「図書室? 本はここにもいっぱいあるだろ?」 「魔術関係しかないだろう? その点、国中の本を集めた王国図書室だったら、レシピ本なんてものも取り扱っていると思うぞ」 「マジ……?」 「ああ。せっかく自分で見つけた趣味を取り上げるのは、私も本意ではないさ」  すべて洗い切り手を拭きながら言われた内容に、思わず言葉が詰まる。ここまで尊重してくれるなんて初めてで、なんて言えば良いのか正直分からなかった。嬉しいけれど、本当に迷惑にならないか心配にもなる。まあ、以前迷惑に思うことはないからと言ってくれてはいたので、彼にとっては本当になんでもないことなんだろうが……俺にとっては、感謝しっぱなしだ。現金だけど、ユーグって、本当に良い人だと思ってしまう。 「それに、私のために料理を作りたいと言っているんだ。こんなに健気で可愛いことはないだろう?」 「な゛?! そんなこと言ってないだろ?!」  予想外な発言に反射的に否定の叫び声をあげたが、相手は取り合うつもりもないようで。にこにこと笑いながらこちらへ向かい腰を折る。 「大丈夫。料理で消費した魔力も、私が責任をもって補充をするよ」  くいっと指で顎を持ち上げて、色気たっぷりな表情を浮かべ息が掛かるほど近くまで顔を寄せてきた。連鎖的に先日の夜の行為を思い出し、一気に顔へ熱が集まるのを感じる。はくはくと口が動くだけで反応できずにいれば、相手はそのまま唇を寄せてくる。互いの唇が触れ合う瞬間に、はっと我に返り、ユーグの肩口を力の限り押し返す。 「おっと」 「さっさと図書室行くぞ!!」 「残念。あと少しだったんだが」  テンパりすぎて裏返る声を茶化すこともなく、ユーグは肩をすくめると悪戯が失敗した子供のような表情で笑っていた。  ユーグの予想通り、絵本から専門的な書物までオールジャンルを取りそろえた図書室には、俺が欲しかったレシピ本も見つかった。そんなにたくさんあっても困るので、基礎的な所を数冊とお菓子作りを1冊ほど選ぶ。今日中に気になるレシピを書き移す気満々だったが、貸出を許可してくれたのには驚いた。  聞けば、ユーグが度々ここから持ち出して返していないと本があるんだとか。  宮廷魔術師様には何を言っても無駄だから、むしろこの部屋に長時間滞在されれば更に被害が増えるので、部屋で読んで欲しいと頭を下げられてしまい、申し訳なさすぎる内容に俺も直角に頭を下げた。  せめてもの報いと、被害にあったタイトルを確認して、急いで研究室へと戻り対象の本の捜索を開始する。掃除したお陰もあり、夕方には無事に見つけ出すことができた。  明日で構わないんじゃないかとぶつくさ言っているユーグを置いて、急いで本を抱えて図書室へ戻ると、生き別れの兄弟と再会でもしたレベルで司書の方に泣いて感謝された。おまけに、俺だったら閲覧禁止の書物以外なら声かけもなく持ち出しても構わないとありがたいお言葉までいただいてしまったが……さすがに相手の管理が大変そうなので、手続きはしっかり通してから選んでおいたレシピ本を借りることにした。 「おかえり」  ほくほくで部屋に戻り、扉を開けた瞬間、飛び込んできたのはあからさまに機嫌の悪そうなユーグだった。開けた瞬間の長身男の仁王立ちに驚き、動きが止まる。が、顔を見て少しだけ緊張を解いた。怒っている、というよりも不貞腐れているといった表情だったのだ。自分を置いて図書室へと行ったことが気に食わない、そんなところだろうか。なかなかに可愛いとこもあるんだな。 「ごめんって」 「……私はまだ何も言っていないが?」 「拗ねてるのぐらい見てわかる。置いてって悪かったって」 「……拗ねてない」 「それが拗ねてるんじゃん。ほら、ユーグが好きなメニュー頑張って作るから、機嫌直せって」 「……別に、食事など……」 「俺がユーグのために作りたいの。で、何がいい?」  むくれてそっぽを向いた主人の顔を、首を覗き込むように見上げる。チラっと目が合うと、手が差し出された。抱えていた本をすべて乗せれば、そのまま自身の執務机へと戻り、勢いよく腰かける。 「今日はもう風呂に入っておいで」 「りょーかい」  こちらへ視線を向けることなく、背表紙を開きぶっきらぼうに言い放った言葉は彼の照れ隠しだ。大人げない反応をしてしまったことに、自己嫌悪してるのかもしれない。そこを刺激するのも悪いだろう。  言われた通り、読み進めているユーグの横を通り抜けてバスルームへと向かう。壁にはめ込まれた魔石へ触れ丁度良い温度のお湯がバスタブへと注ぎ始めたのを確認してから、服を脱ぎに脱衣所へと戻った。手早く衣類を脱ぎ、洗濯籠へと放り込む。洗濯はやっぱりメイドさんたちに継続して担当してもらっているので、できるだけ洗濯しやすいようにを心がけるようになった。特に、シーツ類。俺への配慮なのか、ユーグがたくさんのオイルを使うせいで情事後にはべっちゃべちゃな状態になってしまっているので、そこだけはユーグの魔法で綺麗にしてから出しているが……見た目が綺麗でも、俺たちが乱れた後のシーツを洗濯してもらっているっていう事実が地味に俺の心を抉ってくる。それから芋づる式で思い出す、恥ずかしい情事の数々……  毎回、衣服を脱ぐときにそれが頭にチラついて恥ずかしくなるのが悔しい。女に苦労しないだろうに、あの綺麗でイケメンな魔術師が、こんな平凡で辛気臭い男を抱くなんて、世も末だ。  鏡映り込んだ自分の姿を見て、更にため息が出る。これの何が良いんだか…… 「って、胸ちょっと大きくなってないか……?!」  頭から視線を下へと降ろし、見過ごせない変化を発見して、思わず鏡へとへばりつく。まさかあの1回で大きくなるなんて有り得ない。元からこんなものだったかもしれないが……いや、やっぱり大きい……?  この前散々胸をいじられたせいで、敏感になってるだけかもしれない。きっとそう、そうに違いない。むしろ、大きくなったら俺が困るんだけど……! 不安になって色んな角度で胸を映して確認してみる。何パターンかポーズを取った所で、我に返って脱力をした。何やってんだろ、俺……くたびれた男が鏡の前で気色が悪すぎるだろう。映っている自分を自嘲気味に眺めていて、ふと自身の体の色に目がとまった。 「……? こんな、白かったっけ……?」  こちらに来てからは寒い気候のせいで全身防備の服装で、あまり外出する機会もないので、焼けることはないと思うが……それにしても、ここまで白かったか……?   どうにも腑に落ちなくて、鏡へ手をあててしっかりと覗き込もうとした所で、後ろから響く水音にぎょっとして振り返る。慌ててバスルームを覗き込めば、バスタブから温かそうな湯気を上げたお湯が溢れて零れ落ちているじゃないか。 「やっば!!」  別に、零して怒られることはないのだが、日頃から染みついている生活習慣のせいで、急いでお湯を止めるべく駆け込むのだった。

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