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第17話
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起きて、軽い掃除をしてから本を読み、昼寝や散歩、たまにユーグの調剤の手伝いなんかをして夕方には入浴をして、就寝。たまにセックスという信じられないほど規則正しく平和な日々が数日と続いた。
日本にいた頃は日勤夜勤の入り混じったシフト制、なるべく家に居たくない一心でフルタイム、シフトに穴が開けば必ず俺が出てるような生活をしていただけあって、この平和な日々が最初は怖くて仕方がなかった。働かなきゃという強迫概念すらあったけれど、その度にマコトは働きすぎだとユーグに窘められ、ここ最近やっと、この穏やかな生活を送っても許されるのでは? と考えられるようになれた気がする。ぬるま湯みたいな生活に少しずつ慣れはじめ、やっと日没後、すぐに始まるユーグの晩酌に小言を挟むことも止められた。
一般的にはまだ終業時間でありそうな時間だが、すでに入浴を終え、暖炉の前でリラックスしながら本のページを捲る。そんな俺を、後ろから抱きかかえながらワインを嗜むのは、部屋の主でもあるユーグだ。彼も同じように片手に本を読みながらだったはずなのに、その本はすでにローテーブルの上へと閉じられて置かれているので、もう読む気もないんだろう。そして、こうなる日は必ずと言って良い程行為が始まるので、今日はこの辺で終わりかもしれない。指に挟んでいた栞を本へ戻すと、後ろから満足げな笑い声が聞こえてきた。
「さすが、私のことが分かるようになったと言うだけはあるね」
「そうか?」
「ああ。この後のこと……分かっているんだろう?」
「契約だからな」
「ふふ。それなら結構」
高い音を立ててワイングラスがローテーブルの上へと置かれるのを合図にして、顔を指で掬い上げられる。まだ本を手にしたままの俺に構うことなく迫ってきたユーグの唇は、迷うことなく俺の唇を塞いだ。間髪入れず入り込んできた舌は、アルコール独特の苦みを帯びている。舌全体を擦りあわされ、飲んでもいないのに酔っ払ってしまいそうだ。
「ん、あ……」
絡み合うようなキスで簡単に気持ちが昂り、更に深く求めたくて、向かい合うように腰の位置を移動させると、簡単に体は押し倒された。バサっと音を立てて俺が手にしていた本が床へと落ちたが、そんな物を気にする余裕もない。
俺の舌を吸い上げるようにして一旦顔を離したユーグは、ぺろりと自身の唇を舐めあげると蠱惑的な笑顔を浮かべる。
「場所の希望はあるかい?」
「う゛、また、アンタはそういうことを……」
「できるだけマコトの負担が少ない所がいいと思っているんだよ。それとも、興奮する場所の方がいいかな?」
「あのな……!」
「まだ使ったことのない場所はどうだろか。例えば……」
楽しげにしているユーグが場所の提案を遮るように、コンコンと扉をノックする音が部屋へと響く。突然の訪問者に驚いたのは俺だけのようで、ビクっと肩を揺らしユーグの先にある扉へと慌てて視線を向けた俺とは対照的に、覆いかぶさっている相手はバスルームとか、と、のんきに話を続けていた。
「いや、誰か来てるし……」
「居留守で良いだろう」
「バレるって……!」
「なんだ、まさかマコト……来客中の扉の前で立ってが良いとは、なかなか大胆だね」
「言ってないし! なおさらバレるだろう?!」
「確かに君は声が抑えられないからなあ……まあ、お取込み中だと思わせておけばいいだろう」
「バカ、やめろって……!」
必死に小声で叫びながら訴える俺の言葉は総スルーをし、やる気満々でユーグが立ち上がる。そのまま手を引かれ、力任せに扉の前へと追いやられると、首元へ吸い上げられた。途端、襲い掛かる刺激に慌てて両手で口を塞ぎ声を抑える。
そうすれば、声に気を取られている俺を見越したユーグが、自身の足を俺の両足の間へと入れ込み、そのまま位置を上げてくる。身長差から体は持ち上げられ、爪先立ちで彼の膝に跨るような体制へと持ち込まれてしまった。間髪入れずに相手が行為中を連想させるような緩い揺さぶりで足を上下してきて、ずくずくと腹の奥が疼く。
「ぁッ!、ひ、ぅ……!」
薄い扉一枚を隔てた先には知らない人がいるって言うのに、ユーグに慣らされてきてしまった体は勝手に快感を拾い始めてしまう。加えて、首元を強く吸い上げられた刺激に震え、無様に腰から力が抜けていく。倒れない様に必死になって相手の首元へと腕を巻き付かせたら、ユーグの口角が上がる。
「ユーグ……」
煽られて荒くなってきた呼吸のまま名前を呼べば、思ってた以上に熱っぽい声だった。早く、早くあの快感と、魔力が欲しい……本能で思考が埋め尽くされる。強請る俺へユーグが再び口づけきて、深い物へと変わっていく。口内を犯されながら腰布が解かれる音を耳が拾い、一段と興奮が高まっていった。
「いらっしゃいますか」
「ぁ、は……ッ」
後ろからくぐもった声がする。こんな間近で、キスしてるのを知らない誰かに気づかれてしまうかもしれない。そんな緊張感ですら、今は気持ちを高めるだけの材料になってしまっている。
「ユーグ様、マコト様、いらっしゃいませんか」
再び扉のノックする音と共になぜだか俺の名前まで呼ばれ、飛びかけていた理性が一気に戻ってくる。
「イスト様より、こちらにおいでになるマコト様という方へお伝えするよう申し付かり参りました」
「イストって、」
先日乗り込んだ塔から退散した時のことを思い出す。俺の名前まで出ているのだし、妹が会いたくないから別日を調整すると言われていた件に間違いないだろう。覆いかぶさるユーグの肩を強めに押すと、不満げな表情でこちらを見下ろしている。
「ユーグ様、いらっしゃいませんか?」
「また明日にでも来させればいいだろう」
催促するような呼びかけに、面倒くさそうにするユーグだったが、妹の考えを確認するのは早いに越したことはないのだから、そういうわけにもいかない。
「ユーグ、降ろして」
「取り込み中だろう?」
「いらっしゃらないのですか?」
「後で仕切り直すから、」
とりあえず放してと伝えようとする前に、ユーグが唇を塞いできた。黙らさるように舌を絡めとられ、入れこまれている足の位置が更に上がってくる。押し込むように流れ込んできた魔力にせいで、感じたくないのにビクビクと小さく震えてしまう。
「ふ……ッ、も、ぁ……!」
「マコト様、よろしいのですか?」
「ひゃい! い、ますッ!」
しっかりと指名された呼びかけに、渾身の力でユーグを押し退けて声を上げる。裏返り気味で、ヘロヘロな声になってしまったが、俺の返事は相手に届いたようだ。
居ると返事を返したからには出るわけにはいかない。やっと諦めたユーグが渋々と俺のことを解放すれば、力の抜けきっていた体のせいでカクンと膝が折れてしまった。そうなることまで予想済みとユーグに支えられながら、扉へとへばり付き自力で立とうと両足へと力を入れる。
ふらふらした動きでゆっくりと扉を開くと、目の前にはイストと同じカソックを身にまとった神官の男が不機嫌な顔で立っていた。俺の顔を見ると、一瞬ギョッとした後に眉の間に皺を寄せる姿は、営業時代の上司の姿と重なる。
この手の人は何を言っても嫌味を言ってくるものだ……なるべく刺激しないように、一呼吸置いて気持ちを落ち着かせながら無理やり笑顔を作る。
「お、またせ、いたしました……」
普通に話したはずだったのだが、直前までユーグに施されていた愛撫のせいでうまく声が出ていない。そんなところも気に食わないのか、大きくため息を吐かれてしまった。
「おや。呼び出しておいて随分な態度だね」
「失礼ながら、今のあなた方の姿を見て、平気な人間の方が少ないかと」
俺が何か言うよりも先に後ろからユーグが口を出すと、相手は不潔なものを見るように口元を抑えた。
今の、姿……そう言われ、自分の体を確認すれば、首元を大きく開き、腰布もない。ユーグのキスの強さから考えるに、首元には絶対痕を残されているはずだ。振り返り見上げたユーグは、気だるそうに前髪を掻きあげながら、口元を拭っている。まさに今までキスをしていましたと言わんばかりの仕草を見せつけている。纏う淫猥な雰囲気は、きっと俺も同じはず……
俺たちが100%悪かった。すみません、上司みたいだなって思ってごめんなさい……コンマ0.1秒で弾き出した答え。慌てて頭を下げようとしたら、後ろからユーグが覆いかぶさるようにして抱きしめてきた。さらには、頭の上へ顎を乗せられる。
「ふふ、私の可愛い従者を可愛がっていただけなのだがね」
「……左様ですか」
「イストに出るまで呼びかけるようにと言われていたんだろう。本当は終わってからにしようと思っていたんだがなあ。中断してまで対応してくれたマコトに感謝するべきだよ、君」
心底軽蔑した表情を一切隠すことはしなかったが、神官は礼を述べながら俺に向かい素直に頭を下げてきた。まさか本当に礼を言われるとは思っていなかったので、とんでもないですと慌てて両手を振ることで反応をしたが、相手は特にそれを気に留めることもなく、マコト様と本題を切り出してきた。
「聖女様の祈りの儀が無事終了いたしましたので、祈り間へのご案内をいたします」
「こんな時間からかい?」
「なるべく早い方が良いと、イスト様から申し付かっております」
聖女が祈り間で待機しているので早く来いと言っているのだろう。あの日も、偶然を装って聖女と出会う予定だった。聖女の身内だと初日にユーグからイストへ説明をしていたが、基本的にその情報は伏せているために、わざわざイストが配慮をしてくれたんだろう。
「分かりました」
「おい、マコト、」
「ごめん、ユーグ」
せっかく用意してくれた機会を無駄にはしたくない。これを逃したら、いつ会えるかさえも分からないのだから、動くなら今だろう。
呼ばれているのは俺だけのようだし、ユーグに無理についてきてもらう必要もないか。先に寝られていたら困るので、この部屋の鍵だけは借りて行こう。
「分かったよ。向かうとしよう」
「え、でも、」
「君一人で行かせる方が心配だ」
「心配って……迷子にはならないと思うけど」
「どうせイストだっているんだろう? 危ないに決まっているじゃないか」
「イストさんはいい人じゃないか……」
それなりに仲が良さそうに見えたんだが、イストに対して何か思うところでもあるんだろうか。背中を押される形で部屋を出されてしまったので、それ以上ユーグへ問いかけることはやめた。
「……まずは、身なりを整えられた方がよろしいのでは」
早速出発しようと神官を見ると、袖で口元を隠しながら指摘を受ける。そういえば、さっきまで魔力補給していた途中だったんだ……あられもない姿を第三者に晒していることを再び思い出し、顔へと一気に熱が集まっていく。誰かが何かを言うよりも先に、謝罪という絶叫をあげながら全速力で室内へと逃げ帰るのだった。
足早に歩く神官の後ろをついて前回同様に祈りの間がある塔へと向かう。競歩かと言いたくなるほどのスピードだったために、所々つっかえながらの俺と、ずっと不満そうに頬を膨らませながらも問題なくついていくユーグと共に前回は入れなかった祈りの間へと通された。
天井がドーム状になっている室内は、たくさんの蝋燭の光が揺らめいて薄暗い。おまけに室内には甘ったるい香のようなにおいが立ち込めていて、少しだけ息がしにくい。聖女が祈ると言われると神聖で明るいイメージがあったんだが……真逆の内装で少しだけ驚いた。
部屋の真ん中にはなぜだか天蓋付きの巨大なベッドが設置しており、そこへ軽装の美咲が座り、脇にはイストが控えている。俺たちの姿を見つけると、片手を胸に添え恭しく頭を下げた。
「……話があるって聞いたんだけど」
場の雰囲気に圧倒されていた俺へ先に声をかけてきたのは美咲の方だった。飲まれてしまいそうだっただけに、有難い。1mほどの距離を開けて向かい合うように立つと、しっかりと相手の目を見つめた。普段、家族の顔を見ないようにしていた俺からまっすぐな視線を向けられたことに驚いたのか、美咲は息を詰め、固くなった。
「日本に還りたくないか?」
「別に……むしろ、お兄ちゃんはあんな所に還りたいの?」
「そりゃあ、まあ……」
「そう。申し訳ないけど、私は還るつもりはない」
「お前、本当に聖女を続けていくつもりか?」
「もちろんよ」
「1人この世界の異物として残り続ける覚悟があるのか?」
「ええ」
「……それは強制されたわけじゃない?」
「何言ってるの?! イストはそんな人じゃない! 彼には私が必要なのよ!」
「ミサキさん」
突然興奮して立ち上がった美咲が叫びだす。殴りかかってくるんじゃないかという勢いだったが、控えていたイストに制されてなんとかその場に留まった。
怒りで肩を上下させるほど呼吸を荒くする美咲をベッドへと座るように促し、優しく補助をするイスト。そんな彼を見上げる美咲の顔は、見たこともないほど愛おしそうな表情を浮かべていた。相手にとってどうなのか分からないが、本人がイストへ依存しているのは本当のようだ。
辛そうに頭を下げると着ていたワンピースの胸元が少し開き、赤い紋章のようなものが現れた。これが、ユーグが言っていた聖女の荷を受け入れた刻印ってやつだろうか。分からず終始黙って後ろに控えていたユーグへ視線をむければ、頷いて回答が返ってきた。既に引き返せない所まで行っていて、本人も望んでいる。それが分かれば、もう十分だ。
「そっか。頑張れよ、聖女様」
これでもう兄としての務めは終わり。聖女としてこの世界で生きたいと願う美咲に、日本から来た兄の存在は不要なものだ。
何か言いたげな顔をしている美咲へ背を向けさっさと退出をする。黙ってついてきたユーグは少しだけ心配そうな視線を投げかけていたが、あえてそれを無視をした。
わがままも多く、まだまだ子供だと思っていたが、美咲はしっかりと1人の大人として自分の将来を見据えていた。
だからこそ、俺も覚悟を決めないといけない。ユーグに甘やかされてぬるま湯に浸かる生活を続けていたけど、これじゃいけないんだ。責任をとって俺を引きとって、還るために契約まで交わしてくれたからからこそ、満了するまで俺の役目を果たし、きちんと日本へと還る。そして、自立した生活をしなくちゃいけない。
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